第8話 VRでホラーゲーム2+α


 さて、勢い余って職員室から外に出たけどこの後はどうすれば良いのかなと思案していると、視界の端にさっき鍵を盗んで行った何かが映った。

 さっきは暗闇の中だったのもあってよく見えなかったけれど、背格好的に今のこの身体と同じくらいの人型のような何かのようだ。どうにもモヤを纏っているのか何なのか分からない。



 まるで此方を誘っているようにも見える。次の目的も『追いかけよう』に変わったようだ。



「鍵がないとどうしようもないから追いかけて鍵を取り返しましょう。」


『幽霊逃げて超逃げて』『nicoが言うと安心感がダンチ』『地獄の果てまで追いかけそう』



 鍵を奪っていった幽霊は階段を上がって3階の方へ行ったようだ。上がったり下がったり忙しいゲームだなとふと思った。懐中電灯が前方を照らしてくれる。パタパタと歩く音が校舎に響く。

 そもそもあの幽霊たちは一体何なのだろう?明らかに校舎から出られない状況に幽霊の出現と何故こんな事になっているのかがまったくもって分からないでいる。



 階段を登り切りほっと息をつく。相変わらずあの幽霊は見えるか見えないかの位置でこちらを待っているようだ。最もゲーム的な都合といえばそれまでだけど。



「やっぱり誘われてますよね。もしかして着いて行っちゃダメなパターンかな。」


『幽霊を追いかけるの勇気あるよね』『ゲームのストーリー的には正しいでしょ(すっとぼけ』『鍵がいるし追うしかないのでは』


「おっと、こっちの幽霊はさっきぶりというか同じ個体かな?」



 鍵持ち幽霊を追っていると職員室にいたもう一方の幽霊が出てきた。最初に会った時も思ったけど懐中電灯の光である程度対処は可能なようだ。光が当たって動きが鈍っている間に脇を通り抜けていく事ができる。ホラーゲームだしこの幽霊たちってやっぱり触れたらダメなやつかな。



『めっちゃ冷静』『ゴーストハンターに転職かな』『幽霊としてより敵として見てるからかビビらないね』


「最初から怖がってませんからねリスナーさん?えっと、幽霊の名前が分からないと呼び方に困るから…うーん。とりあえず徘徊幽霊くんって呼ぶね。」


『これは草』『かわいい』『ネーミングセンスを犠牲にして修羅力を手にしたのか』



 徘徊幽霊くんを上手くかわして鍵持ち幽霊を追いかけていく。ボクの走る足音だけが校内に響く。



「よしっ、追いついた。」



 幽霊が入っていったのはトイレの中だった。女子トイレだね。いや、ここはゲームの中だし他に人もいないから女子トイレに入るなと言われても困るけど。

 幽霊を追ってトイレの奥へと入っていく。中までよく作り込まれている。若干の湿り気を帯びている床のタイルに陰鬱な感じの空間。電気も点けずに来てしまったためかライトの光が頼りだ。



「リアルだと自動で電気が点くから電気点けるの忘れちゃった。こっちのが雰囲気出てるしいいかな。」


『一瞬故障かと思ったけど昔だと自動で点かないか』『ジェネレーションギャップに泣きそう』『まるでホラーゲームみたい』


「そもそも電気をつけなければ電気を消されてびっくりする事もない?」



 天才的な発想のような気がする。トイレを進んで行くと一番奥の個室だけ閉まっていた。意を決してドアを開ける。鍵も掛かっていないようだ。予想に反してドアの中には誰もいなかった。

 正直なとこドアを開けたら飛び掛かってくるんじゃないかと思ってたけどそうでもなかったね。身構え損かなと踏み出す。



「あれ、いない?」



 中に入って確認してももぬけのからだった。やっぱり肩透かしをくらったような気分だね。鍵を取り返せないとなるとまた一からの探索になるのかなと考えを巡らす。



もうここに用はないと出ようとして、



「誰がドアを閉めました?怒らないので出てきてください。ボクは今、冷静さを欠こうとしています。」


『絶対怒るやつだ』『うーんw全殺しw』『ゆるして( ; ; )』『おれは無実だ!嘘じゃない、信じてくれ!』


「犯人はみんなそう言います。」



 いつの間にか閉まっていたドアによって阻まれた。相変わらずコメント欄というかボクを一体どういう目で見てるんですか。冗談に決まってるじゃないですか…。

 というかこれはどうしたら外に出られるんだろうか。懐中電灯だけだと全体的に暗いしそもそも学校に1人しかいないから凄く静かで不気味だし。足下の隙間から手が出てきたりしないよね?



