第42話 オルカ騎士団

「凄い拍手だな……。どうしたんだ? 何かオーギュストが凄い芸を見せたのか?」


 振り返るイングリド。

 ここまで、俺とキルステンの試合に興味がないのは珍しい。

 彼女の頭の中は、初めての海でいっぱいになってしまっているようだった。


「第一、オーギュストが誰と試合をしたところで、彼の手のひらの上で転がされるだけだろう」


「相方のこと、よく分かってるねえ」


 呆れるギスカ。

 信頼されているが故の無関心、というわけだ。


 さて、キルステンと握手したり肩を叩きあったり、関係について話をしたりと、ひとしきりの観客サービスを終えた俺。

 海から目線を離そうとしないイングリドの襟首を捕まえ、これからの仕事についての話をすることにする。


「仕事は簡単だ。我々とともに、海に出てもらいたい」


 キルステンの依頼内容は単純明快だった。


「我らオルカ騎士団は、ミーゾイまでやって来た。だが、ここで足止めを食らってしまったのだ。敵は、恐らく海に適した魔族。それが何らかの意図を持って、我らを本国へ帰さないようにしている。マールイ王国についての情報を、持ち帰ることができないでいるのだ」


「ははあ。これは狙いがあからさまだね」


「ええ、その通りですオーギュスト師。もうお分かりになりましたか。さすがです」


 部下たちの手前、騎士団長としての言葉遣いをするキルステンだが、俺に対する時だけかつての少年の顔になる。

 この場にはオルカ騎士団の面々もいて、彼らは皆、強面の大男たちだ。

 そんな髭面の巨漢を従えるキルステンは、優男の外見ながら凄腕なのであろう。


 オルカ騎士団からすると、このキルステンがプライベートな顔を覗かせる俺という人間に興味があるようだった。

 それに、騎士団長の人間らしい顔が珍しいらしく、目を丸くしたり、苦笑したりしている。


「ああ、それで。団長、いいですかい」


 髭をみつあみにした大男が手を上げた。


「発言を許す、グットルム副団長」


「どうも。俺らオルカ騎士団でも手に負えなかった魔族の野郎を、冒険者でしかないこいつらにどうにかできると?」


「ああ。冒険者とは、様々な職能を持った者の集まりだ。我々には分からない解決の道も見つかるかも知れない。アキンドー商会には、そういう人選も含めて任せてある。そして、最高の冒険者がやって来た」


「こいつは参った。団長が恋する乙女みたいな目になってるぜ」


 グットルムが肩をすくめると、団員がドッと沸いた。

 彼らにしても、本気で俺たちの能力を疑問視しているわけではない。


 俺がキルステンとやりあったのを見ていたであろうし、そこで俺の実力を見抜けぬような節穴ではなかろう。


「詳しい説明は、わたくしめからしてもよろしいですかな、キルステン団長」


「あ、はい、どうぞ!」


 許可をもらい、俺は団員たちの前に立つ。

 咳払い。


「先程、自己紹介の通り。手前は元道化師の冒険者、オーギュストと申します。この度は、オルカ騎士団の皆さまが本国へ戻れるよう、そのご活躍の助力になればと馳せ参じました次第。道化師でございますので、様々な芸事に通じております。海の上でも、泳ぎに操船、船大工にイルカ乗り、あるいはオルカに乗ることも」


「お前、オルカに乗れるのか!!」


 グットルムが目を見開いた。

 彼が驚いたのも当然。

 オルカとは、海における獣の頂点。


 黒と白の美しい体色を持つ、巨大な海獣である。

 賢く、乗り手を見極めるだけの目を持つ。


「オルカ? さっき海辺で見えたあの大きい魚みたいなものか?」


 イングリドが首を傾げた。


「あれに乗れるのか! 凄いな!」


「凄いもなにも。オルカ騎士団とは、あのオルカを乗騎とする海の騎士たちなのだよ」


 俺の説明を受けて、イングリドの目がきらきら輝いた。


「なんだって!? 本当か!? す、すごい!」


 年頃の女性が目をキラキラさせているとなると、喜ばせたくなるのが男のサガというものである。

 グットルムや他の騎士たちがニヤニヤ……いや、ニコニコしながら、魅力的な提案を口にしてきた。


「乗ってみるかい?」


「うちのオルカは気立てもいいから、最高だぜ」


「な、なんだって!? オルカに乗れるのか!! うわーっ、すごいことになってしまった」


 はしゃぐイングリド。

 まさか騎士たちも、この大喜びしている女戦士が、ガットルテ王国の王女だとは夢にも思うまい。


 そんなわけで、イングリドがオルカに乗る準備が整いつつある。

 ギスカも誘われたが、丁重にお断りしたようだ。


「ドワーフは沈むんだよ……! いいかい、あたいを深い水につけようとしないことだよ。二度と浮かんでこないからね……」


「君は本当に水が嫌いだな」


「足がつかない水は大嫌いさね! ただ、海そのものは嫌いじゃないよ。入らない分にはね」


 複雑な乙女心である。


 オルカ騎士団は男ばかりだが、イルカ騎士団というのがいて、そちらは女性メインらしい。

 イングリドはイルカ騎士団の服を貸してもらったようだ。


「一番大きいサイズでどうにかちょうどだったか……!」


 イングリドがあちこち気にしている。

 体にフィットしたスーツのようなもので、海獣の皮で作られているらしい。

 彼女のボディラインがはっきり分かる。


 そこに、水の抵抗にならないよう、なめらかな形の革鎧が貼り付けられている。

 それなりの防御力と、動きやすさを両立した形だ。


「おおー」


 オルカ騎士団がどよめいた。

 イングリドは女性としてはかなりの長身だが、その分だけ、出るところは出ている。

 男性陣の目を釘付けにする魅力は充分というわけだ。


「お前たち! あまりあからさまにじろじろ見るものではないぞ! 紳士的に見ろ」


 キルステンのユーモアのある注意で、オルカ騎士団がドッと笑い、それぞれに敬礼した。

 イングリドはそれどころでは無いらしい。

 海辺にオルカが集められ、この白黒の大きな海獣のことで、頭がいっぱいだ。


「大きい! 凄いなあこれは! うわー、これに乗れるのか!」


「うわあ」


 イングリドの「うわー」と、ギスカの「うわあ」は全く逆の意味だろうな。


「ちなみにイングリド。海での戦いでは、我々はオルカに手伝ってもらうことになる。ここで搭乗訓練をしつつ、海に出るとしようじゃないか」


「ああ、いいとも! こんなに楽しい仕事は初めてだなあ……!」


 ハイテンションなイングリド。

 すると、一頭のオルカがぬっと体を突き出して、陸に乗り上げてきた。


 そのオルカは、イングリドに近づくと、大きな口から舌先を覗かせて、彼女の頬にキスをしたではないか。

 自ら乗り手を選ぶとは!

 賢い生き物だ。


「これは決まりだな。イングリド嬢、彼女が君を乗せたいらしい! 私のオルカを取られてしまったな!」


 キルステンの楽しそうな声が響いた。


「そうか! よろしく!」


 イングリドが鼻先を撫でると、オルカは『キュォォォォーン』と鳴いて応えるのだった。

 

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