第34話 暗躍はさせぬ

 ところで、ギスカを勧誘する話をしている中、俺は注意深く宿に泊まった冒険者の様子に意識を割いていた。

 この村は、ガットルテ王国といさかいを起こした過去がない。

 かと言って、ここでは何も起こらないとは限らないのだ。


 デビルプラントにやられた村を思い出せば、その危惧は当然。

 あの村は、ただの農村で、王都とは良い関係を築いていた。

 そこに腐敗神の司祭が現れて、デビルプラントの種を子どもたちにばら撒いたわけだ。


 彼らの手口は、一般人を巻き込んで被害を広げてくる。

 それは、今回も変わるまい。

 いや、今まで以上に、王宮内部での陰謀がくじかれた分だけ、激化する可能性もある。


 おっと、そんな事を考えていたら、早速一人。

 無言で酒を飲みながら、俺たちに背を向けている。


 戦士だ。

 彼の仲間たちが談笑しているというのに、それに加わっていない。


 俺は密偵スキルもあるので、同類の挙動がよく分かる。

 その戦士の体の姿勢が不自然なほどこちらを向いていない。

 だが、片方の耳は仲間たちの談笑から外れて、こちらに向けられているではないか。


 あの情報収集、よくやる、よくやる。

 ちなみに、彼から俺は、イングリドが絶妙に障害物になっていて見えない。

 俺が見るときだけ、イングリドが偶然、絶妙に動いて見える。


 さすが……。

 この王女、便利過ぎる。


「むっ、飲みすぎた。ちょっと夜風に当たってくる」


 イングリドがそう言って席を立つ。

 俺はギスカに目配せした。

 彼女はちょっと不思議そうな顔をしたが、頷く。


 いちいち説明を求めない辺り、なかなか優秀だ。

 イングリドがいなくなった直後に、戦士もふらりと立ち上がった。

 そしてイングリドの行った方向へ。


「闇の中でも燃え上がる燃焼石よ。力をお貸し。サーチライト……ライトは少なめでね」


 ギスカがぼそぼそと呪文を詠唱した。

 立て掛けた杖の、赤い石がぼんやり輝く。


 すると、戦士の背中あたりに、小さな丸い光が張り付いた。


「あれは?」


「本人の位置をね、正確に教えてくれるのさ。だから、すぐには片付けちまわない方がいいよ」


「さすが、お見通しか」


「あんた、その気になると一瞬で片付けちまうだろ? 泳がせたほうがいいこともあるのさ」


「なるほど、確かに」


 俺もふらりと立ち上がり、戦士の背後に続いた。

 外では、イングリドが夜風を浴びながら、「ウー」とか唸ってる。

 飲みすぎたな。


 その背後に、戦士が忍び寄る。

 手にしているのは……夜闇の中でははっきり分からないが、カラフルに染められた布を組み合わせたもの……腐敗神の聖印だろう。

 これで、イングリドに何か、腐敗神の魔法を掛けようとしているのだ。


 イングリドのことだから大丈夫だとは思うが、これはチャンスである。

 人は、攻撃を仕掛けようとしう瞬間、最も無防備になる。

 意識が全て攻撃に向いてしまうのだな。


 なので、後ろに無音で歩み寄った俺が、彼の股間を蹴り上げるのも実に楽ちん。


「―――――――!!」


 声にならない悲鳴をあげて、戦士が転倒した。 

 痙攣している。

 泣きながら俺を睨んでいるな。


 口をパクパクしているが、これは、どうして、分かった、とでも言っているのか。


「!? どうしたオーギュスト! この男は……?」


「腐敗神のスパイだな。戦士の姿をしているが、本職は密偵か何かかな? なかなかの腕のようだが、俺は超一流の密偵としてのスキルを持っている。バレバレだぞ」


 男は悔しそうに、ぎりぎりと歯ぎしりした。

 そして、何か不明瞭な言葉をつぶやく。


「おっと!」


 俺は素早く飛び退いた。

 すぐ足元を、ドロドロとした何かが通り過ぎて行ったからだ。

 粘菌のようなものだろうか。


 それは男を飲み込むと、そのまま姿を消した。


「あっ!」


 イングリドが声をあげる。

 彼女がいた場所は、ギリギリ粘菌が通らなかったようだ。


「見失ってしまった……」


「大丈夫だ。こんなこともあろうかと、ギスカが探知の魔法を掛けてある」


「なんと! 優秀だなあ」


 感心するイングリド。

 すっかり酔いは醒めている。


「それで、どうだ? さっきの男は私を狙っていたのだろう? 一体何の目的で、そしてどこに逃げたというのだろうか」


「腐敗神の魔法で、君を害そうとしたのだろうね、イングリド。さあギスカ、早速君の出番だ! 敵の居場所を教えてくれ!」


「よしきた! さてさて……」


 ギスカは杖で、地面をトンと突く。

 すると、そこに砂が集まってきて、地図のようなものを描いた。


「サーチライトのおまけみたいなもんさね」


「ほお……こりゃあ凄い。これで、鉱山の地図代わりにもなったりするわけだね」


「ご明察!」


 鉱石魔法は、その何もかもが、鉱山の中での生活を助けるために作られている魔法体系なのだ。

 応用できれば、今までにない活躍ができる魔法ではないだろうか。


 砂で描かれた地図の中。

 小石が一つ置かれており、それがじりじりと移動している。


「こいつさ。ああ、これは……。どうやってここまで動いたのか分からないけれど、もう村にはいないね」


「ふむ、かなり離れてしまったのかい?」


「そうさね。夜闇の中を追跡することになる。あたいは大丈夫だし、恐らくあんたも大丈夫だろ道化師。だけど、騎士様はどうかね」


 問いかけられて、イングリドが難しい顔をした。


「私は夜目は効かないな」


「ならば、やめておいたほうがいい。追跡は中止して、彼がどこまで移動するかだけをチェックしておこう。魔法の効果時間はどれほどだい?」


「そうさね、半日ほどだね。明日の朝までは持つよ」


「では一眠りし、明日の朝に場所を確認! それで行こう!」


 我々三人は、イングリドを中心として行動するのだ。

 彼女の幸運スキルが万全に働く状況を作り出すため、本日は就寝と相成った。


 腐敗神の手の者は、明日を楽しみにしていて欲しいものである。


 

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