第3話 28番目の世界
――28番目の世界。
それは神様が管理している世界のうちの一つ、のようだ。
名前の数字に意味はないという。
かつてこの世界には、数千年の眠りから目覚めた魔王がいた。
その咆哮とともに、魔物の群れが大地を蹂躙する。街は焼け、王は倒れ、人の領域は一つ、また一つと失われていった。
世界が闇に沈もうとしたその時、神はついに手を伸ばす。
――ひとりの人間の魂に。
『
学校へ向かう途中、トラックの前に散った若者。どこにでもいる凡庸な命だった。
しかし神は、その命に機会を与えた。
「異世界へ行ける」と聞いた雄矢は、涙を流して喜んだという。
神はその願いを聞き入れ、28番目の世界――『グラディア王国』へと送り出した。
授けられたスキルは『
その名の通り、尽きることのない力。
炎は国を焼き、同時に救い、
水は潤いを与え、やがて血を洗い流した。
風は敵を吹き飛ばし、光は闇を裂いた。
雄矢の歩む跡に残るのは、勝利と――静かな屍山。
彼は三人の仲間を従え、わずか一年で魔王を討ち果たした。
人々は歓喜し、雄矢を“英雄”と呼んだ。
だが、神々ですら見誤ることがある。
王国に凱旋したその日、事件は起こる。
『雄矢による国王と王女の殺害』。
英雄は王を屠り、王座を奪った。
誰も抗えず、誰も逃れられなかった。
彼の掲げた旗の下、隣国は次々と膝を折り、血と税が流れ続ける。
――その暴政は、今もなお終わりを知らない。
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「――と……マジで最後の方はどうしたお前? って感じだったな」
将斗は腕を組み、草原を眺めながら呟く。
白い部屋はもうどこにもなく、爽やかな風が吹き渡る草原が広がっていた。
ここが、雄矢が暴れた28番目の世界だ。
周りには何も見えない。一面に草原が広がるばかりだ。とりあえず進んでみれば何かが見えるだろうと歩を進めようとして――
「一旦整理しよう……」
将斗は独り言をつぶやきながら伸びをする。
「まず、その一。俺は鈴木雄矢って人から『
なぜ三日目の昼なのか。それは『
これに関しては神様の都合でしかないが、従わざるを得ない。
「その二、この世界で死ぬ、もしくは期限を守れなかった場合、消される」
理由は、こんなこともできない無能は必要ないからだ、と神様は言っていた。
これに関しても神様の都合でしかないが、従わざるを得ない。
「その三、俺にはチートスキルがない」
これに関しては、神様の力がもう残ってないことが原因なので神様の都合でしかないが、従わざるを――
「ああああああ!! あいつの都合ばっかりじゃねぇかよ、最っっっ悪だ! 念願の異世界転生なのに全然乗り気にならねぇ! というか目的果たさせる気あんのか?! なんなんだあいつ!」
将斗は不満を漏らした。
頭を抱えゴロゴロと草むらの上を転がる。思い返せば草むらにくるのは久々だ。小さい時は毎日のように遊んでいたはずなのに。
この年で久々にやるのは意外と心地よい。
なぜこんな楽しいことをしてこなかったのか、答えは明白だった。自分はインドア派である上、友達がいないせいで利用しなくなったのだ。
その事実に悲しくなる。
「神様のせいだ……違うか……」
できもしない目標を掲げ、起きあがろうとしたその時。
「はっ?!」将斗はすぐさま顔を上げた。
よくよく考れば相手は神様。こんな姿でさえ今も見られている可能性を感じ、すぐに姿勢を正した。
最悪の場合、目的に反した行動を見つけた瞬間消されるなんてこともあり得る。
その考えが頭をよぎった瞬間、冷や汗が将斗のこめかみを伝って落ちていった。
「んっ! んんっ! ま、まぁ……さ、サポートは充実してるから……一概に最悪だとは言えんわなぁ~」
人差し指をくるくると回し、わざとらしく大声でそう言った。不服だなんて思っていませんよアピールだ。手遅れだろうが。
「そうだ、もうアレやるか。本当にできるのかどうか……」
立てた指でおもむろに二回、空中で円を描く。
――すると目の前に薄紫の四角い板が現れた。
「おぉー!」
目の前のそれは浮いていて、神様が出したような空中モニターに酷似していた。表面には『ステータス』と表示されていて、またその後ろには『スキル』と表示された板が重なって浮いている。
触ると軽い抵抗がある。質量を持ったホログラムとでもいうべきか。
「すっげぇ、初めて見た……当たり前か」
その板を『ステータスウィンドウ』と神様は呼んでいた。聞き覚えしかない。
その名の通り、使用者の
これは神様が転生者を送るようになった時、役に立つだろうと思って担当する全世界に『実装』したらしい。
異世界あるあるな物体の登場に少し目を輝かせる将斗だったが、その輝きは徐々に失われていった。
というのも―
「なんか作りが、雑じゃね?」
『ステータス』と書かれたこの板に表示された情報は主に3つ。