『あれ、なにかわすれてるような』


「忘れてるというか鍵が見つからず仕舞いというか…。」



 彩花ちゃんが何か言ってるけどさっさとこのトイレから出てしまいたいんだけど。なぜかロックは外せないし押してもドアはぴくりともしない。狭いトイレから出られないでいる。



 トイレの外からくすくすと笑い声が聞こえる。



「そこにいますね。絶対にゆるしません。」


『ゆ"る"さ"ん"』『激おこnico』『おいおい死んだはあいつ』



 どうやって脱出しようかと思案していると頭上から振りかけられたによってずぶ濡れになることになった。

 それがイベントのトリガーになっていたのかロックが外れ、ドアが開いた事でびしょ濡れになったボクが結果的にトイレから出られた。



「『The value of life』ではNPCに何度も騙されたり罠にかけられたよ。でも必ず報いは受けさせてきた。絶対にです。」



 チラッと見えたけどあの鍵を持って行った幽霊にバケツで水をかけられたようだ。頭上から被せらた水に色々な意味ですっとした気がする。ゲーム上の都合か服はすぐに乾いたけどだからといって気持ち的に何かが変わる訳じゃない。

 さっきまでトイレの前に居た気配はもう近くにはない。完全に逃げられてしまったようだ。ストーリー上どこかでまた会うだろうし必ず捕まえます。



『鎮まりたまえ鎮まりたまえ』『これが殺気!?』『ころさないで( ; ; )』


「というか視聴者さんたちは何を言っているんですか。もう…そんなに酷い事はしませんよ。」



 やり返す気はあるけどそこまでじゃないですよ。まるで祟り神でも見てるような視聴者さんたちを尻目にトイレから外に出ようとしてある物を見つけた。

 視界に映ったのは偶然だろう。コメントに呆れて顔が下がったときに便器のすぐ横に一枚の切れ端を見つけた。



「ん…これって、紙の切れ端だね。」



 それには『ノートの切れ端2』とアイテム名に表示されていた。どうやらコレクションアイテムに分類されるようだ。懐中電灯や鍵みたいに重要アイテムでないと発光したりして強調してくれる訳でもないようだ。

 アイテム説明欄には『どこかにかくれればいいのかな』と書かれていた。隠れるようなハイド要素もこの先で出てくる感じかな。



「他にもこの学校に閉じ込められた人がいたのかな?それに、ナンバリングしてあるし探せば何処かに落ちてるのかもね。」


『ロッカーパイセンの出番かな』『妖怪1足りないには気をつけて』『コレクションアイテム 見つからない 検索』


「そうですね。コレクションアイテムも隙を見て探していかないと。」



 アイテムを確認しながらトイレから出ようとすると、バチッとした音と共に景色が変わった。さっきまでいた場所とは違い綺麗な校舎だ。現代に合わせられているし少なくとも今いる場所とは違うのは確実だ。

 前方を3,4人くらいの女の子笑いながら走り去って行く。そのうちの一人はバケツを持っているように見える。女の子たちが走り去っていくのを見送った所で暗転して場所は元に戻った。



『いまのは…?』



「誰?彩花ちゃんが知らないとなるとこの子の記憶じゃなくて別の人の記憶とかかな。誰かの記憶だとは思うんだけど。」



 学校がなんで幽霊が出てくるような場所になっているのかも分かっていないから謎が謎を呼ぶ状態だね。彩花ちゃんが言葉を続ける。



『なんでわたしこんな所にいるんだろう』



「ん...あんまり頭を使うような話はボク的に苦手なのでストーリーの考察はやらないかもというのを先に言っておきます。」


『知ってた』『さす修羅』『力にステータス振りすぎたから…。』



 目的が『学校を探索しよう』に変わったね。しばらくはナビゲート無しで学校を移動していく感じになるかな。



「ちょっと顔を洗ってきます。ゲームの中なのはわかってるけど…あまり気分のいいものじゃないからね。」



 謎の水というかバケツの水をかけられたのはやっぱり気持ちのいいものではないから、なんならログアウトしてお風呂にでも入りたい気分だね。

 作り込みがされているゲームでは設置されている蛇口もただのオブジェクトではない。蛇口を捻ればしっかり水が出る。最近のゲームであればそういった細かい部分まで作り込まれている事が多い。



