第19話 やって来たガルフス

 農村からは大いに感謝された。

 というよりも、英雄に祭り上げられてしまった。

 これは大変結構なことである。


「ありがとうございます! ありがとうございます! 原因が分かって、スッキリしました」


 依頼人であった老人や、若い衆が頭を下げてくる。

 モヤモヤしたまま、悪い事の原因がわからないと怖いものだ。


 特に、人間はそういう分からないものに恐怖を感じる。

 原因がハッキリしてしまい、しかもそれを取り除いたとなれば、何をやるにも気力が湧いてくるというものである。


「イングリド様素敵……」


「あんなふうになりたい……」


 村の若い娘たちが、イングリドに熱い視線を投げかけている。

 若い衆も、イングリドに別の意味の熱視線を投げている。


「大人気じゃないか」


「よ、よしてくれ! だが、そうだな、悪い気分じゃないな……! ふ、ふふふふ……そろそろ私は死神じゃないだろう……」


 そうかも知れない。

 今回は、ジョノーキン村ほど致命的な状況ではなかった。

 いや、かの村は村人が進んで命を投げ出し、プレーガイオスを降臨させて、ガットルテ王国に害を及ぼそうとしていた様子もある。


 子どもたちを救えたことは、死神返上には十分であろうし、今回も子どもたちを助けることができた。

 見よ、彼ら彼女らのキラキラ光る尊敬の目を。

 正直、道化師が尊敬されてもなあ、と言う気はするが……。


「ほんと、凄い冒険者が来たよなあ」


「そうそう!」


「あれ? あの女戦士、俺見たことがある気がするんだけど……。その、王都にできの良い野菜を納めに行った時にさ、お城で……」


 ん!?

 何か今、イングリドについて重要そうな情報が聞こえたような?


「よし、行くぞオーギュスト! 帰還だ! ギルドの冒険者たちめ、見ていろ。私はまたもやり遂げたぞ!!」


 鼻息のあらいイングリドに腕を掴まれ、引っ張られる。

 何というパワーだ!

 マールイ王国騎士団長バリカスに匹敵するな。


 このパワー……絶対に、もっとパーティメンバーがいれば大きな仕事ができる器だと言うのに……。

 ぬぐぐぐ……。


「……おや? 俺は何を考えていたんだっけ」


「帰るんだぞオーギュスト。村のみんな! また困ったら呼んでくれ! それと報酬の増額ありがとう!」


「またのご用命を! 我々はいつでも、皆様の笑顔のためにやって来る!」


 イングリドとともににこやかに手を振り、かくして我々二名は王都へと帰るのだった。

 片道一日。

 野宿をして、翌日の昼には到着となる。


 王都入り口に差し掛かった時、何やら仰々しい一団がいることに気付いた。

 俺には、この一団に見覚えがある。


 円形の紋章に、やたらと飾りたてた馬車。

 職人の雇用を産むため、複雑な装飾を推奨させたのは俺だ。


 そう、これは、マールイ王国のものだった。


「なんでこんなところに……。いや、何故なのかはよく分かる。分かっているとも」


 俺が大変いやそうな顔をしたので、イングリドが気にしたようだった。


「どうしたんだ? あれは……どこの馬車だろう? どこかの国の役職を持ったものか、上位の貴族が乗っているのだろうな。しかしなんとも……悪趣味な馬車だ」


「言わないでくれ。あれはあれで、職人の仕事が増え、経済を回すための方策だったんだ」


「オーギュストが関わっているのか!? ということは、あれはまさか、マールイ王国の……?」


 王都に入ろうとすると、自然とこの馬車の一団に近づくことになる。


「どの面を下げてガットルテ王国にやってこれたのだろう」


 イングリドの声が大変よく通るので、馬車に付き従っていた兵士たちがビクッとした。


「声が大きいぞ、イングリド」


「声は大きいほうがいいだろう? 戦場でも、試合でも、声が大きくて困ることはない」


「こういう時に困る。ほら、見つかった」


 困るのは俺だった。

 一応、百年ほどマールイ王国に仕えてきた道化師だ。

 俺の素顔を知っている者も多い。


 兵士の中にも、何人か……。


「あれっ!? あれ、オーギュスト様じゃないか?」


「ほんとだ。なんでこんなところにオーギュスト様が……」


「王国を追い出されたからな……。城下町まで悪い噂をばらまかれたらいられないだろ」


「えええ、ほんとかよ。オーギュスト様かわいそうすぎだろ」


「お陰でうちの国はガタガタでなあ……」


 ヒソヒソ話をする兵士たち。

 彼らは、王城に務めているわけで、俺の仕事ぶりも間近で見ていた者たちだ。

 どうやら彼らは、俺に対して偏見を持っていないようだな。


 だが、そんな彼らのヒソヒソ話を聞いて、激昂した者がいた。


「貴様ら、黙れ! オーギュストは無駄飯ぐらいだったのだ! コストカットのために追い出したのは必然だ! それとも何か? 俺を批判するつもりか!? 他国に頭を下げに来た俺を、これ以上ストレスで弱らせるつもりか! クビにするぞ貴様らーっ!!」


 聞き覚えのある声が、まくしたてる。

 馬車の窓が開き、そこからよく知っている顔が現れた。


「ガルフス」


「!?」


 大臣ガルフスは、俺を見て硬直した。


「な……なぜ貴様がここに」


「冒険者だからだ。先に通るぞ。マールイ王国が戦争にならぬよう、バリカスを叩きのめしてやった礼はいらないからな」


「な、な、なっ!?」


 口をパクパクさせるガルフスを背に、王都へと入っていくのである。


「お前か! お前が騎士団長を叩きのめしたのか!? う、うぬぬ、うぬぬぬぬぬぬぬっ!!」


 ガルフスのうめき声が聞こえた。

 彼らの姿が見えなくなってしまうと、俺はもう、面白くて堪らない。


「わっはっは! これは愉快! あの気位の高いガルフスが、他国に直々に謝罪にやって来るとは! マールイ王国も、どれだけやらかしているのやら……」


 そんな状況でも、キュータイ三世陛下は、玉座にふんぞり返って昼寝でもしているのであろうな。

 どうだ、働かぬ陛下の下でまつりごとをする大変さが分かったかガルフス。

 だが、まだまだこれからだぞ。


「イングリド、祝杯と行こうじゃないか。昼から酒が飲みたい気分だ!」


「ど、どうしたんだオーギュスト! ちょっと待て。私も体を洗いたい。もう三日も体を拭いていないんだ」


 かくして、ガットルテ王国に新たな騒動の種がやって来たのである。

 

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