第69話 ネレウスの雇い手

「さて君。俺がこの国を離れた後で、一体何があったのかな? いや、大体は想像ができるがな」


「アッハイ! あのですねえ。まず全部ぐだぐだになって、国がやること成すこと、全部裏目に出るようになったんですよ」


「だろうねえ。彼ら、例えば交渉や交流戦を行う時、きちんと先方にアポイントメントを取り、相手の顔を立てる形で場を用意したりしたかね?」


「は?」


 男の顔がぽかんとした。

 これを見ていたイングリドが、生暖かい微笑を浮かべる。

 そして、


「だめだこれは」


 ぼそりと呟いた。

 今は冒険者だが、彼女とて王宮で育った王女なのだ。

 国の政治のやり方などは、ある程度心得ている。


 さらに、冒険者としての生活だって、他人への気遣いなしには成立し得ないのだ。

 我々はギルドという共同体に所属しているからな。

 敵ばかり作っていては、何にもならない。


 仕事をする際に協力を得られず、足を引っ張られ、情報だって満足には得られない。

 敵を作ることは、一切の得が無いのだ。


「では、その後の各国との関係は?」


「毎回喧嘩してましたね」


「ひどいもんだねえ」


 けらけらとギスカが笑う。

 つまり、せっせと敵を作ってきたのだ、この国は。


「貿易なんかは困っただろう?」


「はあ、そりゃあもう。物がなくなって物価が上がりまして。んで、暴動が起きました。騎士団が出てきて、民と騎士の殴り合いですよ。ありゃあ最悪だった……。でもその時、なぜか騎士団長がどこぞの馬の骨にボコボコにされたとかで、騎士団の士気が低くてですね」


 俺とイングリドが笑顔になった。


「で、民が騎士を王城まで押し戻しまして。んで、騎士とか兵士が治安維持をあきらめたんですね。あちこちで略奪が発生したんですが、ついには奪うものも何もなくなって。今はみんな、適当に密造酒作って暮らしてますよ」


「ひどいなんてもんやない……。国の体を成してないやん!」


 フリッカが呆れている。


「俺が仕事を教えた役人がいたはずだが。彼らは仕事をしなかったのかね?」


「ああ、それはオーギュストさんがいなくなったと同時にですね、大臣の野郎がその人たちを国外追放して……」


「なるほど。それで、この国には政治をやれる者がいなくなったわけだ」


 よく分かった。

 盗賊たちも、既にこの国から奪うものはなくなり、ネレウスによって港を破壊されていなくても、マールイ王国は戦争などできる状態では無かったのだ。


 俺の教えを受けた役人の諸君は無事であろうか。

 そこだけは心配だ。


「いや……よくぞこれだけ生き残っているものだ。ばたばた死んだのではないか?」


「死にましたねえ。あとは、国外にみんな逃げました。だから、残ってるのはもう、何の気力もなくなった負け犬だけってわけで」


 たった半年足らずで、一国がここまで落ちぶれたわけだ。

 いやはや……。

 ガルフスには、政治家としてのマイナスの才能があるな。天才の領域だ。


「よくぞこんな国が、ネレウスなど雇えたな。そもそも、あのようなとんでもない怪物とどこで伝手を作ったんだ」


「はあ、それは、あの魔族野郎ですよね? あいつを売り込みに来た奴がいたんで」


「売り込みに? ネレウス以外に誰かいたということか?」


「へえ。なんかちょっと、おどけた喋り方をする真っ赤な服を着たやつで、そうだ、オーギュスト様にちょっと似てました」


「なにぃ」


 俺は顔をしかめた。

 キャラかぶりか。

 それは困る。道化師にとって、営業妨害以外の何物でもない。


「フリッカ、知っているかね? ネレウス以外にもうひとりいるようだが……」


「赤い服の……? あ、あ……なんかそういうのがおったわ。自分はなーんもせんで、ずっとうちらの村がネレウスにやられるのを、見てるだけの奴が……」


「派手な服装だったそうだが、記憶には残ってなかったのかい? 俺とキャラが被っているということは、かなり印象に残るような物言いや仕草をすると思うんだが……」


「道化師、自分というものをよくわかっているねえ……」


 だが、フリッカの反応は俺の予想とは異なるものだった。

 真面目な顔で、顔を左右に振る。


「あかん。全然記憶にない。赤い服ってことだけ覚えとるわ。だけど、本当になんの印象にも残らんかった……」


「ふむ……」


 俺は考え込む。

 もしかしてそいつは……顧客と獲物への態度を使い分けているだけかも知れないな。


 ネレウスは正直な話、真面目で実直な印象だった。

 自ら進んで非道を行う男には見えない。

 生真面目だからこそ、契約を反故にされると激怒するのだ。


 だが、真面目な性格の魔族が、人に雇われて戦争に介入するなどということをやるだろうか?

 フリッカの一族を皆殺しにするなど。

 ネレウスのモチベーションは、金だった。


 そうまでして金を求める理由があるのか。


 ここで突然、新情報として現れた赤い服の男(俺とキャラが被ってる)。

 フリッカの目的を果たさせるのはもちろんだが、そのためにこの赤い服を無視はできないだろう。


 さて、おおよそこの男から集められるだけの情報は集めた。

 マールイ王国の惨状の原因は想像通りだったし、何よりも重要なのはネレウスのマネージャーとでも言うべき男が存在しているということだ。


 いや、マネージャーと言うか、間違いなくその男がネレウスを暴れさせている黒幕だ。


「腐敗神の司祭と言い、赤い服の男と言い、この辺りには黒幕みたいなキャラばかりいるのだろうか」


 俺が呟くと、ジェダが肩を叩いてきた。


「お前が一歩間違えてたらそうなってたケースだな」


 なにっ。

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