第27話 朝日が登ると綺麗に終われる
ファング王国の玉座の間。
数時間前に落ちてきた隕石で天井が破壊され、同じく壁も崩れ落ちていた。
なんとか残った壁の一部には何かが衝突したような痕がある。その下に白目を剥いた雄矢が横たわっていた。
クリスが容体を確認したところ気絶していることが判明した。
彼の顔面は腫れていて痛々しいため将斗は目を逸らし、グレンの方を見た。
グレンはルナに背中を支えられた状態で座っており、同時に左腕の傷を治療してもらっていた。
「大丈夫か、グレン?」
「なんとかね。ルナがいてくれて助かった」
グレンがルナに微笑みかける。
ルナも微笑み返して見つめ合っている。
「まあ俺ごと雄矢ぶっ飛ばすくらいだから心配するほどでもないのか」
聞こえないくらいの声量で将斗は独り言を漏らした。
大袈裟に言っているようだが、一切誇張していない。
将斗とグレンはほぼ同時に雄矢を殴った。
魔力暴発の影響と大怪我を負っているのにもかかわらず、グレンの拳は強烈で、将斗の拳を押し返し、本当に将斗ごと雄矢をぶっ飛ばしたのだ。
なおナイフが刺さった状態で雄矢の手を握っていたので、吹き飛ばされた後左手が『とんでもないこと』になったが、グレンに心配される気がして咄嗟に隠したことは秘密だ。
「将斗、ところで……」
グレンが伏し目がちに将斗に語りかける。
よほど聞きづらいことを聞こうとしているのだと将斗は思った。
「ん?」
「レヴィはどうなった」
将斗の言った通りグレンはレヴィを掴む手を離した。
その後のことは全て将斗に任せていたから気になるのは当然のことだ。
将斗は親指を立てて
「生きてるよ。どこも怪我させてないし。問題があるとすれば道端に置いてきちゃってることくらいだ」
「そうか、後で迎えに行こう。……それにしても本当によかった」
「はは……」
将斗は苦笑いで返した。
確かに彼女は無事だが――
グレンは安心したように息を吐いて、胸を撫で下ろす。
そしてもう一度将斗のほうを見て、
「――それで、どうやって助けたんだ?」
その問いに将斗は一瞬だけ目を逸らした。
左手を隠したこと以上に聞かれたくないことだった。
「その……俺の
将斗は少し歯切れを悪くしながら説明していく。
「その……例えると――」
「例えはいい。僕が知りたいのは君が何をしたのか、だ」
「う……その……」
グレンが真っ直ぐ見つめてくるものだから、将斗は完全に目を逸らして説明する。
「一旦地面に落ちて死んで、その後生き返るだろ? そしたら落ちてくるレヴィと入れ替わって、その時にレヴィが持ってた落下の速度とかを全部俺が入れ替わった後引き継いだって言うか……」
「つまりレヴィは地面の上で止まってる君と入れ替わったことでなんの傷を負うこともなかった……か。なるほど……」
「理解力Sランクかよ。正解です」
将斗はふざけた世辞と「ははは」という乾いた笑いでその方法の裏に潜んだ、残酷さを誤魔化した。
このレヴィを助ける方法のヒントは雄矢と戦っていた時にあった。
戦いの中で火球と入れ替わった時、将斗は下方向に引っ張られるような強い力を受けた。その勢いを利用して殴ろうとしたのだが、あの時は失敗に終わった。
そして入れ替わった火球はというと雄矢の方に向かって飛んでいた。
あの出来事で
「ははは」
「なぁ将斗」
「いやにしても一件落着。みんな生きてるし、ハッピーエン」
「将斗」
真剣な目でグレンが将斗を見つめてくる。
そんな視線を送られると、連ねて吐いていた軽口など簡単に止められてしまった。
「……なんだよ」
「つまり君は二回死んだことになるよね?」
「その……ごめん」
グレンにそう言われ、その作り笑いをやめた。
そう簡単に隠せるものではなかった。
地面にぶつかり、生き返ることで落下運動0の状態にした将斗は、レヴィと入れ替わった。だからレヴィは、まるでずっと寝ていたかのような状態で地面の上に現れる。
