第15話 満月花
翌日。昨日よりも早くに起きて朝食を食べた俺は、出発の準備を整えていた。
「シュウさん、今日は出発が早いね!」
「昨日は目的のものが採れなかったからね。今日は早くから探して見つけようと思って」
「奥さんの誕生日も迫ってるし、早く見つけてあげないと! きっとポダンさんもヤキモキしてるはずだから」
「あんまりプレッシャーかけないでくれよ」
これはただの頼み事ではない。今後のポダンさんの夫婦仲にも関係する出来事。
それだけに何としてでも誕生日よりも前に見つけなければ。
「それじゃあ、行ってくる」
「はーい、いってらっしゃーい」
ニコに見送られて俺は宿を出発。
村の出入り口に向かうと、今日はローランではなく別の自警団の人が見張りをしていた。
そりゃ、そうか。宿屋の経営や日々の生活もある。毎日ローランだけが見張りをするわけではないだろう。
顔見知りがいないことを残念に思いつつも、きちんと目的地を告げて村を出る。
今日も向かうべき場所は南の森。
しかし、そのほとんどは昨日に捜索をしているので、今日はそのさらに奥だ。浅いところは無視でいい。
しばらく走って南の森に入ったら、魔石で検索して調査を発動。
昨夜練習を重ねたお陰で調査の範囲が少し広くなったので、昨日よりも広範囲の魔物が表示された。
足の速い魔物はいつの間にかすごく接近していることがあるので、より遠くから感知できるのはありがたい。
魔物たちと遭遇しないように迂回しながら突き進み、探索が完了したエリアを一気に進んでいく。
そして、ほどなくすると昨日切り上げた場所にたどり着いた。一日かけた場所に一時間足らずでたどり着いたことを考えれば驚異的な速度。
「よし、調査!」
早速、調査を発動。魔力を体内で凝縮させて、一気にそれを解放させるイメージで魔力の波動を遠くへ放つ。
これが昨晩の練習で一番手ごたえのあったイメージだ。
魔力の波動が俺を中心として森に染み渡る。
すると、視界の中でたくさんの素材が表示された。
体感的に百五十メートルくらいの範囲。昨日よりも大分伸びた。
しかし、その中に橙色をした素材もない。念のため一つランクの低い赤を確認しても花らしい形状の素材は見当たらなかった。
ここにないのであれば、その範囲外まで突き進んでもう一度調査を放つ。それを繰り返すまで。
今日は何としてでも満月花を見つけたいからな。たくさんの素材に後ろ髪が惹かれるが我慢だ。
視界を流れていく素材を無視して俺は森の中を突き進む。その途中でしっかりと魔石調査をすることも忘れない。
ちょうど進行先にゴブリンの群れらしいものがいたので、察知されないように左に大きく迂回しながら進む。
俺の目的はあくまで採取だからな。神様の勘違いしていたようなハンティングをするつもりはない。
あくまで素材を見つけ、速やかに採取することを優先とさせてもらおう。
■
南の森を奥へ奥へ突き進んでどれくらい経っただろうか? 周囲が同じような木をしてるだけに方向感覚がおかしくなりそうだ。
まあ、ちゃんと目印をつけているので、やってきた方角も覚えているので問題ない。
だけど、これだけ調査で探しているのに見つからないとなると、この森には生えてないんじゃないだろうか。そんな気がしてきた。
いい加減引き返して、別の方角の森を捜索しようかな。
ラキアの森は魔物が多いから行きたくはなかったが、これだけ見つからないんだとそっちに向かう方がいいだろう。
「最後に一応調べておくか……調査っ!」
最後の悪あがきとばかりに調査を使ってみる。
すると、視界の端で橙色をした素材が見えた。
多分、満月花ではないだろうが、橙色をした素材はやはり気になるもの。
目を凝らして橙色をしている素材を見つめてみる。
「おおっ? なんか植物っぽいというか花っぽい?」
少し距離が遠いので鮮明には見えないが、素材の形を見ると花のような気がする。
月光草とも違うシルエット。
これはもしかすると満月花だったりするのではないだろうか。
俺の中の好奇心と期待値がムクムクと膨れ上がっていく。
落ち込みかけていた気持ちは瞬時に消え去って、俺は水を得た魚のように勢いよく走る。
素材の下まで一直線に向かうと、木々のない日当たりのいい場所にたどり着いた。
そこには日の光を浴びている一輪の真っ白な花が――あったけど、その近くには青い毛皮を纏った大きなクマがいた。
パッと見ただけで俺の二倍以上の身長はある巨大なクマ。ずんぐりとした体に太い手足。
その身から放たれる攻撃を受ければ、人間など一発で倒れ伏すだろう。
「やっちまった……」
思わずそんな言葉が口から漏れる。
満月花らしい素材を見つけて夢中になるあまり、魔石調査を怠ってしまった。
ちゃんと魔物の存在を感知していれば、このクマみたいな魔物が過ぎ去るのを待つなり、他の方向におびき寄せるなりができた。
しかし、今となってはもう遅い。
俺とクマの距離は十メートル程度。クマさんが本気になれば、数秒で距離をゼロにすることができるだろう。
相手は突然の人間を相手に警戒しているのか、唸り声を上げながら凶暴な瞳を向けてきている。
すごく怖い。
だって、人間が普通に生きていてクマと対峙するような出来事なんてないだろう。
今すぐに回れ右をして走り去りたいが、そうすると却って襲い掛かってくる動物がいると聞くしな。
視線を逸らしたいのを我慢して、ひとまずクマを鑑定する。
【ブルーグリズリー】
森の奥に生息している魔物。単体で行動をしている個体が多く、基本的に臆病。しかし、背中を見せて逃走すると一気に襲い掛かる習性があるので注意。危険度ランクB。
