インクに永遠に消えない魔法をかけたのはオレじゃないからな!・BL

まほりろ

第1話 「無作法な来訪者」


「アルーシャ・ベルンシュタイン様ですね!」


学園の渡り廊下を歩いていたら、栗色の髪の華奢な少年に呼び止められた。


くりりとした大きな黒い目、庇護欲を誘う愛らしい容姿の少年。形の良い眉を釣り上げこちらを睨んでいる。


「そうだけど、君は?」


「身分を利用してエドワード・ルビーン様を束縛するのはやめて下さい!」


尋ねられたら名前を名乗るのが礼儀じゃない? 不作法な子だね、さすが下級貴族、教育のレベルがしれているね。


名乗らなくても彼のことは知っている、貴族の名前は末端の準男爵の愛人の子まで覚えさせられたからね。


最も彼のことはその前から知っているんだけど……。


イーゴン・ヤーデ、ヤーデ子爵家の長男。


本来なら格下の子爵家の子息が、公爵家の長男である俺に話しかけることは失礼に当たる。


けんか腰で話しかけて、名前を名乗らないなど言語道断。


「へえ? 俺がエドワードを束縛ね? 君はなぜそう思うわけ?」


「あの方は文武両道、眉目秀麗、魔法学を極められた学園始まって以来の天才! いえこの国始まって以来の天才なのです!」


銀の髪が風になびくのが麗しいとか、切れ長のアメジストの目に見つめられたいとか、イーゴンがうっとりとした瞳でエドワードの良さを語る。


エドワードをそんな風に評価してくれてるんだ。幼馴染みを高く評価されて悪い気はしない。


だが調査不足だな、エドワードが極めているのは魔法学だけじゃない、天文学、哲学、算術、幾何学きかがく、医学、法学、音楽、修辞学しゅうじがく、古代語、それら全てを極めている。この国始まって以来の天才ではなく、大陸始まって以来の天才だ。


「その方を公爵家の権力を使い無理やり養子にし、奴隷のようにこき使っているのは分かっています!」


また随分な言われようだな。


「あなたなんてたまたま由緒ある公爵家の長男に生まれて、親が宰相職についていて、国一番の美人と言われた母親に似た線の細い美少年で、身分と顔以外になんの取り柄もないつまらない男のくせに!」


あれ? 褒められてる?


確かに俺は母親に似て金髪碧眼だけど、自分が美少年って自覚はなかったな。筋肉の付きにくい華奢な体、成長期になっても伸びる気配のない身長、極めつけは女みたいに弱そうな顔、どれをとってもコンプレックスでしかない。


どうせならもっと強そうな男にしたかった。


俺がベルンシュタイン公爵家の長男で、父が宰相職に就いていることを知っていたのか。もっとも知らないやつはこの学園にいないか、平民出の生徒でも知ってることだからな。そうと分かっていてこの態度はいただけないな。


「俺がエドワードを奴隷のようにこき使っている、とはね……そんな根も葉もない噂を信じたの? そんなくだらない話を誰が言い出したのかな?」


ギロリとにらみつけると、イーゴンが小さな体をビクリと震わせた。


君が話さなくても、噂の出どころなんて調べればすぐに分かることなんだよ。こうやって言ってくる奴が一番怪しい。


温度のない目でイーゴンをねめつけると、イーゴンが一歩後退した。ビビるくらないなら最初から突っかかってこなければいいに。


「と、とにかくたかがベルンシュタイン公爵家ごときが、天才たるエドワード様を束縛しているのが気に入らないのです! エドワード様を自由にしてください!!」


言い終えると、イーゴンは逃げるように廊下を走っていった。


たかがベルンシュタイン公爵家ごとき? 自分はその公爵家よりはるかに格下の子爵家の子息風情なのに? 俺を追い落としたら、自分が後釜に座る気なのによく言うよ。彼は自分の言っていることに矛盾を感じないのだろうか?


エドワードと付き合っていると、あの手の雑魚はよく現れる。自分の言いたいことだけ話して逃げるように去っていく、三下。


いつもなら聞き流すんだけど。彼はあのイーゴン・ヤーデだからな。それに……。


「俺への悪口は我慢できるけど、ベルンシュタイン公爵家への悪口は聞き流せないな」


あの手の思い上がったには、お仕置きが必要かな。

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