第3話 偵察
ここ最近に出来た新築のマンションがある。
グレー色の外観に、そびえる長方形のタワー。20階建てということもあり、一番上から眺める景観は素晴らしいものであろう。
だが、このマンションの最大の売りは景観ではなく「防犯」であった。
入口から余所者が入るにはまず、住民の許可が必要。用事がある階の部屋の人間に許可を頂いて初めて入口の自動ドアが開く。
次に、エレベーターは自動的にその階のボタンが押されている。エレベーター以外の移動方法は使用禁止である。火災などが発生した場合のみ、非常階段に通じる扉が開かれるのだ。
そして、各階の廊下には監視カメラが至る所に設置されている。何か問題があれば、マンションで待機している警備員がすぐさま対応する。
それでも強引に部外者が入ったとしても扉の前で絶望する事になるだろう。
扉の前に行くと、驚くべきことに鍵穴はない。そして、部外者が入る事が出来ないようにする仕掛けが二重に仕掛けられている。
扉の横に設置してある網膜センサー。そして、更に声で照合する声紋センサーも搭載。この二つをクリアして初めて部屋に入る事が出来る。
完全に部外者に対して厳しいセキュリティが搭載されたマンション。だが、それほど近年の事件は質が悪く、悪質化したものが多くなっている。
このマンションも住民を募集したところ、直ぐに部屋が埋まってしまう。高い家賃ではあるが、金よりも命が大事という事だろう。
そのマンションの一室。
正確に言えば2階の角部屋の住民は少し変わっていた。
売りに出されて直ぐに決まったのが、この2階の住民。一人は小柄で優し気な男。見た目は高校生ぐらいにしか見えない。
次に、フード付きの服を身に纏い、すっぽりと顔をフードで隠した外国人女性。毛先が金色で、時折フードから見える目は鮮やかな
それからしばらくするが、男性の方は姿を見せるものの、女性は一度も顔を見せなかった。まるで本当にいたのか? と疑うぐらい顔を見ない為、他の住民の間でも角部屋に住む住民は男一人だったと言われるほど存在を忘れ去られていた。
男も住民と積極的に仲良くなる人間ではなく、仕事をしているのかどうかすら不明。いや、仕事をしているからこそ、この高い家賃のマンションに住むことができるのだろう。
安心を絵にかいたようなマンションを選んだ人間と言うのは、犯罪やそういう悪い予感がしそうなものには敏感な人たちだ。そういう穴の貉が集まったマンション住民は彼等を変に詮索することはしなかった。
だが、ある日の昼だった。
角部屋の住民を尋ねる人間がいた。
インターホンを鳴らすと、僅かな間があった後に、一人の男性が部屋から扉から少し開けた隙間から顔を見せる。
ショートヘアのサラサラした髪。無垢な瞳を見せ、愛くるしい顔つき。背の低い小柄な男。
男はちらりと視線を上に向ける。その来訪者は自分よりも背が高いサングラスをかけた女性だったからだ。手には紙袋を引っ提げていた。
「こんにちは~、上の階に引っ越してきた白鷺申します」
丁寧にあいさつをする白鷺。つまらないものですが、と手にした紙袋を隙間から覗く男に見せる。
「あ、これはわざわざ、ありがとうございます……」
ぺこり、と会釈して扉の隙間を少し大きくしてそれを受け取る男。
「何時もこういう対応されるんですか?」
不思議そうに白鷺は尋ねる。これは至って普通の疑問であろう。
あまりに相手に対して失礼としか思えない対応である。
男もそれは承知しているらしく、スミマセン、と一言いう。
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
ちらり、と視線が今度は下に向く。
そこには白い毛をした犬が白鷺のよこに立っていたからだ。
「犬が苦手でして……それに、部屋に入られると、同居人が困るので」
「大丈夫ですよ、ちゃんと首輪しているので」
そう言って手に持っているリードを見せる。
そこまで言われると、流石に彼も出て来ざるを得なくなり、扉を開ける。
男は灰色のスウェットを着て、胸元にはアルファベットの柄。下は黒のズボンを着用。側面に白いラインが入った物だった。
男が外に出ると、犬はすかさず男の周囲の匂いを嗅ぎ始める。突然の行動に、気が気でない様子で、犬をジッと観察していた。
やがて、犬は何事も無かったように白鷺の隣へと帰っていった。
「ごめんなさいね、この駄犬が変なことしてしまって」
「い、いえ……大丈夫、です」
苦手、と言った事だけあって、男の言葉はぎこちない。
明らかに大丈夫ではない様子だった。
「でも、こんなに可愛い男の子がいるなら、隣の部屋が良かったわね。上の階でちょっと残念」
ハハ、と何処か対応が難しいと感じたのか、引きつった笑い方を見せる男。
「名前は何ていうんですか?」
「えっと……「
「そですかー、また良かったらうちにも遊びに来てくださいね」
「ありがとうございます」
では、と白鷺は犬を連れてその場を後にした。
そして、上の階へとエレベーターを使い、丁度角部屋の上にある部屋へと入っていく。
中には家具一式が揃った部屋が存在した。
その全てが一文字がレンタルした家具であり、家具の一つであるソファーで、横になってどら焼きを食べながらテレビに現を抜かす九条の姿があった。
「ちょい! うちが大変な目に合ってるいうてるのに、なんで九条ちゃんはテレビなんか見てるんや!」
「心配してないからだ」
そう一言告げて、どら焼きを頬張る九条。
落胆を表すかのように、長い溜息が白鷺から聞こえてくる。
「テレビ番組見てないで、監視カメラの映像見てほしいんやけど?」
白鷺は隅にある幾つものモニターが分割して映るパソコンを指さす。
そのモニターは全て角部屋の通路から、エレベーター、入口の動線全てをチェックできる監視カメラの映像であった。
「昼から活動するとは思えない。それに、どうだったんだ? キリの反応は」
九条の連れる式神のキリはその卓越した鼻で相手が悪鬼かどうか嗅ぎ分ける事が可能。それで白鷺と一緒に連れて行かせたのだが。
「生憎やけど、反応無し。といっても、誘拐したっていう男の子のほうやけどな」
「男は悪鬼ではない、か」
面倒な事だ、と九条はぼやく。
「でも、めっちゃ可愛い子やったで。あんなに可愛い子とは思わんかったわ」
「詐欺師が言うなら私の好みではないという事は確実か」
「でも、九条ちゃんとは並ぶといい感じやで。背格好も同じぐらいやわ」
「興味なし」
「はぁ。じゃあ、九条ちゃんの刀でパパっと片付けんの? 人とあらば、人を斬り、やろ?」
「悪人であれば、迷うことなく切り捨てる。で、お前の見立ては?」
肩をすくめる白鷺。
立つのも疲れたのか、九条が寝ている横に腰を掛ける。
「あれは、あかんな。色んな意味で」
「というと?」
「あれは行動に迷いのない眼やな。純粋に、一途。薬にもなるけど毒にもなる。一歩間違えれば行きつくところまで行く眼やな。まぁ、悪いけど、悪人には到底みえへん」
「それだけか?」
「いや、面倒な事が一つある」
白鷺はかけていたサングラスを少し下にずらす。
そこには青と黒のオッドアイが見える。
「あの男、相当できるで。敵にはあんまりしたくないわ」
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