青い毛皮はとても防寒性に優れており、平民や貴族の間の人気が高い。肉には臭みがあるが、きちんとした処理をしてやればジューシーで食べ応えのあるものになる。
やっぱり! いきなり回れ右をして逃げなくてよかった。なんの心構えもなく襲われるところだった。
ブルーグリズリーというこの魔物。鑑定によると危険度はBらしい。その危険度の基準はわからないが、ワーグナーでEランクだったこととBということを考えると相当危険であることは察しがつく。
目の前のブルーグリズリーを見て、大人が一人いれば敵う相手とは思えないからだ。
ラキアの森にいることが多いってニコが言っていたけど、俺が世界に送り込まれた影響で活発化しているのだろうか。南の森は危険な魔物がほとんどいないって聞いていたのにな。
しかし、俺の身体は神様に作られたものであり、勘違いで与えられた力がある。
とはいえ、戦闘なんて素人なので、駆け引きのいらない魔法で即座に終わらせるべきだ。
俺が右手を付き出すと、何か仕掛けてくると察したのかブルーグリズリーが突撃してくる。
「グオオオオッ!!」
巨体が接近してくる恐怖を考えないように、満月花らしき素材を巻き込まないように、繰り返しイメージして練習していた魔法を唱える。
「フリーズ!」
すると、俺を中心に吹雪が巻き起こり、視界にあるものが凍てついた。
目の前では今にも襲い掛かろうとしていたブルーグリズリーが氷像と化している。
敵意を持って襲ってくる魔物をはじめて相手にしたせいか、つい多くの魔力を込めてしまった。お陰で俺のいる場所だけ雪世界。木々から葉っぱのひとつひとつまで丁寧に凍り付いている。
「素材は大丈夫か!?」
ようやく見つけた満月花らしき素材に視線をやると、凍り付くことなく咲いていた。
素材のところだけは巻き込まないように強く意識していたので、コントロールができたということだろう。
フリーズを重点的に練習しておいてよかった。
目の前の氷を叩いてもブルーグリズリーが動かないことを確認し、俺は一息つく。
魔物は森の中で幾度となく目にしてきたが、こうして戦闘を行うのは初めてだ。
神様からそう簡単に死なないように力を貰っているとはいえ、恐怖などの感情は消えるわけではないからな。
「しかし、本当に初級魔法で倒せるとは……」
ブルーグリズリーは危険度Bランク。魔物の中でも結構な強さを誇っているはずだ。
それを初級魔法で倒せてしまうとは。
「本当にのんびり素材採取ができるようにしてくれたんだな」
神様がイメージしていたのは魔物を倒して素材をはぎ取る。みたいなイメージで俺の願いとはまったく違うのだけど、こんな魔物さえ倒せてしまえるなら嬉しい勘違いだといえるだろう。
ブルーグリズリーを倒したので、早速素材を確認したいところであるが、まずは魔物がいないかの警戒だ。
魔石で調査を発動し、周囲に魔物がいないかを確かめる。また同じミスをして魔物とかち合ってはたまらないからな。
……うん、周辺にはブルーグリズリーしかいないようだ。
周囲の安全を確認してから、俺は素材の下に近付く。
上品な花弁は日光とは関係なく、純白の光をほのかに灯していた。
「……綺麗だな」
今が夜であれば、この光がもっと綺麗に見えるんだろうな。
日当たりのいい場所に咲いている、橙色のランクをした花。
きっとこれが満月花のような気がする。
鑑定をしてみると、俺の視界に情報が表示された。
【満月花】
満月の光に含まれる魔力を主な栄養分とする花であるが故に育ち難く稀少。満月から注がれる魔力を吸収してほのかな光を灯す姿は幻想的。
人々の間では、その性質と名称から満月のように円満な生活を送りましょうという意味合いが込められている。 根元から引っこ抜くように採取すると光が長持ちする。
「うん、間違いない。これが満月花だ!」
ようやく見つけた! この世界にきて素材採取にここまでてこずったのはこいつが初めてだ。苦労した末に見つけたもの故、見つけた時の達成感がすごいな。
鑑定先生が根っこから引き抜けとアドバイスをしてくれたので、それに従って根っこから引き抜く。
それにより若干光が弱まったが、十分な光は灯されている。
もしかすると、時間が経過するにつれて光が弱まるのかもしれない。
綺麗な花をいつまでも見ていたくもあるが、依頼された品なので劣化しないようにマジックバッグに入れてしまおう。
一応、満月花で調査をやってみたが周辺ではもうないようだ。
今日は欲張らずにこの辺で撤収することにしよう。ポダンさんもヤキモキして待っているだろうし。
振り返って帰ろうとすると目につくのはブルーグリズリーの氷像。
「……これ、どうしようか?」
一応、ブルーグリズリーの肉は食べられるみたいだし、毛皮も防寒素材として人気らしい。
しかし、この大きさの氷像を運ぶことができるのか?
神様から貰ったこの身体でも、この巨体と氷の重さが加わったものを運ぶのは厳しい気がする。
マジックバッグに入ったりしないだろうか?
そう思って近付けてみると、バッグの中に氷像が吸い込まれた。
「うおっ! バッグの中に入った!」
確か鑑定によると生き物は入らないと書いてあったはずなのだが……ああ、凍死したことによって、生き物という枠組みから外れたってことか。
魔物も死んでしまえば素材として収納することができる。そういうことだ。
怖い思いをしたが、いい素材をゲットすることができたな。
「さて、村に戻るか」
目的の品と思わぬ良い素材をゲットすることができたので、今日は上機嫌で帰路につくのであった。
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