スキル返してもらいます!!
味噌煮
プロローグ
女は何もない荒野に立っていた。
彼女はなにもせず、ただ目の前の光景を臨むだけであった。
女の視線の先には二人の男。
「は……ははは。そうか……あははははははっ! これがっ! これが君の物語か!」
一人は膝をつき嗤っていた。
血が流れ落ちる肩を押さえ、そのまま向かい合う相手を心から畏怖し、嫌悪した表情で見つめている。
その体は震えている。
その震えは恐怖によるものか、それとも感動によるものなのか。
「素晴らしいよ。本当に」
そう言いながら立ち上がる男。
肩の傷からその手を離す。
目を覆いたくなるような裂傷だ。
「君を追い詰めた甲斐があった」
そう言った刹那、その体が白い輝きに包まれる。
すると男の肩から流れ出ていた血が、傷に吸い込まれるように戻っていく。
それに合わせ、傷も端から徐々に塞がっていった。
10数秒も掛からないうちに、肩にあったはずの裂傷は痕一つ残さず消えた。
「あんなことで世界を終わらせるなんて……アハハッ……本当に人間は面白い」
相手は何も言わなかった。
話を聞いている様子もなく、ただそこに居続けていた。
「本当に想定外だったよ。キミなんかに、語り継がれる英雄も即席の転生者も敵わないとは。挙句このボクにまで届くなんてね……いいものを見させてもらったよ。この現象については研究しがいがあるし、当分は退屈しなさそうだ」
そう言って相手を一瞥すると、
「もう聞こえてはいないんだろうがね」
嘲笑まじりに吐き捨てる。
しかし目の前の存在は何も言わない。
――表面の全てを黒一色に塗りつぶされたその存在が会話が成り立つモノなのか、定かではないのだが。
黒一色。この存在を表現するにはそれ以外ない。
人型にも見えるが、漂う黒い靄が輪郭をはっきりさせない。
たまたま人の形をしているかのように見えているだけなのかもしれない。
――その存在が少し動いた。
それを見ていた女性は咄嗟に手を伸ばす。
これ以上、被害を拡大するわけにはいかないからだ。
だが、すぐに力を抜いたようにその手を下ろした。
「駄目……だって彼はまだ……」
力なく呟く。
「彼の魂は……」
その言葉は誰に向けたものか――。
「まだ、そこにあるはず……」
アレを裁く力はある。
しかし、それを振るうわけにはいかなかった。
女性はあの黒い存在の正体を知っていたから。
「そんなに大切だったなら、止めたらどうだい? キミの力でさ」
振り返ったあの男が、できないとわかっているのにも関わらず声を掛けてくる。
女性は言い返せず苦悶の表情を浮かべた。
できないが、やらなければならない。
その責任が彼女にはあった。
静寂が辺りを包む。
この周りの荒野はあの存在が作り出した世界だ。
数分前まで、木々や獣が、人間が――あらゆる命が溢れていた。
それをあの存在が作り変えた。
この命なき、荒野へ。
これ以上は、許されない。
だから彼女が止めなければならない。
あの存在へ命を奪い去った罪を償わせるために。
女性は止められなかった責任を果たすために。
しかし動けない。
男はそうやっていつまでも迷っている女性を尻目に嘲笑すると、
「さてと、また会う時があればこちらも本気で応対してあげよう。だがまあまずは、人間の器でそれを耐え切れるのかどうかにかかっているけどね」
そう言って一瞬にして消え去った。
姿形はもはやどこにもない。
「……」
男が消えると黒い存在の、頭部に当たる部分が、まるで首を持ち上げたかのように動く。
そして腕であろう部分をゆっくりと持ち上げ始める。
黒き存在はやがて体の前で両手の側面同士を合わせると、まるで何かを掬うかのように構えた。
――するとその両手の上に小さな光の球が現れる。
黒い光を放つ球だ。
ビー玉くらいの小ささ。初めはその程度だった。
だが次第にその球は徐々に大きくなり始める。
やがてそれがソフトボールくらいの大きさになった時、彼は上下からその手で挟み込んで押し潰した。
「……ぁ」
そこで女は彼が何をしているのか理解した。
そしてすぐさま彼女は早口で何かを唱えた。
「……」
黒い存在は何も言わないままだ。
球体を包み込んだその手を見つめ続けている。
静寂の中、黒い存在を中心に風が起き始めた。
その風はますます威力を増し、距離をとっていたはずの女性の髪も強く靡くほどになり始めた。
すると黒い存在は合わせた手を開き始めた。
少しずつ。
少しずつ。
そうして手と手の間に隙間が生まれる。
それと同時に――
「……見捨てたりしませんから。だから……今はどうか……」
女は俯きそう言って、男と同じように跡形もなく消え去った。
一人残された黒い存在はその手を一気に開いた。
――黒い閃光が迸る。
手の中で凝縮されていた球体のエネルギーが爆発し始め、急速に拡大し、全てを飲み込んでいく。
その物質が何なのかは誰にも分からない。未知の物質か。それともただの光なのか。
質量があるのかすら、誰にもわからない。
世界が黒く染まっていく。
やがて、全てが漆黒に染まった。
そこに光はない。
大地もない。
音もしない。
匂いもない。
何もない。
何も。
だから黒い。
ただ暗い。
瞬く間に世界は在り方を変えた。
何もない、無が支配する空間へと変化した。
ここにはもう何もない。
この世界は崩壊を迎えたのだ。
たった1人の人間によって――
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