第26話 勝つためにここへ/365話 無力
月明かりと、至る所で立ち昇る火で照らされた玉座の間。
その中央で、グレンは剣を振り下ろした姿で震えていた。
「ぐっぅうぅぅうう!」
目は血走り、体は痙攣している。
その近くで雄矢が左手をグレンに向けていた。
「ハハッ頑張るねぇ〜、まだこの俺が本調子でないにしても、こんなに耐えられるなんてさ。褒めてやるよ。すごいすごい」
雄矢は必死に抗うグレンの姿を見て笑う。
グレンは目の前の光景を見て絶望していた。今彼の目の前にいるのはルナだ。彼女は足を押さえて動かない。
数秒前、グレンは己の意思に反して剣をルナに振り下ろしたのだった。
彼自身がほんの一瞬の間にそれに気づいて抵抗しなければ、今頃彼女は真っ二つに切り裂かれているところだった。
幸運なことに命を奪うことはなかった。
だがそれでも、守るべきものを己の手で傷つけたことがグレンの心に深く突き刺さる。
己の意思に反した行動。その理由はグレンにはすぐ分かる。
そしてルナも彼の行動の理由をすぐに理解できていた。
グレンが雄矢の洗脳魔法にかかっているということに。
「ルナッ! 逃げるんだ……!」
「でも、それじゃグレンが……くっ」
ルナは動こうとした直後、足を押さえる。
彼女の白い手の隙間から赤い血が溢れ出て流れる。彼女の履いていた白い靴が端から徐々に赤く染まっていく。
傷は思った以上に深い。
――こんな傷……普段だったら我慢できるのに
目の端に涙を浮かべ、ルナは足を押さえつづける。
今まで彼女は傷を受けても、すぐに回復する力を持っていた。
彼女にとっての痛みというのは、短い時の流れとともに次第に薄れ消えていく、そんなものだった。
だからこそ今の、この一切回復する事のない傷の、変化することのない痛みを受け続けることに体も心も耐えることができない。
もう一つの傷を治す手段である彼女の『
「可哀想になぁ、ルナ。俺に楯突こうとか考えるからこうなるんだぜ」
雄矢の粘ついた言い方に、ルナは痛みに苦しみながら、不快感だけを込めた目で彼を睨む。
その一方グレンは振り返ることもできない。
――どうして僕が……!
グレンは洗脳魔法に掛けられている事実を受け切れずにいた。
グレンはあの日。雄矢が帰還したあの日に、洗脳魔法を防ぐ薬を吸っている。
――あの日だけじゃない。新しく薬を作って撒いたはずだ。あれは上手く行った。国民に洗脳魔法が効かなくなっていたから……じゃあなぜ今僕の体は言うことを聞かない!
グレンは何度も動こうと試すが、やはり体は言うことを聞かない。
――いや……違うのか? レヴィが薬を撒いた時、魔力が回復して飛べるようになっていた。だからあの時、僕はほんの少しだけ高いところにいたから、薬を吸っていない……?
