第7話 VRでホラーゲーム1



 お化け屋敷やホラゲームで何が怖いという感情を抱かせているのか考えた事はあるかな?例えば暗闇は見えない事への恐怖を与えてくるだろうし、緊張感から集中力を削いでくる。そこに突然大きな音や何か飛び出してきたらびっくりしちゃう。

 逆に見えない恐怖を使う時には気付くか気付かないかギリギリの範囲で変化を出していく。その変化に気づけば驚くだろうし、気付かないなら理解出来ない変化に違和感と不気味さを募らせていくだろう。



 まとめるとこれら怖さの原因には意外性や理解できないことが根本的な原因にあるんだと思う。





『キーン コーン カーン コーン』



 チャイムの音が学校中に木霊する。教室の机にうつ伏せで眠っていたのか目を覚まして視界に入ったのは大きな黒板だった。黒板にはチョークで書いた跡なのか消しきれずに白い粉が散見している。



『眠ってたみたい。』



 のそりと効果音でも付きそうなゆったりとした動きで顔を上げる。木製の机のざらっとした表面からは独特の感触と匂いがする。今ではもう木製の机が使われている事の方が珍しいくらいだけど。実際にボクの時にはもう使われていなかったし。

 コンクリートの壁からは時代を感じられるヒビのような線が至るところに見える。汚いとかじゃなくて良い古さがそこにはあった。味があるって言うのかな。



『あれ?変なの…』



「さて、ちゃんと配信できてるかな?みんな見えてるー?」


『幼女nicoktkr』『おは修羅!』『ちゃんと確認できてえらい』『見えてる』



 空中にウィンドウが浮遊して視聴者のコメントをリアルタイムで映し出してくれている。コメント欄は相変わらずのカオスっぷりを曝け出しているけど気にするほどじゃないかな。



「うん。ちゃんと配信出来てるみたいだね。改めてこんにちは。nicoです。今日はよろしくね?」



 教室の窓からは不気味なほど綺麗な夕焼け空が広がっている。ゲームの中というのはわかってるけど『帰らなきゃ』という気持ちにさせられる。

 窓に映るのは小柄な黒髪の少女。青色の綺麗な花弁の髪留めが可愛らしい。この子がこのゲームの主人公だ。最も本人からしたらホラゲームの主人公なんていう不名誉な称号は傍迷惑なものだと思うけど。



『知ってるゲームだ』『ホラゲーじゃないですかやだー』『景色綺麗やね』


「今日やるのは『わすれもの』っていうホラゲーだね。発売されてたのは一年くらい前だから知ってる人もいるかな。この前の生配信のコメントから選ばせて貰ったよ。」



 虚空に向かって喋る少女という変な絵面だけど此処にはボクと配信を見てる視聴者さんしかいないから大丈夫だけど。もしかしたらもう見えない『何か』がいるのかもしれないけどまあ関係ないね。



「さて、どうしようか。」



『帰らなきゃ』



 ストーリーの進行に関わる部分なのか彩香ちゃんが喋る部分は勝手に口が動いてセリフを言うようだ。

 それに何をすれば良いのか迷ったりしないようにナビゲート機能もあるみたい。具体的には視界の端に"目的"が表示されてる。今だったら『昇降口にいこう』だね。



「こんな感じに進行の補助をしてくれるみたい?この子…というかこの身体の子は彩花ちゃんって名前です。とりあえず指示に従って昇降口にでも行けばいいのかな?」



 少し前に使っていたアバターが青年だった為か少女のアバターは少し違和感がある。手も足も細く力を入れれば折れてしまいそうだ。ひ弱で頼りない身体を確認ついでに教室をざっと見渡していく。

 アバターの身体が小さい影響からか机に椅子、教卓と何もかもが大きく見える。掲示板には時間割表や給食のメニューなどプリントが貼られている。特に変な所はないかな?