一つ目は名前だ。『渡将斗』と表示されている。
二つ目は謎の青い棒。ゲーム知識で補うとすれば何かの残量を表していそうだ。
三つ目は服。人体を極限にまで簡略化したイラストから、引き出し線が伸び、線上に服の名前が表示されている。
下半身から伸びた線上に表示されていたのは『ジーパン』。
ブランド名などなく、ただただ『ジーパン』とだけ表示されている。
上半身から伸びた線には『シャツ』との表示。
しかもフォントもサイズも全部バラバラなせいで読みづらい。ド素人のプレゼン資料か。
「青いバー以外いらんだろ……」
大体これは本人が見るだけなので、自身の名前がデカデカとの記載される意味がない。
服に関してもブランド名など表示せず、ただ単に種類名を載せているだけなのだからこちらも必要ない。ブランドと言ってもユ○クロだが。
求めていたのは自身の筋力や、身体能力が数値化されたものが表示されるものだった。筋力100、敏捷100といった具合のゲームで見るようなもの。そんなもの一切ない。年齢すらないのだ。
「フリーゲームでももっと力入れてんぞ」目を細めウィンドウを見た。
「あの人……こんなのに力使ってるから、すっからかんになったんじゃないのか?」
文句を垂れるが、まだ希望は消えていない。
本題はここからだ。
将斗は裏側にあるスキルと書かれた部分を押した。
するとウィンドウが回転してスキルと書かれた画面が入れ替わるように表示された。
そこに表示されたのは――
『
『ランダム 残り二回』
――の二つだった。
**********************************
「あなたには
神様は紅茶を口に運ぶ。その動作ひとつひとつに、将斗の手は少しだけ震えた。
「へっ……へぇぇ〜。なんかこう、鍛錬とか無しに貰えちゃうもんなんですね」
声が少し裏返る。自分でも気づかないうちに、息を止めていたらしい。
「そうなんですよ。便利ですよね、スキルって」
神様の笑みが微かに鋭く光るように見え、将斗は思わず背筋を伸ばす。
「ははは……」
愛想笑いを返すが、手は紅茶のカップに触れることすら躊躇していた。
数分前に消されかけた相手と向き合っているという事実が、まだ体に力を入らせる。
もし急に豹変して消されでもしたら――そんな想像が頭を過ぎり、将斗は唇をかみしめた。
紅茶には何か入っていそうで、口をつける気にはなれない
そもそもこんな状態では味もしないだろう。
「そうそう、ここで注意点が一つ。そのスキルは神のスキルです……いえ、神のスキル、でした」
「でしたっていうか、神のスキルは作れないんじゃ?」
神様は手に持った紅茶の香りを楽しんでから、ゆっくり皿の上に戻した。
「確かに、神のスキルは作れません。神のスキルは基本『発動条件が簡単』で、なおかつ『能力の強い』もの。ただし条件を付けて弱くすれば、神のスキルじゃなくなります。その分、作るのに必要な力も少量で済む。だから今の私にも作れたんです」
「そういうものなんですか。なんか条件付けるのに逆に力使いそうなんですけど……」
「なんと言いますか……それを実現させるほどの世界への影響、それがが少なくなるので、逆に低コストになるみたいな」
「しっくりくるような……来ないような」
スキルが強いと世界側に負担がかかる。そう考えてみるが、イマイチどうしてそれが繋がってくるのか、将斗は首を傾げて考えようとしたが――
「というわけでこのスキル。本来は『視界に入っている対象のスキルを問答無用で奪える』ものでしたが、色々弄って『対象に直接触れて、「コレクト」と言えば、触れた相手のスキルを奪える』というものになりました」
「頑張って本来の状態にしてくだい、今すぐ」
「さらに発動できる回数が二回までになっています」
「それソシャゲだったら炎上するぞ!?」
聞いただけでも、強すぎるのでナーフしましたと言ったら数時間のうちにはSNSが大荒れになるレベルの弱体化。
対象に触れると言う条件から、接近戦は必死。もし不発などの失敗をしたら即死かもしれないという悪夢がちらつく。
「回数二回制限の、直接触れないと奪えないって……相手は神のスキル使えるんですよね。無限の魔法使うんですよね? どう近づけって……? 俺には無理」
「何か言いました?」
「いや無理って」
「できないの?」
「やりまぁす!」
拒否権がない。
「大丈夫ですよ」神様は悠然と紅茶を一口飲む。
「残っていた力を使って、とぉってもいいスキルを二つご用意しましたので、安心してください」
「とっても?」
「はい、とおっっても」神様はウインク。
将斗はその無邪気さに、心の中でちょっとだけ舌打ちした。
「消される云々がなければ、めっちゃ可愛いのに……」
右手が消えかけた。
************************************
「とてもいいスキルとやらを二つももらえるのなら、まあ」と安心していたのはつい数十分前のことだ。