新たに作った薬は吸えていなかった。その可能性がグレンの頭をよぎる。
――それでも、二年前の薬の効果があるはずだ……ッ
二年前のあの日、グレンは薬を吸っている。
あれ以降、洗脳魔法を受けた覚えはない。
効果が続いていることはレヴィによって証明されている。
雄矢を襲撃する直前にも一応確認はとっていた。
だとしたら今洗脳魔法を受けている理由は……
「効果が……今になって切れたのかっ……!」
最悪の現実につい言葉を漏らす。
新しく作った薬を吸えず、二年前のあの日に吸った薬の効果が今になって切れた。だから今洗脳魔法を受け入れられる状態になっていた。
こう考えれば筋が通る。通ってしまう。
「ふざけるなっ……」
苦渋の声を漏らす。
――最悪だ
こんな雄矢にとって最も都合の良いタイミングで効果が切れるなど、神がいるのなら、天が彼に味方しているのなら、グレンはその全てを呪ってしまいたくなる。
悔しさでどうにかなりそうだった。
それを見透かしたように雄矢が近づく。
「悔しいなぁ? 王子サマ?」
雄矢はその嘲笑を崩さない。
「お前が来た時から変な感じはしてたんだよ。アレだ。なんかお前だけ洗脳魔法が成功するときの魔力の線が繋がる感じがしたんだよなぁ。ピンってさ。糸が通った感じでさ。ハハッ、まさかとは思ったが、こうも上手くいくなんてなぁ」
彼は手を広げて、天を仰いだ。
「やっぱ流れが俺に回ってきてんだよ。勝つ流れってやつが」
雄矢は嗤い続ける。
その彼の粘つく視線がルナを捕らえる。
「あの野郎が来るのももうちょい後だろうし、少し楽しませてもらうかぁ」
雄矢は左手を再度グレンに向け。力を込めた。
途端にグレンの体が勝手に動き、持っている剣を自分の喉元に突きつけた。
「くっ……!」
「グレン!」ルナが叫ぶ。
グレンの動きはそこで停止する。
だが剣と喉の距離はもう数センチしかない。
一歩間違えれば、動脈を簡単に切り開くことができてしまう。
グレンが抵抗しているからか、腕全体が痙攣している。
その震えすら今は彼の命を奪う要因になりかねず、ルナは気が気でない。
どうすることもできないルナへ、雄矢が手を差し伸べる。
「さぁ、ルナ取引しようぜ」
「……取引……?」
「王子の命が欲しかったら、わかるよな?」
「っ駄……」グレンはルナへ「駄目だ」と叫ぼうとした。しかし、それ以上言葉を発することが出来ない。
「クソ王子は黙ってろよ。これは俺とルナの二人の話だぜ」
洗脳魔法によってグレンの発言の自由が取り上げられていた。
そこまでできるということは、喉元に突きつけられた剣の行き先は雄矢次第だということ。
当然グレンの命を奪う方向にだって動かせる。
ルナは数秒黙ってから、よろめきながらも立ち上がり雄矢を見据える。
「……あなたに従えと?」
「それ以外ねえだろ?」
「そうすれば……グレンは助かるのですね」
そう言ってルナは一歩前へ出る。
「どうだか。んーまぁ、お前の頑張り次第だけどな」
グレンの目がルナを捉えている。
ルナは彼からやめるよう言われている気がした。
だが彼女は覚悟を決めていた。
「……わかりました。あなたの好きにして下さい」
「へぇ」
雄矢は顔を醜く歪ませ、ルナの方へ近寄る。
「言っとくが、少しでも変な動きをしたらこいつの命はねぇ。俺の指先ひとつでどうにでもなる」
そう言いながら雄矢は指を振った。
だが一瞬何かを考えるような素振りをしてから呟いた。
「でもそっか、言葉だけじゃわかんねぇだろうしなぁ――」
――雄矢の呟きと同時に、グレンが剣を振り抜き、自分の左腕に突き刺した。
「ぐっ?! っぁ?! あっ! ぐああああああああああああああああああ!!!」
二の腕のあたりに深々と突き刺さり、血が噴き出す。
そして彼の右腕は、痛みなど知らないという風に機械的に動き、それを引き抜いた。
ブシュッ――
飛び散った赤い血が、驚愕の表情になったルナの顔へ付着する。
数秒の間に起きた惨劇と、頬を伝う温かい液体が、ルナの瞳孔が開かせた。
「グレン!」
咄嗟に彼女は彼の元へ駆け寄ろうと動く。
「動いてんじゃねよ!!」雄矢が怒鳴る。
その声量に驚き、ルナは手を伸ばした状態で止まる。
「なあなあなあ! 変な動きすんなって言ったよな、聞いてねぇのか?!」
「違っ、約束が違います! 私が従っていればグレンを――」
「違えてねぇ。つぅか、命までは奪ってねぇだろ? これはお手本みたいなもんだ、こうなるぞって。見せしめみたいなもんだよ! わかんねぇ?!」
「そんな……」
