第3話 素材採取の力
自分の授かった力を大まかに把握した俺は、マジックバッグから水袋を取り出して、小川の水を汲んでいく。
人間、生きる上で必要なのは水だ。鑑定スキルではフェルミ村が近くにあるらしいということが記載されていたが、それがどれほどの距離かはわからない。
故に、いくらでも道具の入るマジックバッグを利用し、小川でたんまりと水を汲んでおくのだ。
マジックバッグに入っていた水袋十個を全て満タンにすると、それを収納。
これでしばらくは渇きで飢える心配はなさそうだ。
次は素材を採取するのに便利な力の把握だ。
調査のやり方は魔力の波動を飛ばして素材になるものを感知するという。
波動……波動……たとえば、水面に広がる波紋のようなイメージだろうか。
足元にある石を小川に投げると、水面では波紋が広がっていく。
それを何回か繰り返し、水面で波紋が広がるイメージを焼きつけながら叫ぶ。
「調査!」
身体の中から小さな力が抜けて、それが波紋のように広がっていく。
すると、視界の中が色づいた。
紫、青、赤、橙色に光ったものが、あちこちに存在している。
「……これって、もしかして全部が素材なのか?」
近くの木の根元にある植物に近付いて見てみる。小さなベル型の花が連なり、下向きに咲いている。スズランの花に似ているが、葉っぱの大きさや形状が少し違う。
これが何らかの素材であるらしいのだが何かはわからない。
そんな時は神様から授けられた鑑定の出番。
【アザミ薬草】
葉には薬効成分があり、すり潰して塗れば傷薬になる。下級のポーションの材料として使われることもある。根の部分を洗って日干しすれば、食欲増進剤としても使える。採取する時は、根っこから手でつまんで抜くと良い。
「おお、これは薬草なのか!」
しかも、鑑定によると葉っぱだけでなく、根も立派な素材になると書いてある。知らなければ茎からぽっきりと採っているところだった。
さすがは鑑定――いや、鑑定先生。とても物知りだ。
鑑定先生の言う通り、手でつまんで根っこから引き抜いた。
ふむ、この根も食欲増進の効果があるというのなら、薬屋みたいな場所で売ればそれなりの値段で買い取ってもらえそうだな。
「とはいえ、ひとまず異世界で初めての素材ゲットだな!」
薬草だなんてゲームでも定番の素材じゃないか。
多分、マジックバッグに入れても問題ないと思うが、生で入れるのは気が引けたので瓶に入れてからバッグの中へ。素材が荷物にならなくてとても快適だな。
たった一つの素材を手に入れただけだが、素材を集めるのが大好きな俺からすればとても嬉しい。
というか、視界に映っている色づいた輪郭は、これと同じように全部素材なのか。
肉眼で見えないはずの木々の裏や、遥か上にあるものまで赤い輪郭で縁取られて薄っすらと見えている。
すごい、この能力があれば隠れた素材を見逃すこともない。素材を探す楽しみは減ってしまうが、これはゲームじゃなくて現実なんだ。
素材を採取して生きていく以上、素材を見つけるための力は必要なので割り切ろう。
まあ、余裕があれば調査の力を使わずに、探すのを楽しんでもいいかもしれないな。にしても、青だったり赤だったり色が違うのだがどうしてだろう?
もしかして、種類によって分けられているとか?
そう推測するものの、アザミ草と同じ植物のものでも青色をしていたり、紫色をしていたりするものがある。とすると、植物の素材は赤という風に決められているようではないように思える。
ただ、気になるのが紫や青をしたものは多いのだが、赤や橙の素材は少ないということ。
もしかして、世間一般的な価値や稀少さで色分けされているとか?