「あれ…おかしいな、出ない?」



捻っても水が出な



「…ッ!?」



 ゴポッという音と共に粘性の高い赤黒い何かが蛇口から出てきた。跳ねた一雫が頰に当たる。



「何をびっくりしてるんですか…血なんか見慣れてるでしょ。」


『ビクッとnico可愛い』『隙を逃さぬ二段構え』『修羅が滲み出てる』


「はぁ…ちょうど最初にいた教室が近いのでいったん戻りますね。」



 今いる場所は三階だし丁度教室が近いから戻ることにした。結局、学校に閉じ込められたって事くらいしか分かってないから全然進められてないな。単純に学校から出るだけでゲームクリアになるのかもこの分だと怪しい所だよね。





***





 夕暮れ時の景色が見れた教室からは道路の照明灯の明かりがぽつぽつと見える程度で辺りは暗闇に包まれている。



「戻ってきました…此処から始まって色々あったね。もう2時間近く経ってるみたいだから今日の配信はここまでにするね。」


『やめないで』『お疲れさま!』『いかないで』


「明日か明後日には次の配信するから今日はここまでね。」



 引き留める声がいくつかあるけど、長時間プレイはもちろん慣れてはいるけどあんまり慣れてないホラーゲームだったからか思った以上に疲れてるのかな。

 一息つきながら机に座る。ゲームの中だからこれくらいは許されるよね。



「次の配信日時はConectでお知らせをするからそっちで確認をお願いします。最後に見に来て下さった視聴者さんたちありがとうね。それじゃあまたね。」



 流れるコメントを見ながら配信を切りVR空間プライベートルームに戻った。




***




 配信を終えてVR空間プライベートルームに戻る。ここには以前と違ってソファ以外のものが増えている。殺風景な部屋から抜け出していた。



『配信お疲れさまです。』


「アイさんありがとう。配信しながらは初めてだったから緊張してたけど大丈夫だったかな?」


『はい。よく出来ていましたよ。』



 そう言って頭を撫でる。態々避けるほどの気力がないくらい疲れているようだ。そのままソファに運ばれる。それじゃあ、と反省会が始まった。



『スパチャについて反応が出来ていませんでしたね。』


「ゲームやりながらはちょっと難しいかな…。動画終わりか雑談配信みたいなのでまとめてやろうとは考えてるけど。」



 たまにコメントの確認をするくらいなら出来るけどゲームに集中をする必要がある分、全てのコメントに反応を返すのは難しい...というか無理そうだ。



「それに送られてきたギフトのお礼もしなくちゃだからね。」



 壁に接するように置かれている棚にはゲームの詰め合わせが並べられている。ちなみにゲームと棚はセットで送られてきた。後で調べたらこのゲーム群は所謂クソゲーとやらに分類されるもので驚く事に全部合わせてワンコインらしい。

 棚の横には巨大なクマのぬいぐるみが鎮座している。リアルで見たことがない訳じゃないけど今のこのアバターの二倍近い体躯にはプレゼントリストから取り出した時にかなり驚かれされた。


 他にも『お菓子の詰め合わせ』に始まり『観賞用ヤシの木』なんて物を贈られてもいた。嬉しくない訳じゃないけどお金の使い道それでいいの凄く困惑したのは記憶に新しい。一度も使わないのは失礼かと思い部屋に飾ってあるけど...随分奇天烈な内装になったなと思う。



「漏らしを無くすためにもお礼は別枠でやるよ。」


『分かりました。スパチャ、ギフトを贈って頂いた方々のユーザーネームは記録しておきますね。』


「うん、よろしくね。」



 ギフトのお菓子を食べながらゆったりとした時間が流れる。少ししてポツリとアイさんが呟くようにして聞いてきた。



『今日の配信では暗い場所が多くありましたがメンタル面で大丈夫でしたか?』


「うん…まあ、何とかなりそうかな。苦手ではあるけどね。」


『よく頑張りましたね。』


「もう、そろそろ撫でるのやめてよね。」



 柔らかな手つきで撫でまわされる。たまにアイさんはボクの事を犬猫の類いと間違えてないかな。暫くの間はそうしてゆっくりした後ログアウトをした。






***






 現実に戻ってくる。一日中VRでゲームをしているのかと言われるともちろんそんなことはない。



「んー…ふぅ。」



 ヘッドデバイスを外して軽く伸びをしながら身体をほぐす。プライベートルームのように混沌と化し始めた部屋とは違い自室は至って普通の部屋だ。

 毎日ではないけれどちょっとしたウォーキングからランニングあたりはしている。健全な魂は健全な肉体に宿るというし寝たきりの生活を続ける訳にはいかないからね。



「さっきは口にしなかったけど謎解き要素が出たらどうしようか…。」



 『The value of life』ではそこら辺の要素はあってもゴリ押しで通れる程度のものしかなかったので問題はなかったけど、『わすれもの』で謎解き要素が出たらどうしようか。

