第86話 炎のモンスターとは

 鉱山都市は、山の中をくり抜いて作られている。

 主に、住居は下にあるらしい。

 これはエレベーターという、滑車の力で大きな台座を動かす仕組みで移動する。


 荷馬車ごと乗り込むと、台座がガタン、と音を立てた。


「ひえっ」


 フリッカが悲鳴を上げる。

 ジェダは物珍しそうに、キョロキョロと見回していた。


「変わったところだな。なんつうか、檻みてえだ」


「変わらないさ。これは、我々がエレベーターの外に落ちないための檻だよ」


「落ちる? それほどまでに危険なものなのか?」


 イングリドの疑問はすぐに解消された。

 エレベーターは分厚い岩盤の間を抜け、地下へと到達する。


 その地下空間が、とんでもなく広大だったのだ。


「おおおーっ!!」


「な、なんやこれはー!!」


 イングリドとフリッカが馬車を駆け下り、檻に掴まって叫ぶ。

 まさか、山の真下に、地下渓谷とでも言うべき光景が広がっていたとは。


 極太の柱が何本も天を支え、谷底を水が流れる音がする。

 地下だと言うのに風が吹き、そこは一つの世界だった。


 周囲の明るさは、夜そのもの。

 だが、この地下においては空となる、分厚い岩盤がキラキラと輝いているではないか。

 あれは、岩に含まれる光石という鉱石の効果だ。

 遠く地上の光を、いくつもの光石を経由して、この地下に届けているのだ。


 それはまるで星空だった。

 さらに、星空は地上にも広がっている。


 点々と、柱の周囲に輝きが灯っていた。

 ドワーフの都市である。


 強い輝きは、炉の炎であろう。

 昼も夜もなく動き続ける炉があり、これに従事するドワーフたちがおり、鉱山都市は天と地の星あかりに包まれていた。


 幻想的な光景だ。

 イングリドとフリッカは、すっかり見とれてしまっている。


「ちぇっ、戻ってきちまったかい。あーあー、しけた町だよほんとに」


 ここで毒づくギスカ。


「どうしてだギスカ。とても美しいところじゃないか」


「そうやで! ロマンチックー! うち、住んでみたいわー」


「来たばかりの頃はみんなそう言うんだよ! だけどね、ここは星あかりしかないんだよ! 外の世界に出て、あのでっかいお日様を見てごらん! こんなちゃちな明かりなんかバカバカしくって!」


「なんだと! ギスカ! 炉の輝きはおいらたちドワーフの誇りだぞ!」


「誇りとかどうとか関係ないんだよ! 太陽の方が明るいって言ってるんだよ!」


「そりゃあそうだが……」


 兄妹喧嘩をしている。


「ギスカの気持ちも分かるな。この世界は、夜の美しさを持った世界だ。だが、確かにこの程度の明るさでは、色を見分けるのは難しいだろうね」


「そうだろうそうだろう!? 外の世界に出て、あたいは驚いたね。世の中はこんなにも多くの光と色彩に満ちてたんだって! あたいが今まで使ってた鉱石は、こんな色をしていたんだ、こんな姿をしてたんだって! だからあたいは外の世界が好きさ!」


 鼻息も荒く、ギスカが力説した。

 その間に、エレベーターは地下大地に到着したようだった。


 なんらかの手段で俺たちの到着を知っていたのか、数名のドワーフが出迎えてくれる。


「よくぞ戻ってきたな、優秀なる鉱石魔法の使い手ギスカ! そして我らを助けるために来てくれたと聞いた。感謝するぞ、冒険者たち!」


 真っ白な髭をした老齢のドワーフが告げる。


「冒険者、ラッキークラウンです。今回の仕事を受注したので参りました」


「わしはタートル鉱山都市の長、ザギンである。立ち話も何だ。酒場へ行こう」


 ドワーフと言えば酒場であろうか。

 案内されたのは、入り口の小さな建物だった。

 ドワーフサイズだからだろう。横幅はあるが、立ったままだと頭がつかえてしまう。


 ジェダなど、とても窮屈そうに身を縮めて入り口をくぐっていた。

 既に、歓迎の席が設けられていた。


 大きな丸いテーブルの上には、巨大な鍋が鎮座している。

 もしや、テーブル中央に鍋を熱する装置がついているのか。


 鍋を満たすスープが、コポコポと音を立てて煮えている。

 これを、ハシゴに登ったドワーフがテーブルについた俺たちへ選り分ける。


 スープの中にはゴロゴロと肉が入っており、聞けば土中に住む亜竜の肉なのだとか。

 珍味である。


 そして供されるのは、基本的には強い蒸留酒。

 ただ、酒がダメなもののために、地下水をハーブで香り付けしたものもある。


 蒸留酒をこの水で割ってもいい。

 俺はそうした。

 美味い。


「これは美味しいな。酒もいい」


「だろ? しけた地下都市だけどね、酒と料理だけは美味いんだよ。ただし、料理のレパートリーが少ないのがいただけないね」


 辛口なギスカも、この酒と料理は認めるか。


「それで、ザギン殿。我々に依頼した理由である、炎のモンスターとは一体どのような? 詳しい状況をお聞かせ願いたい」


 水割りで唇を潤した後、俺は長に尋ねた。

 彼は白い髭をしごきながら、うーむ、と唸る。


「そうだな。それはまず、わしらの仕事について伝えてからでなければならん。あれらは、わしらの仕事を根幹から揺るがす存在なのだ。お主、わしらドワーフの仕事を知っておるかな?」


「鉱山都市にて、地に埋まった金属を掘り出すことでしょう」


「うむ、然り。外の世界にあまねく存在する金属は、全てわしらドワーフが掘り出し、精製した金属となる。人もわしらの真似事をして、鉱山にて鉱石を掘り返しておるが……彼奴らはわしらと違って弱い。山の中でバタバタ死ぬ。しかしわしらは死なぬ。鉱山にて石を掘ることこそ、わしらの天職よ」


 ちらりとギスカを見るザギン。

 ギスカは鼻を鳴らすと、ぷいっとそっぽを向いた。


「だが、その天職を揺るがす者が現れた。それが炎のモンスターよ。その姿は人に似て、しかし翼があり尾があり、集団で地の底のマグマより飛び出してきた。あれはまるで……伝説に聞く魔族、バルログのようだった」


 おや、どうやら俺に関わりのある話のようだ。

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