第40話 海にやってきた

 準備は万端。

 我らラッキークラウンは、アキンドー商会の馬車に揺られて海へ向かう。


 依頼人であるキングバイ王国は、アキンドー商会の取引先。

 間に邪魔な国、マールイ王国があり、ここは俺が追い出されてから国外の商人を締め出してしまったそうだ。

 お陰で、マールイ王国を大回りで避けていかねばならない。


「本当にろくなことをしないな、ガルフスは」


「そうだな……。子どもの頃の彼は、ちょっとプライドが高いが、私の前だといつも挙動不審なだけの少年だったのだが」


 それはガルフスが、イングリドに気があったんじゃないのかね……?

 この間、再会したときもとても慌てていたからな。

 また会ったときにでもからかってやるとしよう。


 だが、許したわけではないからな……!

 俺は慈善家的な性格ではない。


 馬車での旅は、数日に及ぶ。

 宿場と宿場を継いで車を走らせると、遠巻きに懐かしい光景が見えた。

 マールイ王国の端の辺り。俺が若い頃、見回っていた農村だ。


 あれはもう、百年近い昔になる。

 何も変わっていない。

 

 あまりにも懐かしくなり、商売道具の一つを取り出した。

 笛である。

 常ならば軽快なメロディなどを奏でる俺だが、今はそう。


 郷愁を誘う曲でも奏でようか。

 馬車の窓からひょいと外に飛び出し、


「お、おいオーギュスト! 馬車の上に乗って何をする気だ!?」


「道化師は行動読めないねー」


 馬車の上に座し、ノスタルジックなメロディを吹く。

 とてもいい。

 いい感じだ。


「オーギュスト、楽器も上手いんだな……」


「あいつ一人でなんでもできるさね……」


 いま一つ、聴衆の反応が芳しくないが。


「ああー、いい曲ですねえー。オーギュストさん、楽師としても食っていけますよそれ……」


 御者の反応は良かった。

 内心でガッツポーズを決める。

 だが、イングリドとギスカの心を動かせなかったということは、音楽における俺の修練が足りないということである。


 笛を使った演奏も、スキルに昇華するまで磨き上げねばなるまい。

 ちなみに笛は、俺が魔曲というスキル使う際に用いる。

 これは無差別に人を巻き込むたぐいのスキルなのと、ある程度奏でなければ効果が発揮されないのだ。


 今までの冒険では、使う機会が無かった。

 寝付きが悪い時期のキュータイ三世を眠らせるため、身につけたものである。


 海の仕事で、一つ使ってみるとしようか。

 どうも我がパーティの女性陣は、音楽への理解が無さそうだ。

 つまり、魔曲が通用しづらい可能性がある。


 散々笛を吹いて満足した俺は、スッキリした顔で馬車の中へと戻っていったのだった。

 そんな事をしながら数日。

 マールイ王国を大きく迂回した馬車は、海に向かって進む。


 キングバイ王国に属する沿岸都市が見えてくるのである。

 少し離れた場所では、マールイ王国軍が展開し、都市を睨んでいる。


「一触即発の空気……いや、明らかにマールイ王国側が弛緩しているな。どれだけの間、軍をここに置いているのだ。すっかり緊張感がなくなっているじゃないか。彼らに食べさせる補給だってタダではないんだぞ……。ガルフス、もっと国の資源の勘定をしっかりやれ……!!」


「道化師が苛ついてるね。やっぱりかつていた国の連中には思うところがあるんだろうねえ」


「まあそのようなものだよ」


 ギスカの言葉を曖昧な態度で肯定しておく。

 まさか、俺に任せればもっと上手くやってみせるなどと思ったなど、言えるものではない。


 それにしても……!

 ガルフスの手際はひどすぎる……!!


「おお、海! 海か! このどこまでも広がる、真っ青な水が海なのか!!」


 一人だけ、全く違うトーンではしゃいでいる人がいた。

 イングリドである。

 窓から身を乗り出して、目をキラキラさせながら海を見つめている。


「おおー! 凄いなあ! あれ、どこまで続いているんだ!? もしかしてガットルテ王国よりも広いのか? 凄い! 凄い凄い!」


 これには、俺もギスカもぽかんとせざるを得ない。

 俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。


「ああ、そうだな。ガットルテ王国ばかりか、それにマールイ王国を合わせたよりも広い。これを二倍、三倍にしてもまだ海のほうが広いんだ」


「そんなに……! ああ、想像もできない……! なあオーギュスト。私たちは、もしかしてあの海で仕事をするのか? 水の上で! 船に乗るんだろうな。どんな船だろう? 私はな、船を漕ぐのが結構上手いんだぞ。城の堀で小舟を浮かべて、子どもの頃は練習したんだ」


「ああ、その心配はしなくていいよ。というのは、漕ぐのは専門の漕手がいるし、一人や二人の力では船は動かないからだ」


「漕いでも動かない……? それはどういうことだ? 船は漕がないと動かないんだぞ? そんなことも知らないのか?」


 目をキラキラさせて、俺のことを何も知らないんだなと笑うイングリド。

 うーむ……!

 彼女はこういう性格だったのか。


 ギスカは、苦笑するばかり。

 さて、どう説明したものか。

 こればかりは、口で語るにも限界がある。


 そう思っていたら、ちょうど見えてきた。


「見ろ、イングリド。ああ、海のほうじゃない。沿岸都市の方向だ。そう、俺の指先の方向……いや、指じゃない指じゃない。指差す先を見るんだ」


「なんだなんだ。注文が多いな君は。何があるっていうんだ……。お、おおおお、おおお──っ!!」


 イングリドが目を見開き、叫んだ。


 彼女の見つめる先にあるのは、大きく帆を広げ、都市から出立していく帆船の姿だ。

 それは、マスト二本のブリガンティン式。

 広がった帆には、兜と盾と斧。キングバイ王国の紋章だ。


「な……なんだあれは……!! あんな、あんな大きいものが船なのか!? あれが! そうかー……。確かにあれじゃあ、私が一人で漕いでも動かないな。というか、あの布はなんなんだ? ああ、布で風を受けて進む!? へえー!! 上手く出来てるもんだなあ」


 素直に感動してくれるので、説明のしがいがある。

 今まで、子どもを助けるような仕事をこなしてきたが、どうやら身近に子どもの純粋さを持つ人がいたらしい。

 となれば、面白おかしい解説は道化師の役割だ。


「ではイングリド、話をするとしよう。大いなる海を前に、我ら人はあまりにも小さく、そして無力! だが、人はこの大海に進出する力を手にした! それこそが帆船。海を吹き渡る風を我が物とし、素晴らしい速度で海原を駆ける人の叡智!」


「おおーっ!!」


 イングリドの歓声を聞きながら、俺たちはキングバイ王国へ。

 海賊王国での冒険が始まるのである。

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