そしてレヴィが持っていた落下という運動はもちろん将斗が受け継いだ。
貰ったその運動を押し付ける相手などいるはずもなく、将斗は二度地面にぶつかることとなった。
『これ以上君を死なせるわけにはいかない。友人にもうそんなことはさせない』
グレンに言われたその言葉を思い返し、将斗は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
グレンの思いを真っ向から裏切って将斗はあの行為に及んだのだ。その方法しか思いつかなかったとはいえ、自分が落ちるために無理矢理レヴィを蹴落としたのも含めて将斗は取り繕う言葉さえ出てこないほどの罪悪感に苛まれていた。
そのための「ごめん」だったのだが、グレンは首を横に振った。
「謝ることじゃない。悪いのは僕だ。その選択をさせる事態を招いた僕の責任だったんだ」
グレンは許してくれた。
そのことに安堵感を覚えるが、将斗自身がまだ自分を許せていなかった。
「いいや超心配かけただろうし、それ踏まえたら悪いのは俺の方だよ」
そうして二人は「いや俺が」「いいや僕が」とどちらも自分が悪いと言い合い始める。
言い合うようなことでもないのだが、それでも言い合ってしまう理由として将斗は自己肯定感が低いのが原因で、グレンは正義感が強いのが原因だ。
やがてグレンが「操られて負けそうになったんだから僕の方が悪い」と言い出し、将斗は将斗で「俺がもっと早く来てればお前に怪我させることなくさっさと終わっていた」と言い出してキリがない。
「二人とも!」
そのやり取りに耐えられなくなったからなのかルナが口を挟む。
「我々は勝ったんです。そんなことで子供みたいに喧嘩しなくてもいいじゃないですか」
「喧嘩じゃない」「いや別に喧嘩じゃないし」
「はたから見たら喧嘩です」
「……」「……」
そう言われ、将斗は何を意地になっているのかわからなくなった。
「勝ったし握手でもしとくか?」
「……え? なんだいそれは」
「締めの握手……的な?」
そんなことを言ってグレンに近づいた。
「何を言っているんだか」そんな風にグレンも少し笑っている。
「マジでこれ何の握手扱いになんのかな。仲直りの握手か?」
「……フッ、なんだろうね」
そう言いながら二人は固く握手を交わした。
なんだか照れ臭くて将斗はまたもや目を逸らした。
「うーん……」
握手をしながら将斗は雄矢を一瞥した後、遠くの空を見た。
月が沈んでいたのとは逆の空を。
「――どうした?」
「いや……」
将斗は目を細めたりしながらその方向を観察し続けるが、暗い空が写っているだけだ。
「ここで朝日が登ると綺麗に終われるなと思って」
「……フフッ、なんというか君は――」
グレンは吹き出した後、目を閉じるほど笑ったまま
「締まらないね」
「褒めてんのかそれ」
――こうして雄矢との戦いは幕を閉じた。
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「ちょっと待って、私別にあんたらの握手とか、締まりが悪いって話を聞きたいわけじゃないのよ。もっとあるでしょ変なとこが」
疲労が溜まりに溜まってベッドに直行の後、お昼まで寝ていた。
そして今、将斗、グレン、レヴィの三人は、テーブルを囲んで王城の一室でランチタイムを始めていた。
テーブルにはルナも一緒になって座っている。
レヴィだけは最後の展開を知らなかったため説明していたのだった。
そのことを聞いた彼というとウィンナーを刺したフォークを将斗に向けていた。
「聞いてる?」
「レヴィそれ行儀悪くね」
「そうだぞ、恩人なんだからもう少し礼儀くらいは持ち合わせておいた方が――」
「いいのよそこら辺は! 私が聞きたいのはスキルを奪ったところよ。なんでルナが回収を持ってんのよ」
「それは……」
将斗はパンを口に運びながら考えこんだ。
