第3話 僕らのTASくん
娯楽に始まり果てには終末期医療において
VRの歴史において大きな転換点となったのは国を挙げての事業へと拡大したことだろう。
2020年、VR技術は大きな革新の節目を迎えた。ついにVR空間への意識のみの転送が可能となったのだ。字面だけみれば簡単そうに見えるが実際には狂気の向こう側にある技術と言えるだろう。
一つ例を挙げるとする。
普段何気なく行っている『歩く』という動作は身体を構成する骨、それに連なる筋肉や関節、身体全体を使った重心の移動によってバランスを維持する...といった要素によって成り立つ。無意識に行っている事であるが文字にして見ればとても複雑な動作だと分かるだろう。
ではVR空間でこれを行おうとすると、果たしてどうなるだろうか。
完成したプラモデルのように組み上げた現実に近しい肉体をVR空間内でアバターとして作り上げるしかない。使用者の意思で違和感なく動く肉体を作るのにどれだけの技術が必要なのだろうか。
他にも考えつく点は多くある。身体は脳の出す指令で動くがVR空間へと意識を飛ばしている間に現実の身体は一体どのようにして身体を維持する事になるのか。
人は眠っているからといって脳が働いていない訳ではない。夢という現象は記憶の整理から発生しているというように、眠っている間にも脳は働き身体を維持している。
ではVR空間に意識を飛ばしている間に脳の働きはどうなっているのだろうか。VR空間上で思考しているのだから脳の働きが現実とVR空間上とで二重になっていないだろうか?
誤って現実の肉体における神経の伝達に影響が出てしまえば目も当てられない惨状と化すのは目に見えているだろう。
様々な問題が溢れてくる。しかし、それらを乗り越えて今のVR技術の確立があるのだと思うとまさしく神の如き所業だと言わざるおえないだろう。
***
と、VRついての私見が書かれた記事を目にしたのをふと思い出した。
「イベントシーンの終わりから一拍おいてバックステップをします。」
まるでトラックが突撃でもしてくるかのような威圧感を受けながらエネミーの行動パターンを照らし合わせていく。バックステップからの前ステップですれ違いながら背面へと移動する。初心者の頃なら跳ね飛ばされて3回転半くらいしてたね。
自キャラの二倍以上はありそうな巨体に強化骨格で覆われているその身体は生半可な攻撃では通じないだろう。まさに動く要塞という表現がしっくりくる。しかし巨体な分、動きは大振りなものが多くなりがちだ。
「こうする事で必ず初撃を避ける事が出来ます。」
このゲームでは形状の変化する武器を使って戦う事になる。ボスを撃破していく事でデータを収集、使える武器の形が増えるという流れになっている。この形はフォームと呼ばれておりフォームは1〜7まである。
前ステップ後に直ぐフォーム5であるパイルバンカーのチャージを開始する。チャージ中でも180度までは攻撃方向を変えれる事が出来るのでステップすると共にチャージで問題ない。
人外と言っていい見た目とはいえ人の形を取っている構造上、関節部分は存在し、強化外骨格で覆われているとはいえ可動部に当たるため必然的に他より脆い作りとなっている。
つまり、攻撃の起点にしやすい。
「攻撃の振り出し速度は速いですが避けてしまえばこちらのものです。攻撃後の硬直を利用して背後に回り脚部に向かってフォーム5のパイルバンカーを射出します。」
パイルバンカーの射出時にその反動で狙う位置がズレてしまう事があるので敵に着弾するまで気を緩めないようにするのがポイントだ。しっかり構えないと反動で吹っ飛ばされて後頭部を強打する羽目になるよ。
独特な爆発音が辺りに響く。右足の膝裏を削り取るように火花のエフェクトを散らしながら攻撃がヒットする。こうやって敵の大振りな攻撃を避けて攻撃後の硬直を狙う。
ゲームにおいて戦闘面で強い敵というのは"隙の少なさ"というポイントが大部分を占めていると個人的に考えている。隙が少ないとはつまり攻撃がしにくいのだ。
どれだけレベルを上げて強くなっても攻撃を当てる機会がなければ意味がない。その点でいえばこの敵は倒しやすい部類に入るだろう。まあ、それを理解して実際に戦えるかは別問題だけど。実際にできるようになるまでかなりの時間が必要になったからね。
「背面攻撃、弱点部位、強攻撃の三つが揃うと人型の敵であればほぼ確定でダウンをとれます。」
攻撃の反動で距離の空いた分をステップで縮め立ち上がるモーションを確認すると同時に再びパイルバンカーのチャージを始める。
「ここで致命攻撃をしてしまうとダウン後に敵が立ち上がりモーション中の無敵時間を利用して態勢を立て直してしまうので注意が必要です。」
