第5話 札束で殴れ



【雑談配信】nicoチャンネル 



 場所はVR空間プライベートルーム。相変わらずのソファ以外に何もない殺風景な部屋だ。ソファに座りながら映像を繋ぐ。空中に浮かぶウィンドウには視聴者のコメントが表示され次から次へと流れている。



「はぁい、こんにちは。配信出来てるかな?生放送は初めてだからダメな所があったら言ってね?」



 こうして生配信をするのは今日が初めてなのでミスがないかしっかり確認しながら進めていく。緊張とは無縁の人生かと思ったけど全然そんな事はなかった。事前に撮った動画を編集して上げるのと生配信するのとではこんなに違うものなのかと今更ながら実感している。

 リアルタイムでコメントが流れているのを見るのは新鮮だなと別の事を考えながら気を紛らわす。



『こんにちはー』『こんにちは!』『おは修羅!』『物が全然ないな』『ショタだ!捕まえろ!』


「おー、ちゃんと映ってるみたい。こんなに見に来てくれたのは予想外だしちょっとびっくりかな。」



 ちょっとというか...かなりびっくりしてる。視聴者数は今の時点で1000人を突破している。投稿したトロコンRTA動画のおかげか以前では考えられない程の人が見に来てくれているようだ。変な話かもしれないけど今更ながら配信者になったんだなという実感が湧いてきた。



「ソファしかない殺風景な部屋でごめんねー。」



 他の大御所の配信者の人たちのプライベートルームは内装に凝っていたりするのでかなり見劣りしてしまうのではないかと心配してる。

 こちらでも両親の世話になる訳にいかないから駆け出し配信者として一歩ずつ頑張らないとね。なんだか階段をいくつかすっとばしている様な気もするけど考えないようにしよう。というか未だに増え続けている視聴者数の事を考えていると緊張で震えてきそうだ。



『初見』『nicoの座ってるソファ持ってるw』『ヴァルさんの宣伝から』『まとめの紹介から』


「宣伝して下さった方ありがとうございます。」



 ヴァルさんという方が紹介してくれてたみたいなので後で検索してみようかな。配信者の方でいいのかな。参考程度には他の配信者の方の動画を見ることもあるけどあんまり深くは知らないんだよね。それこそ星の数ほど配信者はいるから。

 それはそれとして本題から外れないようにしないと。何の為に今日配信してるのか分からなくなっちゃうよ。



「話しを戻すね。みんな、生配信に来てくれてありがとう。雑談配信になってるけど、今日はこうやって面と向かって感謝を伝えたくて生配信の枠をとったよ。」



 ただ運が良かったとか、話題性があったから視聴者さんが増えたなんて話はボクの中ではきっとそこまで重要視してないんだと思う。勿論、嬉しいのは確かだけどね。

 動画配信者として活動し始めて、リスナーさんが少しずつ増えて、それがこうして実を結んだ事が、何というかリスナーさんたちと一緒に成長できた事が嬉しいのだと思う。



「みんなには感謝してもしたりないくらい。本当にありがとう。」



 配信者としてやっていくと決めてから早数ヶ月。登録者が数千という単位にまで増えたのはみんなが見に来てくれたからで、ボクの配信に誰も見に来てなかったらここまで頑張ろうとも思えなかったしやってこれなかっただろう。



『修羅とは思えない常識人』『古参のわい思わず涙』『くっそいい子じゃん』


「それで今日の枠であと話しておきたいのは、これからのnicoチャンネル方針的なお話と雑談になるかな。」



 自分で口にするとむず痒いけど固定のファンがこうして増えたからこそ、これから『nico』を見に来てくれる人の為にどんな動画を上げていくかというのをハッキリさせないといけない。



『ショタアバター可愛いhshs』『今後も期待』『ヴァルも配信見に来てて草』


「これからも要望があればゲームの実況動画だったり攻略動画なんかも上げていくよ。ただトロコンRTAの時みたいに長時間連続してやるって事は無いかな。あんまり両親に心配かけさせたくないからね。」


『体調管理できてえらい』『長時間のVR使用は推奨されてないからなあ』『nicoが好きな事すればええんやで』



 配信の方向性を大きく変えるつもりはない。元々はVRゲームが好きで、じゃあそれを活かせる仕事は?と考えて今の形に落ち着いたからね。趣味を仕事にするなという話しを聞いた事があるけどやっぱり好きな事を仕事にしたいなとボクは思ってしまう。