「よし、頑張ろうか。」



 このゲーム『わすれもの』の簡単な紹介をしよう。といってもボク自身そこまで詳しく知っている訳じゃないけど。ゾンビ相手に無双したり怪物を倒したりといった要素はこのゲームにはない。ひたすら隠れて逃げる非戦闘型のホラーゲームだ。

 舞台は小学校、目を覚ますと周りには誰もおらずどうやら教室で眠っていたらしい。急いで帰ろうという出だしで始まる。事前知識はこれくらいで後、知っているのは『あなたのわすれたものを探してみませんか。』というキャッチフレーズになっている事くらいかな。



 特に五感への働きに焦点を当てて作成されたとの事で実際にやってみるとよく分かる。自分にはあまり縁のない感覚かと思っていたけど夕焼けの刺す廊下を歩いていて懐古的な郷愁を感じるし。

 遠くの方からはカラスやひぐらしの鳴き声が窓越し聞こえてくる。誰もいない学校を一人で歩く感覚はノスタルジックな気分にさせてくる。この雰囲気を感じられただけで、このゲームを買って良かったと思えるくらいだ。ホラーゲームな点を除けば満点だろう…いや、別にホラーゲームが嫌いな訳じゃないけどね。


 歩くたびにぱたぱたとした足音が静かな教室に広がる。



「このゲームは音にも拘って作られたらしいけど、こんな感じで上履きで歩く時に出る音もいいよね。」


『わかる』『ちょうど切らしてた』『歩く音たすかる』



 たわいない話しをしながら教室を歩いて回る。探索は基本だしね。掲示板に貼ってあった内容物の内に避難経路のプリントがあったので現在地は一応確認した。彩香ちゃんが寝ていた場所は3階に位置する4年2組だった。



 やけに重く感じるドアをスライドさせ教室を出る。



 目的地に設定されている下駄箱は階段を降りてすぐの場所にあるようなので、転ばないように注意しながら階段を降りていく。道中には誰もいないという点以外に変わった所はなく即死ギミックだったりは無いようだ。

 いきなり脅かし要素でもあるんじゃないかと内心びくびく…はしてないけど気にはしてたからちょっと肩透かし感はあるかな。



「何だか暗くなってきてるね。」



 綺麗な夕焼け空だったのが陽が落ちてきて若干暗みをましている気がする。校舎の中も暗い部分が目立ち始めてホラー感が出てきている。今更だけど校内に一人だけいる現状にどことなく心細さを感じる。コメントをみて中和しているとはいえ思わず早足になってしまう。



 特に問題なく下駄箱に着いた。4年2組と区分けされている場所には靴が一つも見当たらない。



「靴がないみたい…?いや、まあリアルじゃないから気にする部分でもないかな。」



 靴に履き替えるのはイベントには関係ないのかと若干疑問に思いながらも閉まっている玄関の元へ上履きを履いたまま歩いていく。



『どうしよう……あかない。』


『お や く そ く』『学校に一人何も起きないはずもなく』『未練がましくドア押そうとするの笑えるからやめてもろて』



 手で押してみたが案の定というべきか開かない。押し出すように力を入れてもやっぱり開かないね。玄関から見える外の風景は日が傾いたのか黒さを増した夕焼け空が広がっている。まだ夜ではないとはいえ焦るには十分な時間帯だろう。



『先生はまだいるかな。』


「まあ開かないだろうとは薄々思ってたけどね。仕方ないので先生とやらを見つけに行きましょうか。」



 次の目的地に指定されたのは職員室だった。たらい回しにされるのはホラーゲームのお約束みたいなものだろう。

 下駄箱に戻った辺りで急に雑音の混じる音と共に壁に設置されていたスピーカーから不気味な機械音声が響く。



『最終下校時刻を過ぎました。校内に残っている生徒は直ちに帰宅してください。』



 突然響いたノイズ混じりの放送は不気味で少しびくついてしまった。帰らせたいのなら玄関を開けておいて欲しいものだけど。少し一息つきながら下駄箱を出て廊下へと移動する。



「ちょっとびっくりしちゃった。ちょっとだけね…?」


『びっくりしたnico可愛い』『心臓飛び出た』『音でびっくりさせるのはNG』



 職員室は何処にあったかと廊下に足を踏み出した。とりあえず教室に戻って校内の見取り図をもう一度見に行こうとした矢先。



『ギィン  ゴォン  ガァン  ゴォン』


「ぴゃっ!」



 まるで一音外したような不気味なチャイムが校内に鳴り響く。先の校内放送が終わって次はないだろうと気を抜いていた分びっくりしてしまった。連続で来るのはずるくない?