焼き立てで香ばしく、食感はもっちりとしている。それを感じつつ考えているのは、『言い訳』だ。
「何よ、はっきりしなさいよ。ってルナに聞けば早いか。ねぇルナ、どうなってたのその時は。将斗が来た時にスキルを入れ替えたってこと?」
「いいえ? 私は最初から
「最初って?」
「ええと、昨夜将斗さんに不死身になれるようにもう一つのスキルを交換して差し上げた時ですね」
「え、そこから? 交換したの『超強化』じゃなかったの? じゃあお城の壁を登ってたのは何?」
するとグレンが自分の口を拭いて
「わかったぞ。クリスだな?」
グレンがそういうとルナが頷いた。
「彼女は『隠密』で姿を消せる。僕らが見ていたのはルナが駆け上がっていく姿ではなく、見えなくなったクリスに抱えてもらって城を登っていくルナの姿だったんだ」
「そう! 流石グレンね」
そう言ってルナはグレンの肩に頭を預けた。
「ねえ待ってよ。ルナが
レヴィが身を乗り出して将斗に聞いてきた。
「いや……その……」
将斗は気まずさから持っているナイフの峰の部分を人差し指で何度も擦る。そして冷や汗を流していた。
「まぐれだったんだよね実は」
将斗以外の三人が手を止めた。
よほどの衝撃があったのか、レヴィがナイフを落とした。
「あの……さ、全身黒焦げになると判断力が鈍るっていうか。それで間違えて
ルナが目をパチパチさせている。
これはルナもこの事実を知らないということだ。
「でもさ、隕石は止めないとだから
その時レヴィが持っている食器をテーブルに落とした。
その顔は青くなっている。
「じ、じゃあ勝った要因って、将斗がスキルを間違えて入れ替えたのと、雄矢が魔力暴発をしたことじゃない? これ運が良かったで済まされる……? なんか寒気がしてきたんだけど」
「まあそう言うなレヴィ。将斗は今回の一番の功労者でもある。咎めることはない」
そういうグレンだったが、彼も彼で飲み物を口にしようとするその手が震えていた。
「ただ、情報の共有はして欲しかったね……」
「本当に申し訳ない」
「私なんか、スキルを奪う役目を任されたのかと思って、それでクリスに頼んで玉座の間へ……」
「う……本っ当に申し訳ない!」
将斗が気にしていたのはこの一連の情報の共有をしていなかったことだ。
玉座の間でルナが雄矢に挑んで行ったのはスキルの交換ミスが原因だと将斗は推測している。スキルを奪うスキルをなんの説明もなく渡されたらそう思ってしまうだろうと。
死にまくっていて余裕がなかったし、それでも最終的に全てが上手くいった。それでも、将斗はよくない事だったと気にしていた。
つまり、今回の戦いの流れはこうなる。
雄矢に大火傷を負わされた将斗は、ルナの咄嗟の判断によりスキルを入れ替えることができ、不死身の力を手に入れ一命を取り留める。
しかしその時、スキルを奪う
だから将斗は先に隕石の対処を優先した。
雄矢の前で「スキルを奪うぞ」と言い放ったのは
激闘の末、雄矢が隕石を作るのを忘れ、グレンが空に飛んでくる余裕ができた。そこで降参してくれると思っていた将斗は、非常に甘い考え方をしていた。
その後、雄矢が魔力暴発を起こす。将斗が危険性を訴えたにもかかわらずだ。戦いは玉座の間へ場所を移すこととなるが、これが吉と出た。
グレンへの洗脳と、クリスの魔法矢への防御で雄矢の手がいっぱいになっていたあの時、おそらく雄矢はルナが『超強化』を持っていると思い込んでくれていた。
それにより接近を許されたルナは、雄矢のスキルを奪うことに成功した。
そして将斗が『超強化』を持っていたので、唯一残されていた玉座の間へのルート――城の壁を駆け上がって行くことができ、ギリギリのところでルナの救出に間に合ったのだ。
「――でも感謝している。君のおかげで僕たちはあの男に勝てたんだからね」
「おかげって過大評価すぎね?」