『ランダム 何らかのスキルを得る 残り二回』
『使用しますか? YES NO』
スキル画面に表示された『ランダム』を押すと、こんなメッセージが出てきた。YESとNOは押せるようになっていて、どうやら画面上で操作するタイプらしい。神様が何も言ってなかったことにモヤッとしたが、仕組みは単純そうなので問題なさそうだ。
……問題は、その中身だ。
「何がとてもいいスキルだよ! とても良くねぇよ! 良いスキルか悪いスキルかも決まってねぇじゃねぇか! ああもう! 詐欺だろ! てか二つじゃねぇよこれ、二回使えるってだけじゃねぇか!」
草原に響き渡る怒鳴り声。
風が「知らんがな」とでも言いたげに、将斗の髪をなびかせていく。
「はぁ……ああ、あれか? 知ってるぞガチャだろこれ。ガチャ転生だったのか、俺の転生は……?」
文句を言っても始まらない。
将斗は意を決して『YES』を押す。
本当にガチャなら、引きが良ければ無双できる――そう信じた。
「SSレアよ来てくれ」
文句言っても仕方なく、早速『YES』を押す。
ガチャ転生――いいものを引き当てることができれば無双できるやつだ。
『本当に使用しますか?』
「無駄に2段階認証システムつけてやがる」
再び『YES』を押すと、『スキルを得ました』の文字が浮かぶ。
どうせならと二回目も連続で使用。
再び『スキルを得ました』が表示され、ウィンドウに新しい項目が追加された。
『超強化 身体能力の超向上 常時発動』
『
ゲーム脳の将斗は、すぐに理解した。
「常時発動」=常に発動してる。
「詠唱時発動」=唱えたときに使える。
つまり、スキルの片方の『超強化』が働いているはず――なのに。
「うーん、何か変わったってわけではなさそうなんだよな……」
腕、足、腹。どこを見ても普通。
強化どころか、少し情けない体型のままだ。
ただ、足元を見るとスニーカーが履かれている。
「……スキル説明だけじゃいまいちピンと来ないな」
苦笑しながら首を傾げる。
「発動に必要なレベルが足りないとか? でもレベル制ならステータスに表示されるよな――」
そう思いつつ、ふと靴が少しずれている気がしてつま先をトンと地面に当てた。
――ドンッッ!!
「へ?」
足元から重い音。
ついでに視界がおかしい。何か、向こうに建物が見える。さっきまでは見えなかったはずだが。
違和感を覚えて下を見た瞬間、言葉が消えた。
「え?……は?! はぁぁぁぁ?!」
足元にあったはずの草原が、遠い。
将斗の身体は――宙に浮いていた。
すでに頂点を過ぎ、ゆっくりと自由落下を始める。
「おいおいおい?! やばいやばいやばいやばい! やばい!」
死ぬ高さだ。いや、確実に死ぬ。
「終わったぁぁぁぁ……!」
将斗は目を閉じ、地面に叩きつけられた。
風を切る音、芝生の弾力、そして――鈍い衝撃音。
……数秒。
「……あれ? 痛くない……?」
目を開けると、無傷の自分。
背中にも血はない。腕も脚も問題なし。
恐る恐る立ち上がると、胸の奥が熱くなった。
「まさか……」
足に力を込める。
――次の瞬間、風が爆ぜた。
************************************
草原を――人間離れしたスピードで駆け抜ける影があった。
もちろん将斗だ。
「すげぇぇぇぇぇぇぇ!!!! FOOOOOOOOOOO!!!!」
風圧で髪が逆立つ。頬を切る風が痛い。けどそんなの関係ねぇ!
笑いが止まらない。興奮が全身を駆け巡る。
「最っっっ高ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
走っているだけで、心臓が爆音を鳴らしていた。
もはや走るというより――滑走。地面との摩擦音すら追いつかない。
「ほっ!」
軽く地面を蹴っただけで、体がふわりと浮く。
視界が高い。見下ろす草原がやけに小さい。
「うおおおお!? 高っ!? え、これ飛んでない!? ……いや跳んでるわ俺!!」
着地と同時にもう一歩。地面が弾けるような音を立てて、また身体が加速する。
風景が一瞬で流れ去る。速度感に脳がついていかない。
「やっべぇ……これ、完全に『超強化』の力ってやつだな……!」
走るたびに笑いが漏れる。
跳ぶたびに心が軽くなる。
異世界って、こんなに楽しいんだっけ?
「異世界余裕だわ!! アハハハハハハハ!!!!」
勢いのまま、遠くに見える建物へ一直線。
自分でも止まれない。いや、止まる気もない。
「待ってろ異世界ライフゥゥゥゥゥァァァァァ!!!!」
静寂な草原を、ひとりの男の奇声が突き抜ける。
神様の言葉も、使命も、この瞬間だけは全部吹き飛んでいた。
――将斗は確信していた。
この力があれば、何だってできる。
異世界なんて、もう怖くない。
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