第79話 昼日中の決戦
昼過ぎ。
マールイ王国を戦場と定めた俺は、家々が取り壊されて何も無くなっていた場所を一箇所指定し、決戦のための舞台として整えておいていた。
周囲には観客のためにスペースが空けられており、そこここに屋台が並んでいる。
「なんやなんや……まるで見世物やないか」
フリッカが唖然とする。
「いかにも、見世物だ。君の復讐を手伝う代わりに、これはマールイ王国復興のための資金源にさせてもらう」
「う、うちの復讐で金儲け!? なんでや!?」
「もともと復讐は、個人がスッキリするだけで周囲にとっては特に得られるものがない。だがこうすることで、俺も君の復讐を手助けするモチベーションが生まれてくる。同時に、こうして多くの観客に戦いを見せてお金を取り、さらには声援まで得られるのだ。いいことしかない」
「自分、本当にいい性格してるなあ……」
「オーギュストは出会った時からずっとこうだな」
イングリドがうんうん、と頷いている。
死神と呼ばれていた彼女と出会った俺が、ギルドの冒険者たちを乗せて、イングリドとのパーティ結成をイベントにしてしまった事を思い出す。
何事も、周囲を巻き込んで楽しくやれればそれでいいのだ。
「わはは、これは参ったな。フリッカもカッカしている場合ではなくなっただろう。いいか、冷静にやれよ?」
ジェダが忠告している。
戦闘狂みたいな男だが、こいつは常に冷静でもあるのだ。
「それで道化師。消費した鉱石の分は持ってくれるって本当かい? 使い放題でいいのかい?」
全身を鉱石でじゃらじゃらさせたギスカは、やる気満々。
いつもは、金食い虫の鉱石をどれだけケチるかにきゅうきゅうとしているのだ。
鉱石魔法は強力で万能だが金がかかる。
「ああ。それこそ、君がいかに派手な魔法で人々をひきつけ、おひねりを吐き出させるかに掛かっていると言ってもいい! フリッカにジェダも、派手に頼むぞ。新生マールイ王国の門出も掛かっているんだ」
「あかん、この男、もう勝つ気でおる……!!」
「勝っても負けても、死ななければセーフだよ。そうすれば金が手に入るからね」
俺のモチベーションはふたつ。
観客の喜びと、金である。
この双方が掛かった今回の仕事に、燃えない理由がない。
ああ、ちなみに盗賊の耳は、兵士の一人に言って男爵領に届けさせた。
向こうにも、マールイ王国の再興支援に俺が関わることと、今回の興行は伝えてある。
お陰で、男爵領からも観光客がやって来ている。
あのフードを深く被った男、周囲に護衛がいるところから見て、恐らく男爵その人だな。
他にも何人か、王国の貴人らしき姿がある。
「では君、ネレウスが到着したら頼むよ」
俺は、呼んであった門番の兵士の肩を叩いた。
彼はラッパを手にしたまま、ガクガク震えている。
「ふええ……。こ、こんな大観衆の前でラッパを吹くことになるなんて聞いてないですよオーギュスト様」
「ハハハ! 成功したらどっさり報酬も出るから! 君の一吹きで、この興行の盛り上がりが変わる! 頼むぞ!」
「責任重大だあ……」
「なんだい、そこのラッパ吹き。震えてるならこれを飲みな! あたいのお気に入りの酒だよ!」
ギスカが差し出した水袋には、たっぷりお酒が詰まっている。
「じゃあ失礼して……」
これを口に含み、飲み込んだラッパ吹きの兵士。
しばらくして、目が据わってきた。
「おー、やれる気がしてきました」
「いいぞいいぞ」
一杯引っ掛けて、冷静な判断力をどこかにやってしまえば、怖いものなどそうはなくなる。
これでこちらの準備は万端。
それを見計らったかのように、彼もやって来た。
人垣が割れる。
生まれた空間の中を、青い肌の魔族が歩いてきた。
ネレウスだ。
彼もやる気十分。
かくして、強大なる魔族ネレウスと、我らラッキークラウンの決戦の舞台は整った。
「呆れたものだ……。よくぞここまでの観客を集めたな? 私をダシにして、どこまで稼ぐ気だ」
ネレウスは怒っているように見えた。
だが、俺には分かる。
彼が求めているものは、明確なのだ。
「これでどうだね」
俺はフリッカに見えないように、ジェスチャーで分前の金額を示してみせた。
すると、ネレウスの口角がピクッと動く。
ちょっと笑顔になりかけたな。
彼は本当にお金が好きだな……。
金を手に入れて、人間が作り出した文化を存分に味わい、堪能するという趣味。
ネレウスにとってそれは、何物にも代えがたいのだろう。
無限に近い生命を持つ魔族純血種だからこその道楽とも言えよう。
人間の生命は短いが、彼らはどんどん変化していく。
その過程で、新しい文化が生み出される。
ネレウスはこれを、正当な代価を払って楽しみ、サービスを受けて愉悦に浸りたいのだ。
彼の行動原理は、これ一つである。
ネレウスは悪ではない。
仕事に手を抜かず、そして全力で挑んできた相手に敬意を示し、例え結果が最悪の事態になろうと、その道を突き進むだけなのだ。
ただし、契約違反は絶対に許さない。
「では始めよう、ネレウス。戦いの準備は十分か?」
「お前たちの人数が多いな。ならば、私もしもべを呼び出すとしよう! 地の盟約、風の盟約に従い、いでよ我がしもべよ! オウルベア! グリフォン!」
フクロウのような頭を持った巨大な熊と、鷲の頭と翼を持った獅子が現れる。
向こうも準備は万端。
フリッカが武者震いしている。
ジェダは腕組みを解き、ゆっくりを体勢を低くして戦いのポーズだ。
俺は、すぐそばでガチガチになっているラッパ吹き君の肩を叩いた。
「すっかり酔いは醒めてしまったようだが、一世一代の演奏を頼むぞ、君! 何せこれから君は、王国の晴れ舞台でどんどん演奏していくことになるんだからな!」
「晴れ舞台で!? 俺が!?」
出世を確約すると、彼の目が再び据わった。
ラッパを口につけると、大きく息を吸い込む。頬が膨らむ。
鳴り響くのは、開戦のファンファーレ。
わーっと盛り上がる観客たち。
マールイ王国再興のための興行が始まった。
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