ゲームであるが故の無敵時間。敵のダウン時に使える特殊な攻撃モーションだと連続した確定ダウンを取れなくなってしまうので注意が必要になる。
プレイヤー側にも吹っ飛ばされ時やステップ時の一時的な無敵時間は勿論設定されているのでそれを不便さと感じるかは人によって違うだろう。
敵が立ち上がりと同時に確定で前ステップで回避を行うのでそれを狙って頭部にパイルバンカーを射出する。鈍い音と共に再び巨体が倒れる。
「敵がステップ回避後に中腰姿勢になった時にパイルの溜めを始めます。そうすれば敵の回避行動に合わせてチャージパイルを射出出来るのでカウンターが入りダメージを増やせます。」
再度ダウンが取れる。こうしたゲームだからこそのハメ技が出来る。いくら強化エネミーといえど弱点部位を攻められればひとたまりもない。
「後はこの繰り返しです。もしダウンから抜けられてしまったら攻撃モーションを誘発してステップ避けからの背面ダウンをもう一度狙って下さい。」
なぜこのような事をしているのかというとコメントの中に『ボスの倒し方の解説が欲しい。』とあったので実際にやって動画にしている所だ。
現実であれば欠片も出来る気がしない挙動で敵を打ち砕く。VRという現実にも匹敵するリアリティの中こうしてモンスターと相対するのは並の緊張感ではすまされない。とはいえ、このゲームに触った当初とは違い何十と戦ってきたという自負と経験が活きてくる。もう無様に負ける事は20回に1回くらいしかない。
「それでは次のボスまで移動します。」
冒頭の話に戻すなら、こうした複雑な戦闘をVR空間内で違和感なく再現出来るのは化け物じみた技術のもとで成り立っているという事だ。
***
録画した動画の編集が一段落したのでふかふかのソファに寝転がる。もうこのソファがない生活が考えられない。VR空間だけと言わず現実の方でもお金に余裕が出来たら買いたいね。
本題に移ろう。以前に投稿した『The value of life』のトロコンRTA動画が伸びている。それも今までに上げてきた動画の比ではないくらいに。
動画の閲覧数や広告者が以前の数十倍以上あったのを見た時はかなり驚いたし、リアルで変な声を出すという経験は初めてだった。何がリスナーさんたちの琴線に触れたのかよく分かってないから今後の動画作成に役立てないか思考錯誤中だ。
最も、自分の動画を見てくれる人が増えたのは嬉しいし良いことなので全然歓迎だけれど戸惑いが大きいのも事実。
「うーん、何かお祝い配信的なことをしようかな。ボクのチャンネルを登録してくれた人も増えてきたし……いい機会かも。」
ボクと同時期に配信を始めた『Conect』の他の配信者と比べても前回の一件でチャンネル登録者の伸びはかなりいい方だ。
もっとも企業所属の配信者と比べると見劣りしてしまうのは個人配信者の宿命みたいなものだけど。
それでも今まで動画を見てきてくれたリスナーさんたちへの感謝は変わらずある。動画作成のモチベーションは確かに上がるけど『見てくれている人がいる』というのがボク的には一番嬉しいものだしね。
「アイさんはどう思う?」
『nicoというキャラクター性を押し出していく上で露出を増やす事はいいことだと思いますが。』
「そうかな?」
『はい、普段通りの貴方を見せていくといいでしょう。』
そう言ってアイさんがボクの頭を優しく撫でる。気持ち良さに思わず目を細めてしまう。
「んっ。……もう、子供扱いしないでよね。」
『ご両親からマスターのお世話を頼まれていますから、こうして甘やかすのも私に与えられた特権です。』
「......満足したらやめてよね。」
アイさんにはお世話になってるから余り強く出れない。ボクの頭なんて撫でて何が楽しいのかと思うけど本人が楽しんでるなら少しくらいは撫でられてもいいかな。
今出来る事はゲームをプレイして動画を投稿する。その繰り返しだけれど、偶にはいつもと違った事に手を出すのもいいかもしれないね。
簡単補足
【『The value of life』におけるNPC】
お家芸のように悲惨な結末を飾るNPCがいます。ほら、狂気のマッドが蔓延る世界では予定調和みたいなものです。サイボーグに改造されたりホムンクルス作成の材料にされたりランチパックかな。
【nicoの知名度】
知らない人は知らない。トロコンRTAで拡散されたので『The value of life』プレイヤーの間では有名に。戦闘シーン切り抜きもできたので食いつく人も増えた。やばいやつ認定。
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