第18話 グランテルへ

「あれ? ポダンさんとサナリアさん?」


 宿で豪勢な送別会をした次の日。宿の私物をマジックバックに収納し、準備を整えて外に出ると、ポダンさんとサナリアさんが馬車を用意して待っていた。


「グランテルまでずっと歩くのはつらいでしょう。途中までになりますが、馬車でお送りさせてもらいますよ」


 昨日言葉を聞いて、てっきり見送りにきてくれるものばかりと思っていたが、まさか馬車に乗せて途中まで同道してくれるとは。


「え、でもわざわざ俺のためだけにそんな……」


「お世話になったのでこれくらい当然です。それに私たちも周辺の村々で商品を売買ができるので損ばかりじゃありませんよ」


 にっこりと笑いながら告げるサナリアさん。


 荷台の方を見ると、確かに商品の入っているらしい木箱がいくつか見える。


 多分、俺のために急遽商いをすることにしたのだろうが、ここでそれを突っ込むほど俺は野暮ではない。


「ありがとうございます。では、途中までよろしくお願いします」


「はい、お任せください。とはいっても、途中で魔物が出た際は、シュウさんが頼りになってしまいますが」


「なにせブルーベアーを氷漬けにして持って帰っちゃうくらいだものね~」


 俺が宿でブルーベアーを出した件は、騒ぎになったせいか村中に広まっている。


 最近では村の子供たちにクマ殺しの兄ちゃんなどと呼ばれる始末。竜殺しとかならかっこいいけど、クマ殺しっていかついイメージでちょっと嫌だ。


「あはは、魔物に遭遇しないようにできるだけ気を配っておきます」


 魔物を倒す力はあるが、戦いたいかといわれれば話は別だ。


 多分、その個体によっぽど魅力的な素材がない限り率先的に挑んだりはしないだろうな。


「ニコ、ローラン、アンナさん、お世話になりました。また、この村に寄った際は泊まりにきてもいいですか?」


「当たり前じゃねえか」


「もし、街での生活が合わないようならいつでも戻っておいで」


 バンと俺の肩を叩きながら笑うローランとアンナさん。


 いつでも戻ってきてもいい。そんなことを言ってくれる二人の台詞がどれだけ嬉しいことか。


 温かい台詞に感極まっていると、今度はニコが前に出てくる。


「シュウさん、採ってきた素材の話とか冒険の話とか色々教えてくれてありがとう。私、シュウさんと一緒にいれて楽しかったよ!」


「ありがとう、俺もニコと一緒に過ごす日々は楽しかったよ。また、戻ってくるからその時はたくさん素材の話をしてあげるよ」


「うん、楽しみにしてる!」


「……言っとくが、うちのニコはやらんぞ?」


 なーんて微笑ましく会話をしていると、親バカのローランがじっとりとした視線を向けながら割って入ってくる。


「口説いてるわけじゃありませんから」


 年端もいかない少女を口説くわけがないだろう。そんなのは犯罪だ。


 この世界ではどうかは知らないが、俺の倫理観としてあり得ない。


「あたしはシュウはいい相手だと思うけどね。たくさんの素材を持ち帰ってくれるし、魔物も倒せて頼りにもなるし」


「うん、それにとっても優しいんだよ!」


「ぐぬぬぬぬ、シュウ。いつの間に外堀を埋めて……っ!」


「誤解ですから! 俺はそんなつもりはありませんよ! それじゃあ、そろそろ行くことにします!」


 会話の流れが不穏なものになってきたので、俺は逃げるようにポダンさんの馬車に乗り込む。


 アンナさんとニコは面白がって言っているようだが、ローランが完全に真に受けてしまっているな。相変わらずニコのことになると視野が狭くなってしまうようだ。


「それでは出発しますよ?」


「はい、お願いします」


 これ以上、ここにとどまっていると旅立つことができない気がしたのできっぱりと告げる。


 すると、御者席に座っているポダンさんが鞭を鳴らし、馬がゆっくりと進みだした。


 窓から周囲を見渡すと、ローランたちだけでなくお世話になった村人も見送りきてくれていた。親しくさせてもらった人や、そうでもない人まで。


 旅立つ者がいれば、無事を祈って見送ってやる。そんな温かさが雰囲気で伝わってきた。


「また、いつでも宿に泊まりにこいよ!」


「その時は素材の話を聞かせてね!」


「本当にありがとうございました!また、戻ってきますから!」


 口々に言ってくれる温かい声に応え、手を振りながら俺はフェルミ村を旅立った。



 ■



 フェルミ村を旅立った俺は、四日目にたどり着いた村でポダンさんとサナリアさんと別れ、そこでグランテルに向かうという乗り合いの馬車に乗り換えることになった。


 そうやって馬車に揺られること三週間。


 馬車に揺られながら風景を眺めていると、大きな城壁が見えてきた。


「ふう、ようやくたどり着いたな。あれがグランテルの城壁だよ」


 思わず乗り出して確認すると、御者のおじさんがホッと息を吐きながら教えてくれた。


 三十メートルはあるだろう巨大な城壁は見るものを圧倒させる。


 魔物への対策だろうか。それがぐるりと街を囲むようにあるのだから、グランテルがどれだけ大きい街かわかるな。