 簡単なものならいいんだけど謎解きは苦手な分野なんだよね。配信を切って考える訳にはいかないし...視聴者さんにコメントで助けて貰うのはオッケーなのだろうか。


 軽いストレッチを終えて椅子に座る。パソコンから『Conect』を立ち上げてゲームについての情報を流し見しているとある広告が目についた。



「…合同製作?新作VRMMORPGの製作を進めている事を明かした?」



 記事を読み進めていくと近々αテストを実施予定だそうだ。何社もの大手が関わっているらしい。1ゲーマーとして楽しみな内容だね。

 VRの発展の促進のためにこういったゲームの開発者側にも国からの補助があるらしいけど、ゲームの作成にかかる費用は年々増してるようだしどうか頑張って欲しいね。



「オンライン系のRPGは動画にした事がなかったな…それにボクもやってみたいし。」



 αテストのテスター募集をしているみたいなので一応はボクも応募した。倍率高そうだし当たったらいいなくらいに思っておこう。


 VRゲームというコンテンツそのものがエンターテインメントの一部として取り扱われているのもあって話題性を出すのに動画配信は歓迎されている傾向にある。人気が出ればそれだけ手に取ってくれる可能性が増えるしね。

 動き安い服に着替えてから庭に出る。軽いストレッチの後にウォーキングから順に運動を始める。



「視聴者参加型の企画についても考えないとなぁ。」



 スパチャもギフトもそうだけどお返しを考えるとなるとボクが出来る事ってゲームくらいしかないんだよね…。そうなると取れる手段が『ゲーム配信』『ゲームプレイ動画のアップロード』『一緒にゲームをする』だからお返しになってるのか本当に悩む。

 それで今考えているのは、パーティーを組めるFPS系かサーバーに入って一緒に遊ぶサバイバル系かな。ゲームの練習もしないとね。チームプレイで足を引っ張る訳にはいかないし。





***





 軽い運動を終えた後、シャワーを浴びてからリビングに向かう。いつものように牛乳をコップに注いで持っていく。まだ夏が始まったばかりとはいえ汗を書いたらしっかり水分補給をしないとね。ところで牛乳で水分補給ってできるの?そんな事を考えながらリビングに行くとソファーに寛ぐ先客がいた。



「あれ兄さんが家にいるなんて珍しいね。」


「今日は日曜日だからな。いくら忙しくても休みはあるさ。」


「あれ、日曜日だったかな…。」


「おいおい。」



 頭を捻りながらソファーの空いているスペースに座る。兄さんは父さんに似て高身長でうらや…いや別に羨ましいわけじゃない。姉さんも高身長なのにボクだけ母さんに似て身長が伸びないとはどうして…。



「姉さんからは聞いたけど上手く行ってるのか?」


「うん。まあ…戸惑うこともあるけど順調だとは思うよ。」


「その、なんだ…何かあれば姉さんでも俺でも誰でもいいから頼れよ。」


「…心配し過ぎだよ。」



 みんな過保護過ぎなんだよね。問題はボクの方にあったとはいえ、もう大丈夫なんだしいい加減子供扱いされるのは恥ずかしく思う。ぷいっと兄さんから顔を逸らすと頭にぽんと手を置かれた。



「もうっ、すぐ撫でる!」


「弟を可愛いがるのも兄の特権だよ。大人しく撫でられとけな。」


「むぅ。」



 何を言っても聞いてはくれなさそうだ。心配されるのも可愛いがられるのも……嫌ではないけど、やっぱり釈然としないから独り立ちできるように頑張らないと。ちびちびと飲んでいた牛乳をぐいっと飲み干して立ち上がる。



「やる事があるからもう部屋に戻る。」


「ああ、あんまり根を詰め過ぎるなよ。」


「…分かってるよ。」



 自室に戻ってパソコンを確認すると一件のメールが来ていた。メールのやり取り自体珍しいので誰からだろうと確認すると。



「あれ、このメールの差出人…。」











簡単補足

『わすれもの』では、メイン、サブ、ランダムイベントの大凡三つに分かれてます。サブとランダムイベントはメインストーリーの進行とは基本的に関係ありません。



ギフト

VR配信者のような表に出ている人にはVR空間内で使用できる贈り物ができます。特別なプレゼントをして驚かせよう!


nicoファミリー

父、母、兄、姉、nicoです。

家族全員nicoの事を程度の違いはあれど猫可愛いがりしてます。

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