第48話 海水浴と帰途

「あはははは! オーギュスト、そっちだ! そっちに行ったぞ!」


「ああ、ボールが波にさらわれる! イングリド、あまり全力で投げるものじゃない!」


 気がつくと……。

 イングリドと海で遊んでいた。


 気持ちいいくらいの晴天。

 打ち寄せる波。

 真っ白な砂浜。


 童心に帰ってしまう光景だ。

 それ故に、童心に帰って遊んでしまった……!


 道化師たるもの、水着くらいは用意してある。

 なので、俺とイングリドの二人が、水着姿のまま、波打ち際で戯れているのだ。


 ここにオルカが二頭入ってきて、彼らに乗って沖まで行ったり、戻ったり。

 実に楽しい。

 これは極上の息抜きだ。


 ガットルテの王都では、歓楽街で遊ぶか、高めの酒と食事をするくらいしか娯楽がなかったからな。

 天然のバカンスを擁するキングバイ王国、なかなか良い。


 残念なことに、この国には冒険者ギルドが無いのだ。

 一つの島を拠点とした王国であるため、ここにギルドがあっても、仕事が少ない。

 活動できる範囲が狭いためだ。


 なので、近くの王国やマールイ王国冒険者ギルドが、キングバイ王国で発生した仕事を請けることになる。

 そのマールイ王国と断絶状態であるため、ガットルテまで仕事の話が来たのだ。


「お陰で、帰る前にキングバイ王国の海を堪能できる……」


 プカプカと海に浮かんで、空を眺める。

 実に優雅な一時だ。

 人生は、こうやってのんびりしていてもいいものである。


 報酬もたっぷりともらったしな。


 ギスカは、砂浜で地面を掘り返している。

 何か鉱石の反応があったらしい。

 新しい魔法が使えるかも知れない、と意気込んでいたので、彼女は彼女で楽しんでいるのだ。


 こうして、バカンスをエンジョイする我々ラッキークラウンの横を、帆船が通り過ぎていった。

 船上の水夫たちが、手を振ってくる。

 俺もイングリドも手を振り返す。


「お陰で船が出られるよ! ありがとう! あんたたちの話はあちこちで広めるから! 凄い冒険者がいるって!」


「それはありがたい! 宣伝してもらえれば、我々も商売繁盛だよ!」


 そう返して、過ぎ去っていく帆船の後ろを見送る。

 そして気付いた。


「我々が有名になると、仕事がどんどん来てしまうのでは……?」


「どうしたんだオーギュスト。それはいいことじゃないか」


 すぐ間近まで来ていたイングリドが不思議そうだ。

 それよりも、露出度が高い水着を纏い、陽光を受けてキラキラ輝く彼女の肢体は、大変刺激的だ。

 無防備に異性に近寄ってはいけない。


「オーギュストが難しい顔をしている……! 何か問題があるんだな!?」


「いや、問題があると言えばある。無いと言えば無い……」


「どっちなんだ。あ、でもオーギュストの腕は結構太いな。胸板も鍛えられているなあ」


 仕事が来て休む暇がなくなる……それはいい。

 だが、今の姿のイングリドがぐいぐい近づいてくるのは大変問題があるということだ。やめるんだ、どうして豊かな胸を俺の腕に押し付ける必要がある。

 いかんいかん、俺としたことが冷静さを欠いていたようだ。


 二つの問題は全く別のものではないか。

 思わず混同してしまっていた。


 散々遊んでいたら、日が傾いてきてしまった。

 これはいけない。

 今日帰るつもりだったのだが、もう船が無くなっている。


「海は魔物だな」


「何を渋い顔して呟いてるんだい。あんたたち遊んでただけじゃないか」


 パラソルの下で昼寝をしていたギスカが起き上がり、苦笑した。

 彼女の横には、砂を固めて作ったらしい石が幾つか転がっている。


「ギスカ、それは一体なんだい?」


「新しい魔法に使う石さ。鉱石魔法ってのはね。何回か使うとその石を消費しちまう。砂は鉱石よりも脆いから、こいつらは一発で消えちまうかも。だけど、面白い魔法が使えるようになるよ。楽しみにしておいで」


「まるで、すぐに砂の魔法を使える時が来るような物言いをするなあ」


「あんたらと一緒にいたら、いざこざの方からこっちに来るんじゃないかい? あたいはそんな予感がするね」


 間違ってはいない。


 結局その日は、キングバイ王国で一泊したのだった。

 この国は観光地でもある。

 各国のお金持ちが集まり、海で遊び、夜は宿で豪遊する。


 俺たちも豪遊した。

 金があるならば使わねばならない。

 金は生き物だ。使うことで世界をめぐり、金が通過した場所に暮らす人々を潤していく。


 故に……。


「清酒のお代わりを持ってきてくれ。それからメニューのここからここまで追加で」


「あ、この魚は美味しかったな! 魚倍量で! ソースとかもっと濃くていいかも」


「蒸留酒ないのかい? ある? 高い? 構わないさ、じゃんじゃん持ってきておくれ!」


 ラッキークラウンは、豪遊した。

 お金をじゃぶじゃぶ使った。

 そして酒に酔った我々は、部屋の中でぶっ倒れて寝た。


 朝目覚めたのは、扉をノックする音でだ。

 これは、船に乗るため、起こしてくれるよう頼んでおいた宿のモーニングコールだ。


「船が出ちまいますよ!! 起きてください!」


「まずい!!」


 俺は飛び起きた。

 イングリドを揺り起こし、ギスカの頬をぺちぺち叩いて起こす。


「うおお、昨夜の記憶がない……」


「いやあー、痛飲したねえー! あんないい酒をじゃぶじゃぶ飲めるなんて、あんたらと一緒になって良かったよー」


「昨晩の記憶など、今は構っている場合ではない! 船が出るぞ! これを逃すと、昼過ぎまで船は無い!」


 俺の言葉を聞いて、イングリドとギスカが真顔になった。

 慌てて三人で荷造りをし、宿を飛び出す。

 前払いの宿で本当に良かった。


 渡り板が外され、今にも桟橋を離れようとする船に、ラッキークラウンが駆け寄った。


「待ってくれー! 乗る! 乗るぞ! 金は出す!」


 金と聞いて、船の乗組員が駆け寄ってきた。

 俺たちの荷物を受け取り、俺たちの手を取って引っ張り上げてくれる。


 素晴らしい。

 金は全てを解決する。


 かくして、離れていくキングバイ王国。

 さらば、海の王国よ。

 つかの間のバカンスを楽しめたのは幸いだった。


 大陸では、また騒動が待っているのだろうな。

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