「いや、正当な評価だ。君のおかげで救われた場面は多々ある。感謝しても仕切れないくらいだよ」
「そ、そうか……?」
照れを覚えて、大きくちぎったパンを口に放り込んで咀嚼。
ほおが熱を持っている気がして手でパタパタと仰ぐ。
感謝されることに将斗は慣れていないのだ。
「確かにあんたがいなかったらどうなってたか……私からも礼を言うわ。ありがとね」
「い、いい、いいよ、大丈夫。恥ずい。恥ずいから。慣れてないから俺」
目を逸らしてそっぽを向く将斗。
その耳が真っ赤なことに気づいたレヴィはニヤリと笑って
「将斗ありがとー!!」
「なっ?!」
抱きついてきた。
「なんで?! なにしてんの何? なっは、は? は? 何?」
――将斗は女性経験が無い。
二十歳をとっくに迎えているが本当に経験がない。
胸のあたりに感じる柔らかい物体が何かを考えただけで将斗はその顔の赤みを濃くしていく。
「やっぱり照れてる〜。ほれほれ〜」
「ちょっと離し……グレン! ヘルプ! 助けてくれ」
レヴィを引き剥がしたいが女性の体を触っていいのかすらもわからない将斗は、グレンに救助を要請。
グレンはそれを聞くと爽やかイケメンスマイルを作って
「将斗、本当にありがとう」
「ぅぐ言葉で攻めんなっ」
「私からもありがとうと言わせてください」
ルナも加勢しだした。
「あぁぁやめてくれぇぇ……」
将斗は赤くなった顔を隠して、ちょっと泣いた。
それが感謝を言われたことによる嬉しさなのか単純に羞恥なのか将斗にはわからなかった。
***********************************
「それで……将斗はこれからどうするんだ?」
賑やかだったランチタイムが終了し、グレンが飲み物を飲んでからそう言った。
「どうだろ。神様は昼に迎えに来るって言ってたような」
「具体的な時間は?」
「いやそこまでは教えてくれなかった」
「じゃあとりあえず外に出てみる? 時間までこの国案内するわよ」
「マジで?! 行く!」
レヴィの提案に将斗は身を乗り出して答えた。
この国に来た時からどうにか散策できないかと願っていたのだ。
将斗はすぐ行こうと置いてあるティーカップを一気に飲み干して
「よし! 時間あるかわかんないし早く行こう! 俺行ってみたいとこが――」
――その瞬間、テーブルが爆発した。
火薬を用いた爆発ではなく、何かが衝突した時に起きる爆発。
その衝撃は凄まじく煙が立ち込めている。
「――っ?! 何?!」
「ルナ下がっていろ」
驚くだけの将斗の近くでグレンがルナを後ろに逃がし、剣を構える。
レヴィも指をパキパキ鳴らし、その手を煙へ向ける。
将斗は天井を見たが、何もない。上から降ってきたはずだったのだが
「ん?……何この感じ。グレンこいつ相当めんどくさそう」
レヴィが目を細めて言う。その発言にグレンが剣に力をこめている。
二人から漂う緊張感に将斗も一応ファイティングポーズをとった。なんと似合わないことか。
やがて煙の中に影が現れ、動き出した。
「いたた……天井は無事だからいいとしても、もうちょっと下でしたか」
その声には聞き覚えがあった。
煙が晴れていき、その者の服装を見て将斗はその人物を完全に思い出す。
「神様?!」
「「えっ?」」
レヴィとグレンの二人が驚いた様子で将斗を見る。
「そうだよ神様だ。間違いないこの人だよ俺をこの世界に送り込んだ人」
「人ではないんですけどね」
そう言って破壊した机の残骸から出てくる神様。
金髪ロングに、整った顔立ち。そして謎の羽衣。間違いなく神様だった。
「三日ぶりですね、将斗さん。あなたが困ってると思って助けに来ましたよ」
「え? いや別に困っては――」
「私としても力をお貸しするのはいささかルールに触れてしまうからよくないとは思いつつも、あなたを消して他の人間を用意するとなると本当に面倒で、と言うかほぼ無理なのであなたにどうにかしてもらわないといけないわけなんですよ」
