第7話 毒の村

 到着したジョノーキン村。

 片道二日というところだ。


 ここまでの保存食と旅装の代金は、イングリドに建て替えてもらっている。

 いやはや、元宮廷道化師として、立場がないね。

 さっくりと借りを返して、さらに上乗せして彼女の汚名返上、名誉挽回と行きたいところだ。


 ところで、ジョノーキン村の話なんだが。


「こりゃあひどいね」


「想像していたよりも百倍ほどひどい」


 俺とイングリドは並び、腕組みをしながら村の様子を眺めていた。

 一見して、紫の毒霧に沈んだ沼のよう。


 その実、紫の毒霧に沈んで何もかも死に絶えた村である。


「毒霧発生はどれくらい前なのだ?」


 イングリドが尋ねてくる。

 その辺りは調査済みだ。出発前にアキンドー商会へ連絡を取り、俺たちが旅立つ二日前という情報を得てあった。


「俺たちの移動時間を考えると、四日前に毒霧に沈んだな。考えうる限り、最速で到着してはいる」


「それでも……全滅だな。ううっ、私が関わったばかりに村人も全滅……。やはり死神……」


「これは君に責任はないだろう」


 イングリドの死神トークを軽く受け流しながら、俺は毒霧に近づいた。

 そう。

 毒霧は、霧のように曖昧としているわけではない。


 ここからここまで毒霧。

 ここからここまでは普通の空気……という、明確な境界線があったのだ。


 ざっと確認して、半径はイングリドが十人、手を広げた程度。

 形はおそらく、おおよそ円形。


「これは魔法だな。毒霧の魔法だ」


「えっ!? 知っているのか?」


 イングリドが驚いた。

 知ってるも何も、俺は魔法知識というスキルを持っている。

 本来ならばもっと細分化され、それぞれの系統別の知識を表すスキルなのだが……。


 俺のこれは、全ての魔法に通ずる。

 総合魔法知識といったスキルだ。ほとんどユニークスキルだな。


「ちょっと待っててくれ」


 俺は、指先をちょっと毒霧につける。

 そしてペロッと舐めた。


「舐めた!?」


「耐毒スキルがあるし、毒味スキルがある。道化師の必須スキルさ。うーん、この味は神経毒だな」


「味で分かるのか……」


「毒味スキルは不思議なことに、味で分かる。神経毒なら、短時間これに晒されただけなら死なない可能性もある。どれ、村に入ってみようか」


「待て待て待て。私が死ぬ」


 イングリドが止めてきた。


「私は君のように、耐毒スキルなど無いぞ。毒に当たれば普通に死ぬ」


「ああ、そうだろうとも。ということで、これを旅の途中で採取してきた」


 俺は何枚かの葉っぱを取り出す。

 神経毒なら、これだ。

 紫色の葉っぱ。


「これは何だ……?」


「事前に飲む解毒薬だよ。薬草というやつだな。こいつを一気に飲み込んでくれ。それで丸一日は毒の中で行動できる」


「……本当か?」


「俺を信じろ。トラスト・ミー」


「信じられなくなってきた」


 微妙な顔をしながら、紫の葉を口に含むイングリド。

 そして顔を大いにしかめた。

 そう。この薬草はめちゃくちゃ不味いんだ。


 国王陛下が毒虫を口に入れた時、この薬草を食べさせたらのたうち回っていたな。

 あの頃のキュータイ三世陛下はまだ幼く、可愛かった。


 俺は遠い目をした。


「おい、何をぼーっとしている。毒にやられたのではないか?」


「悪い、過去に浸っていた。さあ行こう」


 準備は万端。

 俺たちは、毒霧の中へと踏み込んだ。




 村の様子は、まさに死屍累々。

 神経毒の霧に侵され、息絶えた人々が転がっている。

 家畜のたぐいも同様だ。


「これはひどいな」


 イングリドが呟いた。

 気づくと、彼女の方に向かって風が吹いている気がする。


 ……。

 イングリドの周りだけ、毒霧が明らかに薄いな。

 偶然吹いた風が、彼女から毒霧を遠ざけているようだ。


 これは、とんでもないユニークスキルだ。


「ま、まあとりあえず調査しよう。原因が分からないことにはどうしようもないからな」


 二人で手分けして、村の中を歩き回る。

 俺はすぐに、倒れている死体の種類に法則性があることに気付いた。


「子どもがいない」


 死んでいるのは全て大人だった。

 子どもは一人もいない。

 これは家畜も同様だ。


 牛、馬、鶏。

 全て、子どもがいない。


 ここから推測するとすると、これはある邪悪な意図があって起こった事件であるということだ。

 子どもを入手して、何をやろうというのか?


 次に村の構造を把握しよう。

 ぐるぐると村の中を歩き回ってみる。


 死者ばかりのせいか、そして神経毒の霧に覆われているせいか、モンスターはおろか、虫さえもいない。

 つまり、何の危険もなく調べて回れるということだ。


 構造は典型的な村。

 中央に大きな井戸。

 家々が左右に立ち並び、奥は村長の家と厩舎。


 おや?

 変わった形の倉庫がある。

 煙突状の形状をしており、明らかにそれ一つでは倉庫として、スペースが狭い。


 扉は施錠されていた。

 当然のように持っている解錠スキルで開ける。

 中を覗き込んで納得した。


 地下に倉庫スペースがある。

 そしてここには子どもたちはいない。

 いたのは、死んだ子牛と子馬だ。


 どれも、刃物で切られて血を抜かれている。

 つまり殺されているということだ。


 そして次に気になったのは井戸。

 滑車にロープが掛かっていない。

 近くには桶もない。


 近寄ってみると、井戸の内側にハシゴがある。

 これは、井戸を偽装した地下への入り口である。


 さて。

 ジョノーキン村は、どうやらただの村ではないことが明らかになった。

 イングリドが戻ってきた辺りで、推測を組み立てて推理してみるとしよう。

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