「そんなーじゃねぇよ。なんて顔してんだよ、安心しろよ……だけど、これ以上勝手な動きするんなら……
――殺すぞ? そいつ」
雄矢の声は冷徹だった。
ルナは体を震わせる。
ここまで他人の命を軽く扱えるのか。
彼は本当に他人を殺すことに躊躇がない。
二年も近くにいてわかっていたはずなのに、何度も見てきたはずなのに、ルナは雄矢のことを甘く見ていた。
改めて実感する彼の残虐さに、ルナの覚悟が揺らぐ。
――ここで従順になったとしても、グレンを助けてくれる保証なんてない。
本当は利口に、彼の思い通りに振る舞う予定だった。
そうすれば助けてくれると思っていた。
甘い考えだったことを痛感させられる。
恐怖に手を震わせながら、ルナはグレンを見た。
彼は痛みで苦し見続けていた。
その腕からは止めどなく血が溢れてくる。
床に血溜まりが生まれ広がっていく。
このままでは失血死することは目に見えている。
治療しなければならない。だがその行動を雄矢は許してくれるはずもない。
――……でも、グレンは死なせない
自分を信じ、待ち続けてくれた彼を。
愛する人を。
――だから危険でも、やり遂げなきゃいけない
ルナは決心し、雄矢に頭を下げた。
「なんでも……します。私はどうにでもしていただいて構いません。だから、だからどうかグレンを助けてください」
その言葉に雄矢は笑みを浮かべる。
すると彼は口に手を当てて
「えぇっ?! 今、今なんでもって? なんでもって言ったのか?! 聞き間違いかなぁ、もう一回言ってもらえる?!」
ルナの覚悟を馬鹿にするかのような言い方だった。
それは彼女にとって屈辱にしかならない。
だがルナは必死に堪えてもう一度同じ言葉を繰り返す。
「なんでも……します」
「へぇへへえ、本気みたいだなぁじゃあ」
喜びのあまりか、雄矢の声が裏返る。
その目はルナを舐め回すような視線で捉える。
「じゃあ、脱げよ。んでもってこいつの目の前でヤろうぜ?」
ルナは喉に蓋をされたように息が詰まった。
胃にあるもの全て吐き出したくなるような気分に襲われた。
覚悟を決めたはずなのに、恐怖が彼女がまともに動くことを拒む。
「早くしろよ」
その言葉にルナはビクッと体を震わせる。
目に溜まった涙が流れていく。
しかし泣いたところで、雄矢は許してくれはしない。
彼女は俯いて、ゆっくりその手を自身の襟元へ持っていく。
「ハハッ、ってことで王子様よく見てろよ。今からお前のお嫁さんのストリップショーだからな」
グレンの体が横を向く。
一歩出たことで隣にいたルナを正面に捉える。
彼女は今、ボタンを外しにかかっていた。
――やめろ、やめてくれ。
震える手がボタンが外していくごとに彼女の服の奥に隠されていた白い肌が見え隠れする。
――動け、動け動け! 動け動け動け動け動け! うごけうごけ! 動けよ!
グレンは心の中で叫ぶ。
悲痛な表情こそ浮かべられるものの、その声を出すことはできない。
この体を今から汚されるのだと思うと、グレンは怒りでどうにかなってしまいそうだった。
その時ふと、ルナが呟いた。
「いつまで……そうしているつもりですか?」
彼女の上半身が露わになっていた。
その顔は俯いていてグレンからは見えない。
「私は、戦います。戦っています。勇気を出しているんです。とても怖い」
下を向いたまま、彼女は続けた
「なのに、あなたはいつまでそうしているんですか?」
スカートを落とし、恥骨のラインが見え始める。
雄矢はその光景に口元を歪ませ、涎を垂らした。
下着を脱ぎながら彼女は話し続ける。
「私だって怖い、動けないのはわかります。でもきっと、どうにかなる。だから勇気を出してみませんか」
グレンはその言葉を聞いて、目を見開く。
彼女はグレンを見てはいなかった。だがグレンはその言葉で自分の無力さに呆れ返った。
――自分は何をしているんだ、と。
彼女が脱ぎ終わった下着を床に落とした。
局部を腕や手で覆い隠し、頬を染める。
彼女の体を覆い隠しているのは、その両腕が最後だ。無理矢理にでも剥がせば簡単に露わになってしまう。
グレンは、何かが切れたように考えることをやめた。
「――おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」
「なっ?! テメェ! 何してんだ!」
隣で突然叫び出すグレンに雄矢がその左手を向ける。
洗脳魔法で制御するつもりだ。
「何っ?!」
制御するはずだった。
だがグレンの体は徐々にその向きを変え、雄矢の方を向き始める。
――洗脳魔法が効いてねぇだと?!
