ワールズエンド・ゴシックガール

川口健伍

第一章 ゴシックガール

1 逃亡

 やっぱり死ねなかった。

 だから、今日も逃げ続ける。

 落下の衝撃で揺らぐ頭をふって、レイメイは立ち上がる。

 段差の高さを見誤った。次は気をつけないと――。

「ほら早く早く! 走ってレイメイ!」

 ユウヒが叫ぶ。

 フリルドレスが鼻先をかすめ、走り抜けていった。

 真っ暗な廃墟の中、スポットライトが当たったようにそこだけ輝いて見える。

 ユウヒが飛び跳ね手をふっている。黒と白のコントラストも鮮やかなゴシックドレスがふわりふわりと踊っている。

 きれいだな、と考えると同時に、死にたくなってきた。このままルナリアンに殺されてしまってもいいかもしれない――魅力的な考えが走る速度を鈍らせる。

「あ、またへんなこと考えてる!」

 ユウヒが顔をのぞき込み、叱咤する。

「そんな格好で死ねないでしょ! ほら走って走って!」

 ユウヒの声に合わせて脚部のサーボモーターが力強い唸りをあげる。

 確かにこんなダサい格好のままじゃ死ねないかも、とレイメイは頭の中だけで応えて、足を踏み出す。一歩一歩、踏みしめ走り出す。

 ずんぐりむっくりした全身スーツが真っ暗な坑道を加速していく。寝起きで弱った足腰をアシストするための強化外骨格スーツは実用一辺倒の無骨なデザインで、レイメイの美的感覚とは絶望的に相容れなかった。

 行く先に次々と現れるユウヒが、曲がる場所、配管の位置、ジャンプのタイミングを先回りして教えてくれる。

 ユウヒ――ゴシックドレスを着た、濡鴉色した髪の少女――はレイメイがまとう強化外骨格、その駆動制御系に搭載されたホログラムAIだ。覚醒めざめてから三ヶ月、彼女のおかげでレイメイは日々をどうにか生き延びている。

 だがそれは、レイメイの意思には反していた。

「死ぬ! もう走れない!」

 ヘルメットのバイザーが汗で曇る。

 感知したユウヒが「ちょっと待ってね」とヘルメット内の空気を排気して、一瞬で視界がクリアになる。

 足はとっくの昔に限界を迎えている。

 しかし、膝をつくよりも先にスーツが、つまりユウヒが足を前へ前へと進めてくれる。

 生存への道を、ひた走る。

 それでもいくらもかからないうちに背後からローター音が近づいてきた。

 バイザーの隅に背後の視覚が投影される――灰色の円盤――ルナリアンの追跡ドローン、そのサーチセンサーが上空から降り注いでくる。

「やばっ、探知されたかも」

 ユウヒの言葉に反応したのか、しゅぽぽぽんと追跡ドローンから軽快な音が聞こえる。

 ばらまかれたグレネードが、数秒前までいた坑道に着弾。

 周囲が真昼のようの明るくなり、遅れて背後から爆風が襲いくる。

 ごろごろと対ショック姿勢で転がって――「いま!」というユウヒの指示で両手を地面に叩きつけ、上体を起こしてそのまま走り出す。ぎゅんぎゅんと身体が動いてレイメイは内心驚いている。もちろんこれもスーツのパワーアシストがあってのことだ。しかし筋力を補うことはできても体力はむつかしかった。強心剤インジェクションによって一時的に心肺機能を強化することもできるが、先はまだまだ長かった。

 そう旅は始まったばかりなのだ。

 全快にほど遠い心肺に強いダメージが残る薬物投与ドーピングは、ユウヒが決して許可しなかった。

 風切り音を連れて灰色の円盤ドローンが背後から迫ってくる。

 光の失せた坑道。どこまでもまっすぐに伸びていてさきは見えない。

 一瞬、足元がなくなったような浮遊感に、胃の腑がひっくり返りそうになる。

 意識外の着地――衝撃に膝がぬけそうになる。

 目前に、横を向いた矢印が浮かび、迷わずレイメイは飛び込んだ。

 横道だ。そのまま百メートルほど全力疾走。

 ユウヒがナビゲートした先には、外壁補修用のエアロックがあった。

 重いハンドルにぐいと力を込めると、スーツがアシストしてくれる。

 ハッチを開け、そのなかに転がり込む。

 すぐに立ち上がって重い扉をふたたび閉める。

「まったく、だらしないんだから」

 腰に手を当てて、ユウヒが怒ったような笑ったような顔で言う。

 息があがって、なにも言えない。

 限界だった。

 すっと、意識が遠のく。

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