「それと生配信系の動画を増やしていこうかなって考えてます。何のゲームをやるかはまだ決めてないからリクエストあったらコメントに書いてくれると助かるかな。」


『ユアクラフトどうですか!』『FPSはやるの?』『わすれもの』『やっぱバトロワやってるの見たいな』



 とりあえずは伝えたい事は喋れたかな。予想以上にコメントが流れてるから何のゲームをするかは後でゆっくりコメントを確認して決めよう。



「コメントありがとう。コメントの中から次のゲームを決めるから楽しみにしててね。あとは、……せっかくこうして枠取りしてるし聞きたい事とかあれば答えるよ。」


『ファンアート用のハッシュタグとか決めてます?』『一番好きなゲームは?』『コラボは考えてる?』『好きな配信者は誰?』


「……これは全部拾うのは難しいね。よし、とりあえず目についたのを答えていくね。」





***





「よーし。これで今日の配信はお仕舞いにしようかな。こんなに喋ったのは久しぶりかも。」



 あれからコメントから拾った質問に答え続けていい感じに時間が流れた。VR空間なので実際の喉を酷使している訳ではないけど……精神的には疲れたかな。



『お疲れさま』『投げ銭解禁してるの今気づいた』『マジ?』『貢がなきゃ(使命感)(¥3,000)』


「えーと、午前ティーさん?スーパーチャットありがとうね。でもあんまり無理しないでね?正直なとこ、見に来てくれるだけで凄く嬉しいから。」



 初スパチャになるのかな?こうやって目に見える感じだとなんだか変な感じがするな。仕事をするってこういう事なのかな。お金を受け取った分、責任が発生するというのか。これはより一層気を引き締めていかないと。



『ようやく投げ銭できるように...かなり待ったぞ(¥10,000)』『今が投げ時だな(¥3,000)』『ばんじゃい(¥5,000)』


「ちょっと、スパチャストップ。本当に嬉しいけど、ちょっと待とう?ね?」


『いいや、限界だ押すね!(¥5,000)』『修羅に感謝(¥20,000)』『おwまwいwらw(5,000)』



 スパチャの金額によって色付けされる仕様のためカラフルなチャットが流れていく。ボクの静止の声も聞かずにスパチャが投げ込まれていく。

 どこか現実味が薄かったのか今になって色々な感情が溢れ出す。



「みんなから元気を貰って……こんなにお祝いしてもらって、……もらってばかりだな。」



 目頭があつくなってぼろぼろと涙がこぼれ出る。このままやっていけるのかとか、先の事とかがぐるぐると頭の中を駆け巡って消えていく。

 場違いにもVRの中なんだからそんな余計な機能付けないでよと頭に浮かんだ。なんだか思い通りにいかない事ばっかだな。



『なかないで(¥10,000)』『見てるこっちも泣けてくる』『これで拭いてもろて っ(¥3,000)』



「もう、こんな時にもスパチャ投げないでよね……コメント読めないよ……。





……本当にありがと。」





***





 気持ちを落ち着けるために少し時間をおいてから、よしと気合いを入れ直す。ボクにできることをしなきゃね。



「貰ってばっかりは嫌だから何かお返しをって考えたんだけど。パッとは思いつかないな。何かボクにできることはあるかな?」



 配信者だしVRゲームの配信をするくらいしか思いつかないな。ボクから視聴者さんにスパチャは送れないし……困ったな。他にはなんだろう。攻略動画みたいな感じでスタイリッシュに戦うコンボ集でも動画にした方がいいかな。見栄えがいいけど正直使い所はないけど。



『スパチャにお礼なんて律儀だな』『お歌うたって』『スパチャは好きでやってるだけやで』


「歌?歌でもお礼になるかな?」 



 流れるコメントの一つが目についた。そういえば暫く歌ってなかったなと思い至る。すぐ出来そうだしやろうか。

 配信画面には映らないように控えてるアイさんに目配せしながら歌を歌う準備を整えていく。



「こういう時、昔取った杵柄っていうのかな。」



 オプションを開きmusicの欄から歌を選びoff vocalで曲を流す。なんだか懐かしいな。歌も、ゲームも。



「みんなには時間いっぱいまで付き合って貰うからね。」










簡単補足

【nicoのチャンネル登録者層】

○スーパープレイ見たさ

○見た目や声が好み

○古参勢(配信者として初々しい頃から見てる)

○話題性から

○変態


【スパチャとは】

札束で配信者を殴りましょう。


【nicoの歌唱力】

急に歌うよ!

カラオケで高得点が取れる系というより純粋に『上手い』歌を歌う。音の特徴を捉えるのが優れてる。

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