「は、はぁ……?」
「そこでもう一日追加して……ってなんですかこの感じ」
何やら色々言い出した神様がグレンとレヴィを見て止まった。
そして足元を見て
「……食器? 何を優雅にランチを嗜んでるんですか。スキルはどうしたんですかスキルは」
神様が鋭い目になって将斗に詰め寄ってくる。
「え? と、取り返しましたけど」
それを聞いた神様は「んー?」と、その目を細めて将斗を見てきた
「持ってないじゃないですか。神様に嘘をつくとは何事――」
「あああ、ありますあります。ちょっと待ってください」
将斗は手を振って神様を落ち着かせ、ルナの方を向く。
「ルナさん。ごめんウィンドウ、ウィンドウ」
「あっはい」
将斗が空中に四角くサインを作って言うと、彼女はすぐにステータスウィンドウを出してくれた。
「
スキル画面の不死身になれるスキル二つを返し、代わりに残り0回となった
そしてその画面を神様に見せ
「どうですか」と少し満足げに言ってみせた。
「えっ本当だ。じゃあ三日で終わらしてくれたんですね。すごい、期待以上でした」
「……?」
将斗は神様の反応に引っかかるところがあったが、これについては後にしようと決めた。
なぜなら――
「さて帰りますか」
神様が間髪入れずに将斗の手を握ってきたからだ。
瞬間、将斗の脳裏にこの世界に来た時の風景が蘇る。
一瞬でこの世界に送られるというあの味気ない召喚の風景がだ。
来た時があれなら帰る時も例外ではないだろう。
「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
「なんですか?」
「い、今すぐですか? あと一日追加ってさっき――」
「それはスキルを回収できてなかった時の話で、あるんならあるで帰ってきて欲しいんですけど」
「えぇ……」
将斗はため息まじりにそう呟く。
そうこの神は勝手なのだ。忘れかけてはいたが、この世界に送ってきた理由は滅茶苦茶だった。たった三日じゃ神でも性格は変わらないようだ。
「お別れの挨拶くらいさせてくれませんか?」
「それならいいですけど」
若干不服そうな顔をする神様に、将斗は心の中で「なんだこいつ」と思いつつグレン達の方を見た。
彼らは話に置いてけぼりになっていて固まっていた。
「えっと……というわけで帰ることになったわ」
「本当に神様なの? よく平然と話せるわね。私たちと次元が違いすぎるじゃない……」
レヴィの手が震えていた。おそらく魔力が見れる彼女は神様から何かを感じたのだろう。人間とは決定的に違う何かを。
一方グレンは一息吐いて緊張を解いてから、剣をしまった。
「そうか……まだなんの礼もできていなかったんだけどね。残念だ。もう少し話もしたかったよ」
「俺もだ。それはまた会えた時に取っておいてくれ」
「そうさせてもらうよ」
そういうとグレンは背筋を正し
「将斗。君の働きには心から感謝している。君に会えなかったら……どうなっていたか」
そういうグレンを見て最後だから照れないようにグッと構えた。
「いいってそんなの」
そう言って、より一層ここで彼と話すのは最後なんだなと実感した。
すると将斗は喉の奥が熱くなる感覚を覚えた。
目のあたりも熱くなり、息が少し荒くなってきた。
「君がいたから勝てたんだ。これは本当だ。君のおかげで勝てたんだよ」
「何度も、言わなくてもわかるって」
うまく話せなかった。
将斗は頑張って口角をあげて笑ってみせる。
それを見たグレンは将斗に微笑み返しながら
「君は少し自信がないところがあるだろう? だから他の人間から言ってあげたほうがいいかと思ってね」
「っ……」
「君はよく頑張ってくれた」
「そっ………か」
将斗は泣いていた。
手を口に当て、少しでも嗚咽を小さくしようとするが無理だった。
「俺っ……頑張れてたか?……頑張り、足りてたか?」
「ああ、十分すぎるくらい頑張っていたよ」