『なにいまの音。』



 少し変な声が出たけどそんなにびっくりしたわけじゃないし、今の出た声をマイクで拾われてないよね?ほんと音によるびっくり要素はずるくないかな。



『だれか…いる?』



 廊下の先に若干見えた淡いひかりを纏った人型のような何かが横切ったような気がした。校内の雰囲気が懐かしさを感じさせるものから明らかに禍々しいものに変化している。

 このままだと非常灯が点いているとはいえ丸腰で暗くなり始めた校舎を一人で探索しなければならなくなる。



「しッ…視聴者さんが怖いなら歌でも歌おうか...?」



 身震いしたのは寒いからだと思いたい。ホラーゲーム自体これが初めてなんだけどもしかして結構怖い感じ?



『お歌はたすかるけど今は大丈夫』『ぴゃっ(絶命)』『怖くないゾ』『全然平気だよ』


「遠慮しなくて大丈夫だよ。怖くなったら直ぐ言いなよ…?あと悲鳴なんて出してないから、聞こえてたとしても彩花ちゃんのセリフであってボクのじゃないからね。」



 ボクが悲鳴なんて上げるはずないのに失礼しちゃうね。妙に洗練されたコメント欄を眺めながら対策方法を巡らせているが現状だとどうしようもない事しか思い浮かばない。というかマイクは仕事しないでよ。

 心を落ち着かせた後、先生を探すとの事なので次の目的地である職員室への移動を始める。わざわざ教室まで行って校内マップを見る必要もなく目的地のナビゲート機能に2階と表示されていた。



暗さの増した階段を進んで



「ひぁっ…?!」



 カンと甲高い音を響かせて目の前に落ちてきた物体。よくよく見てみれば鉛筆だった。



「…誰ですか鉛筆なんて捨てたの。」



 拾ってみるがただの鉛筆だ。落ちた衝撃からか元々は綺麗に削られていただろう先っぽがぽっきりと折れてしまっている。

 持っているとアイテムストレージに保管された。ゲームではよくあるコレクション機能だろう。最も鉛筆なんか拾ってどうするのか...。



『なんのへんてつもないえんぴつ。けずればまだつかえるかな?』



 アイテムの説明文には主人公である彩花ちゃんの言葉がかかれているけど、やっぱり拾ってどうするのっていう説明文だね。



『実は怖がりなんじゃ?』『修羅とはいえ実体がないと斬れないもんね』『ホラー耐性クソザコnico可愛い』


「ボクがたかだかホラーゲームで怖がる訳ないですよ。もし見えたとしてもそれは視聴者さんの感じる恐怖心が生み出した錯覚ですからね。」



 ちょっとした距離とはいえ歩いたけどひしひしと感じるものがある。明らかに何かがおかしい。自分の足音以外にも別の誰かの足音が聞こえてくるのだ。

 後ろを振り返ってみても誰もいない。確かに気配はあるのに目に映るのは閑散とした廊下である。



 何処からかクスクスと笑い声が聞こえてくるようだ。



「…さっさと進んでしまいましょう。」



 少し早足で職員室までいくのは断じてこの場所に留まるのが怖いからではない。というか見えないだけで何かいる。気配というか何というか質量のない何かがずっと見ている気がする。

 廊下にぱたぱたと足音を響かせながらようやく目的地に着く。一層禍々しい雰囲気を出す職員室のドアをそろりと開ける。



『…だれかいますか?』



 予想通りというべきか誰もいない。大人用の机ばかりなのでこの身長からだとだいぶ威圧感が強い。目的が『職員室の探索』に更新されたようだ。



「なんだか凄く発光してるのがあるけど何かな…?」



 自己主張の激しい発光をしているのは壁に掛けられた懐中電灯だった。古いというかだいぶゴツい見た目をしている。



「やったねライトを手に入れたよ。よし、ちゃんと使える。」


『\電化の宝刀/』『勝ったな!風呂入ってくる』『ホラーゲームだと点いたり点かなかったりするライトくんおっすおっす』



 スイッチのオンオフを繰り返してみて確認したけど大丈夫みたい。もう少しで陽が落ちて真っ暗になりそうだったので本当にありがたい。



「そういえば教室で担任の名前を確認してなかったね。」



 総当たりしかないかと机を見て回ろうとしたけど、その前に。暗くて見づらい中を懐中電灯で探すのは見落としも出てくるだろうから職員室の電気を点けた。パチッという音とともにスイッチがonになって明るくなる。