「クッソが……! 手間とらせんじゃねぇ!」
雄矢がより魔力を込めた。
それとともにグレンの体が大きくのけぞる。
そして痙攣する彼の腕が振り上げられ、今度は喉元に剣を突き立てる。
そのまま剣は彼の喉を突き破――
「ぐうぅううううぅううううう!」
喉を突き破ることなく、剣は喉元で震えながら、停止していた。
獣のように唸り声を上げながらグレンは、喉を貫くという命令に抵抗していた。
「クソッ、もういい! そのままで一生耐えてろ、もし生きてたらこいつ使い終わった後、殺す時に使ってやる」
そう言って早歩きでルナに近づく。
「――っ」ルナは裸のまま、後ずさる。
「逃げんじゃねぇよ!」
「嫌っ!」
体を隠すルナの片腕を雄矢は握って引っ張る。
「いやっ、です! 離して!」
「いい加減にしろよ、クソが!」
細いその片腕では男の膂力を振り払えない。
慎ましい乳房が見え、雄矢は不敵に笑う。
隣ではグレンがその様子を見ながら洗脳魔法に耐えていた。
「や……めろ……!」
腕を震わせ、耐え続けるグレンが呟く。
雄矢はその彼の姿を尻目に、ルナの局部へ右手を伸ばす。
「ひひっ、いただきまぁす」
「……っ」
ルナが目を瞑って顔を背けた。
ギギッ――
引き絞るような音が聞こえた。
一緒にバチバチという風な、小さく連続して爆ぜるような音も共に聞こえる。
それは雄矢の右側から聞こえてきた。
今まで聞こえなかった音だと、雄矢はその手を止め、音のする方へ顔を向けた。
その目が見開かれ、そこにいた者の名を口にした。
「アリス……?」
「その間違いは……光栄だな」
大きく、黄色く、雷のように迸る矢を構えた人物がそこにいた。
アリス――ではなく双子の姉のクリスだ。
その弓は雄矢を確実に捉えている。
その姿を見て安心したルナは小さく笑う。
「動けたんですね……!」
彼女の言葉は、クリスへと向けられたもの。
その言葉は届いていた。
「なんでクリスここに……?!ああそうか『隠密』のスキルがあったな陰キャ女ァ!」
雄矢が叫ぶ瞬間、クリスは矢を持つ指を離した。
閃光を携えた矢が、爆発したように放たれる。
「このパワーっ、コソコソ溜めてやがったか?!」
クリスの持つスキル『隠密』は周囲の人間に自分の気配を悟られないようにすることができるスキルだ。ただし攻撃行動に入るとその能力が解除される。
弓を引いた時点で能力は解除されたが、雄矢はルナに気を取られ、今の今まで気づくことができなかったのだ。
十分にチャージされたこの矢は、分厚い岩をも軽々と貫くことができる。
雄矢を狙い真っ直ぐに進んでいく。
雄矢は咄嗟にその右手を矢の方向へ向けた。
その手に矢が突き刺さる直前――矢は透明な何かに阻まれ停止する。
「あっぶねぇ……ハハ、ハハハッ、ツイてんなやっぱり、防御魔法も使えるまで調子が戻ってきてる。しかも洗脳魔法と同時だ。同時に使える! やっぱ俺が勝つように出来てんだな、世界ってやつは!」
「まだだっ!」クリスがそう叫ぶと同時に動きを止めた矢が次第に大きくなっていく。
見えない壁を押し返すように矢が進み始める。
「んだとっ?!」雄矢は右手に力を込め矢の進行を食い止める。
矢の加速。不思議に思った雄矢が矢をよく見ると、尾の部分から伸びた黄色い線がクリスの手と繋がっているのに気づいた。
「まさかこの矢――?!」
「そうだ! 私の
「――っ?!」徐々に押される防御魔法に雄矢は焦った。
「ここで終わりだ雄矢! このまま押し切る!!」クリスが魔力を込め、矢のサイズが拡大していく。
サイズとともに矢がさらに勢いを増し、見えない壁をさらに押し返す。
雄矢は咄嗟に足を踏ん張った。
