第49話 宵越しの銭は持たぬ

 ガットルテ王国に帰還した。

 しばらくこの国を根城にしていると、愛着が湧いてくるものだ。

 冒険者ギルドに入るとホッとする。


「おお! またあいつら帰ってきたぜ!」


「こりゃあ、実力は本物だな……」


「もう死神って呼べねえなあ……。幸運の女神だ」


 俺たちをダシに盛り上がる、冒険者たち。

 イングリドは、幸運の女神、と言うところだけ都合よく聞こえたらしく、


「よ、よせ。照れくさい」


 などと言いながらとても照れている。

 さて、ギルドでは仕事の報告をする。

 キングバイ王国からの依頼は完遂。


 この話は、ガットルテの王家にも上げられる。

 情報共有がなされるわけだな。

 かくして、ガットルテとキングバイ両王国は少し親しくなるのだ。


 確実に、マールイ王国包囲網が出来上がっているような気がするな。


 報告ついでに、ギルドで最近の仕事の傾向などを聞いてみる。

 先日取り逃がした……というか俺のやる気がなくて追撃しなかった、腐敗神の司祭だが、また悪さをしていないか、という確認である。


「確かに、報告にあった腐敗神絡みの事件が頻発していますね。ただ、小規模のもので、他の冒険者が解決できています」


「それは重畳。俺が上げた、腐敗神の手口は役立っているかい?」


「とっても」


 ギルドの受付嬢がにっこり笑った。

 ここに来て、腐敗神の司祭が活発に活動するようになったということは、何かしら理由があるのだろう。

 彼らとの戦いは、長期には渡らない。恐らくこれから数週間とか、それくらいの短期で決まると俺は睨んでいた。


 そのために、ギルドに腐敗神の司祭の手口を教えておいたのである。

 どうやらそれは、他の冒険者たちも共有する知識となっているようだった。

 仕事の犠牲者を減らす一助となっているなら、何よりだ。この戦いは、冒険者の頭数が重要になってくるからな。


「さて諸君!」


 俺は振り返るなり、冒険者諸氏に呼びかけた。

 よく通る発声は、ギルドの隅々まで届いただろう。


 冒険者の視線が俺に集まる。


「今この国は、腐敗神の司祭に狙われている! 彼が引き起こした様々な事件があることと思うが、今のところは無事に解決できているようで何より!」


 おおー! とか、うおーとか言う返事があった。

 獣のようである。


「ということで、キングバイ王国から多額の報酬をもらったこの俺が、諸君の無事とこれからの活躍を願い、そして我らラッキークラウンを応援してくれることを期待しつつ……」


 バンッ!と手のひらをテーブルに叩きつける俺。

 それを横にスライドさせると、金貨がずらりと並んだ。


 うおーっとどよめく冒険者たち。


「今日は俺のおごりだ。存分に飲み食いをしてくれたまえ!!」


 一瞬、静まり返るギルドの酒場コーナー。

 そして次の瞬間、うおおおおおーっ!と爆発するように歓声が轟いた。


「マジかよ道化師!」


「神だ!」


「太っ腹過ぎだろうー!!」


 現金な褒め言葉が次々飛んでくる。

 俺はそれらの一つ一つに、仰々しく礼をしながら応対をした後、一言付け加えた。


「ただし! 余興で俺は勝手に芸を見せるが、これを見て感心したやつは、きちんと俺におひねりをよこすこと! いいな!」


 冒険者たちが爆笑する。


「わはははは! だよな! 分かってるって!」


「奢るけど金を取るのかよ! わはははは!」


 この大変な有様に、イングリドが首を傾げた。


「……オーギュスト。お金をそんなにポンポン使ってしまっていいのか?」


「こういう時のために使うものだよ。人との信頼や、好印象っていうものは、使った金以上のリターンがあるものだからね」


「またお金がなくなるのではないのか?」


「なくなるね。だから稼がないといけない。どうせ俺たちは有名になって来てるんだ。仕事は向こうから来るし、断りづらい状況になってくる。ならば、お金も減らして仕事を請けるモチベーションを高めておいた方が得というものじゃないか?」


「上手いこと言うなあ」


 イングリドが感心した。

 そして、彼女も金貨を積み上げる。

 冒険者たちに奢るための資金が上積みされたのだ。


 うわーっと盛り上がり、注文が飛び交う。

 酒場は大忙しとなった。


 暇な冒険者は、酒場の給仕なども始めて、酒を飲んだ上に酒場からの賃金までもらおうとしている。

 大混乱だ。

 しかし、冒険者たちの誰もが笑顔になった。


 好機である。


「今道化師、ニヤッと笑ったね? 何か企んでたね?」


「勘の鋭い人だ」


 ギスカはその辺り流石と言えよう。

 俺は気分良く飲んでいる冒険者の隣に座り、談笑しながら最近の状況を聞き出す。


 これを様々なテーブルで実行していき、情報収集するのだ。

 タダ酒で口が大変軽くなっている冒険者は、なんでも喋る。

 彼らが最近受けた依頼について、その内容について、依頼人について。


 無論、守秘義務みたいなものが課せられている依頼もあるだろうが、ならず者集団である冒険者が、そんなものを守るはずがない。

 タダ酒をたっぷり飲ませれば、あっという間にその守りも決壊する。


 集めてきた情報を、並べていこう。


1・腐敗神の司祭が起こしたらしい、眷属による村の襲撃の増加。

2・敵対的魔族との遭遇増加。

3・守秘義務が課せられた、意味のわからない依頼の増加。その全てが、辺境の村における、どこそこに何かを埋めろ、だの、この箱を誰かに届けろ、だの、そういったもの。


 これらをまとめてカードに書き、我らラッキークラウンのテーブルにて開示する。


「どういうことだい?」


 ギスカが難しい顔をした。


「オーギュスト、これに何かの繋がりがあるのか?」


「ああ、もちろん。2に関しては、魔族をマールイ王国が雇っていたが、これに繋がる話だと思われる。マールイ王国側でも、ガットルテに手出しをしてきているということだね。そして1と3。これは表裏一体で、残ったまつろわぬ民が、勝負を仕掛けてきているということだと俺は睨む」


 1と2を囮として、3を進めようとしている。

 マールイ王国はどういうわけか、腐敗神の司祭か、まつろわぬ民と手を組んでいることになる。

 あるいは利用されている?


 目先の利益で目がくらむ大臣ガルフスのことだ。

 魔族を雇う金は出すから、これでガットルテやキングバイにいやがらせをしろ、とでも言われてその通りにしているのだろう。


「それで、どうするつもりなんだ? どれもこれも、終わってしまった依頼だろう?」


「依頼の箇所を、地図に描いてみよう。地図は俺の頭の中だから、夜に俺の部屋に来て欲しい。いや、ギスカ、そういう意味じゃない。けだものを見るような目を向けるな」


 三人だけになったところで、俺の見解を述べることにするのである。

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