第68話 ピンチ、マールイ王国!
ネレウスを見逃した我々は、盗賊団の耳を集めて瓶詰めにして塩漬けにし、マールイ王国王都へと向かった。
ほどなくして、懐かしくも、苦々しい思い出の多い都が見えてくる。
……はて、王都の城壁はあんなにもボロボロだっただろうか?
門番すら立っていない。
あれでは、都を守ることなどできまい。
「なんだあれは」
イングリドも呆れたようだ。
ガットルテ王国や、男爵領などの門の守りを見ていれば、マールイ王都のやる気の無さはよく分かる。
そう、全くやる気が無いのだ。
「これはもしや、変装しなくてよかったのではないか……。そんな、俺の一世一代の変装が……」
ちょっとショックを受ける俺なのだが、ギスカがカッカッカ、と笑いながら背中をばんばん叩いてくる。
彼女の場合、背が低いドワーフなので、俺の腰骨よりちょっと高いところを叩いてくるのでなかなか痛い。
「いいじゃないかい! あたいはその冴えない変装好きだよ! なんかこう、親しみが持てるじゃないかい? なあフリッカ!」
「なんでうちに振るんや!!」
すっかり元気を取り戻したフリッカが、ぺちんとギスカをはたく。
途中までしょげていたのだが、俺がネレウスをおびき出し、やる気にさせてから倒すという作戦を話したら、元気になったのだ。
まあ、作戦というほど内容は固まっていない。
ネレウスについて調べて、彼を罠にはめなければいけないのだ。
金が関係しない殺しは、やる気がない男らしい。
つまり、俺たちと戦うよう、誰かから依頼されればいい。
「まあいい。中に入ろうじゃないか。変装は万一のためにしたものだからね。仕方ない……」
門をくぐる。
門番らしき者は、門の脇に座り込み、俺たちをじろりと睨んだ。
「おい、外国の人間か? ただで入れると思ってるんじゃないだろうな」
「ああ、通行料が必要なので? はい、これ」
俺が銀貨を投げてやると、門番は相好を崩した。
「分かってるじゃねえか。さあ、通れ。まあ、もう何もない国になっちまってるけどな」
なんという腐敗ぶりであろうか。
金を渡せば誰でも通すか。
マールイ王国はすっかり堕落してしまった。
俺がこの国を出奔してから、まだ半年と過ぎていないのに。
門を抜けてから、マールイ王国の荒廃ぶりがさらに良く分かるようになった。
道のあちこちに雑草が生え、昼間から酒を飲んで寝転んでいる男たちがいる。
怒鳴り声や殴り合いが起き、そんな有様でも兵士は駆けつけてこない。
「な、な、なんということだ。ガルフスめえ」
俺は怒った。
「うん、これはひどいな。ガルフス殿はあれだな。政治の才能が無かったんだな」
イングリドの物言いは辛辣だが、的を射ていると言えよう。
俺から宰相のような地位を簒奪した彼は、自らの望む国の形を作り上げようとした。
それに大失敗した姿が、これだ。
ひどい。
ひどいなんてものじゃない。
「うっわ、くっさいなー! なんやこれ? 無法地帯やないの?」
「こいつら、覇気というものがないな。何もやる気がない連中ばかりのせいで、辛うじて治安が保たれてるのだな」
ジェダすらもが呆れている。
「というか、さっきの門番はこんな状況で金を手に入れて、何をするつもりだ」
「確かに! 酒場もやってそうにないねえ」
ジェダとギスカが顔を見合わせた。
全くだ。
貨幣経済が機能しているかどうかも怪しい。
しかし、お陰で王都に俺たちが入り込んでも、怪しまれずに済む。
ギスカとジェダは特に目立つはずだ。
それでも、誰も気にしている様子はない。
「諸君、我々は我々の仕事をしようではないか。つまり、港がどれだけ派手に壊されているかを見た後、そこの職員……いれば、だが。彼らに話を聞こう」
もはや、こんなマールイ王国の姿を目にしては、誰も寄り道などしたがらない。
ラッキークラウン一行は、真っ直ぐに港を目指すのだった。
マールイ王国王都は、それなりに広い。
ガットルテ王国とは違い、陸地から海まで、広い範囲にまたがっているのだ。
本来ならば、陸路と海路とを同時に使うことができる、巨大な交易都市である。
だが、海路はキングバイ王国と戦争して潰され、港はネレウスを怒らせて破壊され、破壊された港からキングバイ王国が攻めてきて、ボコボコにされて負けた。
陸路は盗賊団が出てきて、安心して商品も運べやしない。
俺たちが盗賊団を倒したが、その話がこの辺りに広まるのは、しばらく先のことになるだろう。
「うわあ、港もひどいもんだねえ!」
到着した港で、ギスカがすがすがしそうに叫んだ。
「ああ。ここまで派手に破壊されていると、気持ちいいくらいだな……! そしてここにも、寝転がっている人々がいるぞ。うわ、酒臭い」
イングリドに酒臭いと言われるのだから、相当だな。
我がパーティで、イングリドはギスカと同じくらい飲む。
そんな酒好きな彼女が顔をしかめるほど、港に転がっている男たちの醜態はひどかった。
酒瓶を抱え、あるいは酒樽にしがみついて、酒を飲み続けているのだ。
彼らは酒が無くなったらどうするつもりなのだろうな。
「いやはや。これでは港はしばらく使えないだろうな。ネレウスに破壊され、キングバイ王国にけちょんけちょんにされたんだ。一年は再建にかかるだろうな。どれ」
俺は手近な男を起こした。
「ういー、なんだってんだ。この国はもう終わりだあ。俺は死ぬまで酒を飲んで、国の終わりを見届けるんだあ。放っといてくれえ」
「フリッカ、酔い醒ましを頼む」
「はいはい! 契約やで、出てくるんや、ドライアド! このおっさんの酔いを醒ましたって!」
フリッカは妖精を呼び出す触媒として、水袋の水を振りまいた。
すると、どこからか緑色の乙女が小走りでやって来る。
ドライアドである。
『お酒くさあい』
ドライアドは鼻をつまんでそう言うと、指先を緑に光らせて、酔った男の額をつついた。
その途端、男の目がパッと覚める。
ドライアドは地面に撒かれた水を、吸い上げるようにして回収すると、そのまま消えていった。
「な、な、なんだ!? 酔いがすっかり醒めてやがる……」
「ドライアドの浄化の魔法で、君の酔いをなくしたのだよ。話を聞かせてもらえないかな」
「よ、余計なことをしやがって! そんなことをしたって、どこの誰かも分からないような奴に話すようなことは……」
俺は彼の目の前で、顔をつるりと撫でた。
この動きで、俺の変装が剥がれて落ちる。
男の目が見開かれた。
「あっ!? あ、あ、あ、あんた、いや、あなたは……オーギュスト様!?」
「いかにも、その通り。話を聞かせてもらえるかな? 君が知っている限りの、この王国の話を」
男は、コクコクと痙攣するように頷くのだった。
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