将斗には成功体験というものがなかった。
努力して何かを成すことはしてこなかった。
だから失敗することもなかった。
いつしかそれは失敗を恐れる要因となって将斗の努力の邪魔をしていた。
同時に彼の自身も奪っていった。
しかし、この世界で将斗は初めて死に物狂いで頑張っていた。
辛さも痛みも苦しみも全部はを食いしばって耐えて、考えて考えて進み続けた。そして勝った。
だが今度はその結果を素直に受け入れることができなかった。
だから、責任の所在を自分にしてもらおうとし、朝日が登るほうが綺麗などとふざけたことを言っていた。
だがグレンはそういう将斗を理解し、将斗の努力が報われたことを教えてくれた。将斗は頑張っていたんだと。
その言葉によって、感情のダムは決壊し、涙となって流れ出る。
将斗が今流しているのは嬉し涙なのだ。
「あー、ダサいよな。悪い、止まんないわこれ」
腕で必死に拭うも涙は枯れることはない。
涙を流すのは何年ぶりだろうか。
「……俺、頑張れたんだな」
「ああ。君が思ってる以上に君は頑張れるんだ。自信を持て」
「この世界だけだったりして」
「いいや、君ならきっと他の地でもうまくやれるさ」
「そうかなぁ……」
グレンは将斗を肯定し続けてくれた。
その優しさに将斗はまだ涙を止めることができない。
「そう……かもな……」
そう言って将斗は涙を一気に拭いて頬を叩いた。
「よし! グレン、ありがとう」
「どういたしまして」
そしてグレン、レヴィ、ルナ一人一人に目を合わせ
「グレンだけじゃなくて、皆ありがとう。皆がいて、俺を支えてくれて、信じてくれたおかげで今俺はここにいられてる。多分一人じゃ無理だった。本当にありがとう。あと――」
将斗は周りを見回しながら
「クリスいたりする……?」
返事はなかった。
「いると思いますよ。あの子は。多分隠れてるんでしょうね」
ルナが困っていた将斗にそう助言した。
「そっか。じゃあ……クリス! ありがとう。牢屋の時は助かった」
「……」
「返事なしか。あと聞こえてたらでいいんだけど、妹さんにもありがとうって言っといてくれ」
その言葉は部屋に響いて消えるが、レヴィが目を見開いていた。
「……なるほどね。面識あったんだ」
「いや、なんて言うか俺にはなかったけど、向こうはあるみたいだった」
「あるみたいってまるで会ったような言い方ね」
「まあ実際会ったしな」
それを聞くとレヴィが吹き出した。
「会ったってあんた本当にぶっ飛んでるわ。……なんで神様があんた選んだのかわかった気がする」
そのレヴィの反応で将斗も少し笑う。
「さて、帰るかな……あんまり居すぎると帰りづらくなるし」
将斗はそのまま神様の方に近づいて去ろうとした。
「将斗、また会えるのかな?」
背後からグレンがそう問いかけてきた。
「神様のお許しがもらえれば多分来れる……ああー、無し、嘘。違うわ」
将斗は首を振って、振り向く。
「あ……会いにくる。そんときはよろしく」
「ああ、盛大に出迎えよう。国の英雄として、そして僕の友として」
「じゃあね〜」
グレンが笑顔でそう言い、レヴィは手を振ってくれた。
「友かぁ……」
将斗はそんなことを口にしてにやける。
「もういいんですか?」
「はい、大丈夫です」
将斗は神様にそう伝えると神様は将斗の手を握ってきた。
「では行きますね」
「はい」
将斗はもう一度振り返り
「みんな元気で!」
そう言うと将斗と神様の姿が一瞬にして消えた。
ただし彼の痕跡は、彼と戦った者達の記憶に残り続けるのだった。
――こうして28番目の世界での物語はここで終わる。
だが渡将斗――彼の物語はここでは終わらない。
この世界で得たものを持って、彼の物語は続いていく。
なぜならこの物語は、彼の成長の物語なのだから。
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