 グランテルの城門の前にはたくさんの人が並んでおり、騎士のような鎧を纏った人から入国検査を受けているようだった。


 俺たちは馬車での入国になるので、人の列とは違った馬車専用の検査列に並ぶ。


 ただ馬車の中でジッとしているのも暇なので、馬車の窓から並んでいる人を眺める。


 すると、並んでいる人の中に、犬のような耳や尻尾を生やしている人間が見えた。


「あ、あれ? おじさん、耳や尻尾が生えている人がいるんですけど?」


「あれは獣人だ。お前さん、獣人を見るのは初めてか?」


「え、ええ、まあ……」


 ファンタジー世界でも定番の獣人。まさか、この世界にそのような種族がいるとは思わなかった。


 おじさんに話を聞いてみると、この世界には獣人だけではなく、エルフ、ドワーフといった種族もいるらしい。


 今まで一か月以上、この世界にいたがまったく気づかなかった。というのも、俺のいた村々は人族しか住んでいない場所だから仕方のないことなのだとか。


 おじさんには典型的なおのぼりさんだなと笑われてしまった。


 そうか、この世界には人間以外の種族なんかもいるんだ。


 馬車の中で小一時間ほど待つと、俺の乗っている馬車の商品が確認される。


 それと同時に入国する人の検査だ。


「名前は?」


「シュウといいます」


「どこからやってきた?」


「フェルミ村からです」


「この街にきた目的は?」


「冒険者ギルドで冒険者として登録して活動をしようかと」


「ふむ、特におかしなところもないな。通ってよし」


 淡々と質問に答えていくと問題ないと判断されたのか、俺たちの馬車は城門を越えてグランテルの中へ。


 フェルミ村と違ってたくさんの建物が連なり、大きな通りがある。


 そこにはおじさんが言っていたような獣人やエルフ、ドワーフといったたくさんの人種が行き交っており、買い物をしたり、集まって騒いでいたりする。


 フェルミ村と違った雑多な賑やかさに少し驚いてしまう。


「グランテルに着いたことだし、ここまでだな」


「はい、ここまでありがとうございました!」


 グランテルに着いたので、乗車していた人はここで降りることになる。


 支払いは既に済ませてあるので、人が降りていくと馬車は速やかに去り、ここで降りた人も同じように散っていく。


 野菜を売りにきた農家、武器を担いでいた戦士風の男。皆、この街で様々な目的があるのだろうな。


 俺もボーっとしていないで、グランテルに着いた以上は行動に移さないと。


「さて、まずは宿を見つけないとな」


 俺の目的は冒険者ギルドで冒険者になることであるが、新しい街にきた以上、拠点が必要だ。遅くに探して満室とかになったらシャレにならない。


「にゃー! お兄さん、宿をお探しだにゃー?」


「はい?」


 にゃー? 個性的な言葉遣いに驚いて視線をやると、そこには茶色い髪に猫耳を生やした可愛らしい獣人がいた。


 手に抱えられた紙袋の中には木の実が入っており、買い出しの最中であることがわかる。


「アタシはこの通りの近くにある『猫の尻尾亭』って宿屋で働いているミーアっていうにゃ!街についたところのお兄さんなら、宿をお探しかにゃって思って声をかけたにゃ」


 なるほど、俺が乗り合いの馬車から降りてきたので目をつけていたってわけか。可愛らしい見た目とは裏腹に商売精神の強い子だ。


「うーん、どうしようかなー」


 可愛い獣人の女の子とはいえ、初対面の子の口車に乗せられてホイホイ行くような俺ではない。前世でもこういうキャッチがいる店は、ぼったくりが多かったしな。


「にゃー? もしかしてお兄さん、アタシの店がぼったくりじゃにゃいかと疑ってるにゃ? 確かにそういう店もあるけど、うちはお客を騙すようなことはしにゃいにゃ。大通りに面している宿だからちょっと値段は高めだけど、商店街や冒険者ギルド、大衆浴場も近いし――」


「大衆浴場に近いんですか!?」


 大衆浴場が近いというミーアの売り言葉に思わず反応してしまう俺。


 風呂が大好きな俺にとって、宿と大衆浴場の距離が近いというのは重要だ。あまりに距離が遠いと湯冷めする可能性もあるからな。


「にゃ、にゃあ、歩いて五分もかからにゃい距離にゃ」


「一泊の値段は?」


「朝と夜の二食付きで銀貨一枚だにゃ」


 フェルミ村の宿よりも二倍以上の値段があるが、田舎と都会で値段が違うのは当然だ。グランレオという大きな街なことと、大通りに面している立地を考えれば妥当な値段なのではないか。


「わかりました。ひとまずミーアの宿に泊まる方向で考えます。俺の名前はシュウ。よろしく」


「アタシが声をかけた時はあんにゃに怪しんでいたのに。まあ、お客が増えるのは嬉しいことにゃ! ひとまず、早速案内するにゃ!」


 どこか複雑そうにしながらも気を取り直して歩き出すミーア。


 前を歩く彼女の尻尾はご機嫌そうに揺れていた。




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