第8話 推理開陳
「オーギュスト! 死んでないか! まだ生きているか!? 頼む、私の死神っぷりを補強しないでくれ……!!」
凄い事を言いながらイングリドが走ってきた。
相変わらず、彼女が現れると妙な風が吹き、毒霧が薄くなる。
「大丈夫、無事だよ。君に建て替えてもらった諸々を返さないままに死んだら、道化師の名折れだ」
「道化師だから、誠実さとは無縁のような気がするのだが?」
「何を言うんだ! 客に対して誠実であるからこそ、俺たちの芸は人の心を打つんだよ。つまり、道化師であることは誠実の証なんだ」
「……?」
イングリドは混乱している。
「だが、今はこんな問答をしている場合じゃあない。この事件について、状況的な証拠を集めたので、俺の推理を述べさせてもらいたい。いいかな?」
「あ、ああ。推理なんかして何になるんだ……」
「おほん。状況がまとまっている方が、次の行動指針にもなるだろう? では行こう」
1・村を覆った毒霧は魔法である。
「人為的な魔法であることは確かだ。これは、同時に、村に他人が入ってくることを拒絶する結界の意味もあるだろう。そして、これだけ長時間、かけっぱなしで自動的に維持される魔法などない。つまり……魔法を維持し続けており、他人の手出しが起きない状況を望んでいる者が、まだ村にいるということだ」
「おおーっ!!」
イングリドが目を剥いた。
「君、そんな僅かな情報からよくそこまで……」
「まあ待つんだ。まだまだあるぞ」
2・毒霧で死んだのは大人や、成長した後の家畜だけである。
補足・子牛と子馬は地下に続く倉庫で殺されている。その方法は首から血を抜くというものである。
「儀式を目的とし、子どもを生かしておいたと考えるべきだろう。すなわち、この状況を引き起こした者……黒幕は、家畜の血と人間の子どもを使った儀式を行おうとしている。同時に、子どもはまだ無事である可能性がある」
「子どもが無事なのか! 早く助けないと……!!」
「落ち着いてくれ。すぐ終わるから。ステイ、イングリド、ステイ」
3・中央にある井戸は地下に続く入り口だった。
「後から井戸を加工したとは考えづらい。つまり、もともとジョノーキン村はただの村ではなかったということだ。地下倉庫以外にも、地下に何かをするための施設があると考えられる」
「何か……? 何かとはなんだ」
「ここで、俺の史学スキルが火を吹く」
「何でも知ってるな君は……!!」
「道化師ですので」
「説明になってない!」
「おほん。ジョノーキン村は、ガッテルト王国が過去に吸収した部族のものだ。王国の宥和政策によって、文化的にガッテルト王国に吸収され、表向きは国に属する村落として畜産を生業として成立してきた。だが、実は彼らは、文化を捨てていなかったとしたら?」
「……どういうことだ?」
「ジョノーキン村を領土に組み入れるために、ガッテルト王国は戦争をしたという歴史がある。勝者である王国はそれを忘れていたが、敗者である村は忘れていなかったということではないだろうか。つまり……この井戸は、彼らが見られたくない、ジョノーキン村がジョノーキンの部族であった頃の文化の名残、あるいは、王国に反旗を翻すための何かがあると思われる」
「なんだって……!? じゃあ、私がさっき踏み込んで床を踏み抜いてしまって、異常に広大な地下室が見えたのは……」
「なんだって!?」
今度は俺が驚く番だった。
あの井戸を降りて、村の地下を調べようと思っていたところだったのだ。
入り口があの井戸か、あるいは地下倉庫なら、黒幕は俺たちの侵入を待ち受け、罠を張っている可能性があると思っていた。
だが、唐突に抜けた家の地下室からやって来るというのは想定外になるのではないだろうか。
「幸運スキル……。素晴らしいな」
「な、なんだいきなり褒めてきたりして。気持ち悪いな」
イングリドが微妙な顔をしたのだった。
イングリドが踏み抜いたという床。
なるほど、大きく穴が空いている。
「死体をせめて弔ってやろうと、外に出していたのだ。そうしたら、床板の一部が盛り上がっていてな。つまずいて転んでしまった。手で支えようと、裂帛の気合とともに床を打ったら……床が腐っていたのだ……。私が壊したんじゃない」
裂帛の気合とともに、腕利きの戦士が床を殴りつければ、床板くらいは壊れるだろう。
イングリドの言い訳はスルーしながら、俺は床下を見る。
暗視スキルにより、床下はよく見通せる。
地下収納のようになっているが……収納の隙間から、かすかに光が漏れている。
そこに、イングリドが叩き割った床板が突き刺さり、この収納が二重底であることを明らかにしているのだ。
「イングリド、この下に地下通路がある。そこに黒幕と子どもたちが」
「いるのだな!? よし! はあーっ!!」
彼女は叫びながら、床板を粉砕して地下収納に降り立った。
そして、抜き放った剣で収納のあちこちをめちゃくちゃに切り刻む。
魔剣、恐ろしい切れ味だな。
木造の壁面や床が、ざくざく切れていく。
そしてあっという間に、収納はイングリドを支えきれなくなり……底が抜けた。
地下通路に到着である。
目の前には、驚いた顔をしている村人がいた。
「ど……どうして……! エズガヴァス様の計画は完璧だったのに……」
「エズガヴァス、それが黒幕の名前だな。響きからしてどこの系統の部族も王国も採用していない。人間ではない異種族かな? いや、モンスター……」
俺がぶつぶつ言うと、村人が真っ青になって口をふさいだ。
そして、何かを決意した顔になる。
「こ、こうなれば……!! 自爆術式!」
まずい!
自爆術式は、人間一人の魔力と生命力を爆薬として、大爆発を起こさせる魔法だ。
たった一言の詠唱が終われば、その瞬間に凄まじい破壊の嵐が吹き荒れる。
詠唱は、ダムド。
この簡単な言葉を言い終わる前に村人を無力化することは難しい……!
「ダムブッ」
あっ、噛んだ!
こんな簡単な詠唱を噛んだ!
これは間違いなく、イングリドの幸運スキルが発動したのだろう。
その隙に、イングリドが鞘を振り回した。
彼女の鞘は鉄製の鈍器である。
それで殴られた村人は、鼻血を吹きながら倒れる。
気絶した。
「今、彼は何をしようとしたのだ?」
「なんでもない。いやあ、幸運スキル、素晴らしいな」
俺が笑顔でポンポンと肩をたたいてくるので、イングリドは実に訝しげな顔をするのであった。
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