「なんだか学校そのものが全体的に古いよね。昔のに合わせて作ってるのかな。」


『そやね』『今じゃこのデザインもあんまり見ないよね』『この古さが嫌いじゃない』



 ある程度探索して思ったのはこの小学校が1世代くらい前に合わせてデザインされている点だろう。

 担任の机は見つからなかったけれどもっと直接的なものを見つけた。壁に鍵棚があったのだ。自己主張の激しい鍵もしっかりとある。とはいえ今の身長だと微妙に届かないので椅子を引っ張ってこないとね。



「あっ、今更だけどネタバレとかは控えてくれると助かるよ。」


『オケ』『nicoがびっくりするのを観察したいから何も言わないで候』『愉悦部がおられる…』



 適当に椅子を引きずって鍵棚の前まで引きずっていく。持ち上げるのが難しいから引きずるしかない。職員室で一人椅子を引きずる少女と相変わらずゲームじゃないと不審者丸出しな行動だね。



「よいしょ…この身体だと椅子を移動させるだけでも一苦労だね。」


『これをつかえばそとにでられるかな』



 鍵を握って椅子から降りるのと同時にバチンと言う音と共に職員室の電気が一斉に消えた。



『わっ。』



 握っていた鍵が床に落とされた。ゲーム的な都合なのだろう自分の意思とは別に握っていた手が強制的に開かされたようだ。



「そこっ!」


『なになになに』『nico何投げた!?』『このゲームにモーションアシストなんてあったっけ?』



 探索中に拾っていたボールペンを何かに向かって投擲する。寸分の狂いもなく当たった…かのように見えたボールペンはその身体をすり抜けて床にぶつかった。

 そのまま何かはボクが落とした鍵を拾って職員室の外へと走り去っていく。



 走り去って行った方とは別の、もう一つの何かに向かって懐中電灯のライトを向ける。光を浴びて若干怯んだように見える。



「逃しました。まだ他のやつがいますね。」



 違和感に気づいた時には既に身体は動いていた。奇襲や騙し討ちのあるゲームに長く居たからか割と反射的な行動だった。そもそもこんな世界で味方NPCが出てくるとは最初から考えてはいないけれど。

 椅子を蹴り押すようにしてそれに向かって弾き出す。ガシャンと椅子がた音が響く。



 それは体が黒くて目が赤い影のような何かが蠢いている。椅子はすり抜けていて幽霊には当たっていないようだ。



「やっぱり物理的な攻撃は効かない感じかな?」



 手の届く範囲にある鉛筆やノートを投擲するがやはりすり抜けてしまう。有効打が見つからないというのは中々堪えるものがある。幽霊に効くのってなんだろうか…。



「『The value of life』なら絶対殺してたよ。」


『さす修羅!』『戦う幼女』『いつの間にアクションゲームにすり替えられた?』『うーんw怖くないw』



こちらに徐々に近づいているようだ。



『にげなきゃ。』



 彩花ちゃんの声を聞いてようやく思考が回る。そもそも戦うゲームじゃなかった!ホラーゲームだという事が根本的に頭から抜けていた。



「そうだった。これホラーゲームだった。」



 それならそうとこんな場所に長居する必要はないと懐中電灯をしっかりと握り職員室から飛び出た。














簡単補足

急に歌うよ!(2度目)


今回のアバター

小学生アバターです。ゲームによっては今回のように製作者側が用意したアバターを使う事になります。


発光するアイテム

重要アイテムは輝きに包まれています。貴方の道標。


電化の宝刀

懐中電灯の入手。ずっとそばに居てくれたのか。


幽霊(小)

人の負の感情が積み重なり集まって出来たもの。負の感情は磁石のように正のものへと吸い寄せられる。

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