その可能性は十分にあり得るな。これについては人里に降りて誰かに尋ねてみるしかない。
価値だけで選り好みするわけではないが、できるだけ赤や橙の素材は採っておくことにしようってスタンスでいいだろう。
さて、考察が終わったところで目の前にある素材を採取だ。
アザミ薬草以外の表示されている素材を鑑定しながら採取してみる。
【クロキノコ】
煮て良し焼いて良しの食用のキノコ。煮ると柔らかくなる。
【ミントの葉】
葉を噛むと爽快感、清涼感を与える味がし、眠気を吹き飛ばす作用がある。ハーブとして料理に使われることも。
【コモギ草】
いたるところで自生している食用植物。食用以外にも香り付けや、浴槽に浮かべると美肌効果がある。
【サクレツの実】
袋の中に大きな豆が入っており食べることができる。しかし、熱を加えると豆が炸裂するために焼くのではなく、茹でて食べるべし。
【ホーンラビットの角】
ホーンラビットの古い角。貫通力はあるが横からの衝撃に弱い。
【ワーグナーの牙】
ワーグナーの鋭い犬歯。見た目以上に鋭いので触れる際は注意。
青色に光る、これらの素材を採ってマジックバッグに入れた。
人里にいないので食用の素材が手に入るのは大変助かる。
クロキノコとコモギ草はすぐ傍にたくさん自生していたので、たくさん採っておいた。
ミントの葉は笹の葉みたいな形状をしており、気になって噛んでみるとミントの味がして、口の中がスーッとした。強く嚙むとより多くの汁が出てきて、涙目になりそうなくらいの強い清涼感がした。
確かにこれは眠気覚ましになる。口の中をスッキリさせたい時や、眠くても我慢しなければいけない時に使おうと思う。余裕があったら紅茶に入れて、ミントティーとか味わってみたいものだ。
そして、食用とは違って土の上に落ちていたのが魔物の素材。
どうやらこの森にはホーンラビットやワーグナーという魔物がいるようだ。
それらが人を襲う魔物かはわからないが、できれば出会いたくはない。
「にしても、視界が賑やかだな……」
俺の視界では調査によって見つけ出された素材が表示されている。それはこの森の自然が豊かだという証なのだろうが、あちこち表示されては素材を見つけにくい。
特定のものだけを表示することはできないのだろうか?
たとえば、パソコンで条件に当てはまる単語だけ入れて検索するみたいな。
「ワーグナーの牙、調査!」
試しにやってみると、なんと視界の中にあった色の輪郭がかなり減った。
遠くの方で微かに青い輪郭があるのがワーグナーの牙なのだろう。
「おお、できた! でも、素材が動いているような?」
遠くで見えているワーグナーの牙の輪郭。しかし、それがゆっくりと移動しているのだ。
生き物でもない素材が勝手に動くはずはない。
もしかして、俺のように誰かが拾って移動しているとか、動物とかが拾って移動しているとか?
誰かが拾ったのならば人がいる可能性もある。
気になったので俺は移動しているワーグナーの牙に近付いてみることにした。
赤く見える輪郭を頼りに木々の間を移動していく。
そして、素材との距離は十メートルほどになり、茂みからそこを覗いてみる。
そこにはブルドッグの顔を凶悪にした犬のような生き物がウサギらしきものを食べていた。
【ワーグナー】
危険度Eランクの魔物。獰猛な肉食の魔物であり、獲物を見つけるとしつこく追いかけてくる。聴覚と嗅覚が鈍感なために視界に入らなければ、襲ってくるようなことはない。
息を呑みながら鑑定をすると、鑑定スキルがそのようなことを教えてくれる。
異世界ではじめての魔物だ。
まさか、調査をして生きている魔物も検索に引っかかるとは。
確かに素材であるワーグナーの牙を持っているし、調査に引っかかるのもおかしくはないな。
離れて見ていると、ただの犬のようにしか見えないが獰猛な魔物で人を襲うと鑑定先生が言っている。現に目の前でウサギらしきものを食べているし。
神様から異世界で生き抜くための最低限の力を貰ってはいるが、まだそれらの力全てを把握したわけではない。
何より今の俺には魔物と戦う覚悟も足りない。
幸いにして犬の癖に聴覚や嗅覚が鈍い魔物らしいので、ここは逃げるに限る。
ワーグナーから距離をとって、川辺に戻ってきた俺は息を吐く。
覚悟もないまま、いきなり魔物と遭遇したから驚いたな。
しかし、調査の力で生きている魔物まで探知できるとは思わなかった。
つまり、素材になるものを持っていたり、身に纏っていたりすれば、このスキルが反応して俺に教えてくれるというわけか。
となると、魔物で調査してみれば、波動を広げた範囲にいるすべての魔物を見つけてくれるのだろうか?
「魔物、調査!」
試しにやってみたが、視界には何も表示されなかった。
「ホーンラビットの角、調査」
魔物の持つ素材名を検索に入れて調査を発動。
すると、木々の裏や茂みの裏などにホーンラビットの角が赤い輪郭で表示された。
そのどれもが先程同じように動いている。
やはり、その素材となるものの名前を入れて調査しないと表示されない模様。
しかし、これは大きな発見だな。たとえば、魔物からとれる素材でも、これを使えばすぐに見つけることができる。
そして、危険な魔物の存在をすぐに察知して逃げることができる。
何よりもこれが大きいな。危険な魔物の素材を持っておいて、調査をかければ常に居場所を察知して逃げることができる。
魔物が怖いこの異世界で、かなり頼りになる力だ。
神様が意図してこのような能力にしてくれたのかはわからないが、とにかく感謝だな。
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