「ぐぁ、あ、甘えぇんだよ! 今更ノコノコでてきたテメェなんかの、こんなカスみたいな攻撃にィ、俺の防御魔法が負けるはずねぇ! テメェじゃ超えられねぇんだよ俺は!」
「私も…っ!」
魔力の急激な低下を受け、クリスがフラついた。
しかし、その脚で大地を踏み締め持ち直す。
ここで終わらせるために全力を出している。
あの子のためにだ。可憐に笑っていたあの子へ、胸を張っていられるように。
もうあんな後悔をしないためにも。
「私も勝つために来てるんだ! 私は超えてみせる、お前を! あの過去を!」
彼女は叫ぶ。
啖呵を切って雄矢へと立ち向かう。
そうしているのは彼女一人だけではない。
「そうっ……だ……僕らは! ……勝つためにここに来た!!」
雄矢が振り向いた先で、剣を喉元から徐々に引き剥がしながらグレンが吠える。
気力や意志、全てでもって洗脳魔法へ抗いつづける。
「無駄だ! テメェらじゃ! 俺には勝てねぇって! 言ってんだろ!」
雄矢も抵抗を見せる。
両手を左右に向け、その魔力を全力で流す。
命令に反抗していたグレンの腕は再び戻っていく。
防御魔法を押し始めていた矢も逆に押し返され始める。
「うおおおおおおおおおお!!」「うああああああああああああああ!!」
グレンとクリスの二人は叫ぶ。
無限の力を乗り越えるために必死に、全力に、それぞれの力を発揮する。
雄矢は笑みを浮かべた。
――両方耐えれてる。いける。クリスはいずれ限界が来る。アイツはそん時に火球で焼き尽くせば問題ねぇ! 俺は勝ってる! 詰んでるのはアイツらの方だ!
雄矢は二人の抵抗を耐える。
ここさえ耐えれば後は勝てる。
ここさえ耐えれば絶対に勝てる。
負けることはないと信じきっていた。
『――――――』
「っ!?」
だが刹那、将斗の姿が頭をよぎる。
ノイズのように、一瞬だけだったが、それでも雄矢の笑みを崩すくらいには、あの存在は厄介だった。
「ちっ」余計な事を考えたと舌打ちをする。
――問題ねぇ。あいつはここには来れない。階段は瓦礫で塞がれてる。どかすにも壊すにも時間は食う。その間に俺がこいつらを消し飛ばせる。それ以外ここにくる方法なんて無ぇ。この頂に来れるルートは一つも無ぇんだよ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ああああああああああああああああああ!!!」
雄矢を狙う、二人の咆哮は止まない。
雄矢を倒す。それだけを目標に全力の抵抗を続ける。
「叫んでも無駄だァ!! 無限には勝てねぇ! 大した力の無ぇお前らに俺は倒せな――」
数分前、雄矢は自分の頭が冴えている。と言った。
間違っていない。
自分が追い詰められた状況から脱したことで、自信が付き、冷静に物事を捉えることができるようになっていた。
その冷静な頭が、不覚にも自分の発言をヒントに、あることに気づく。
――力がねぇ?
そう思いながら視界に入れたのは目の前の裸の少女だ。
俯いたまま動かない。
魔力が尽き始めたのか、クリスの矢が小さくなっていく。
グレンの抵抗もやや弱まり、彼の剣がもう少しで喉を抉るところだ。
だからこのまま耐えていれば負けない。
何も問題はない。
安心していいはずだ。
だが彼の頭は思い返し始めた。
目の前の彼女は先ほど、その身体を隠していた腕を雄矢に掴まれ容易くその美貌を露わにされた。
それがおかしい。
なぜ、振り解けない。
アレほど嫌がっていながらどうして――
「ルナに……なんで力がないんだ……?」
彼の頭は何か一つの答えを導き始めていた。
――ダン!!!
それよりも早く、雄矢の後方から音がした。
重いものが床に叩きつけられる音。
雄矢は首だけを回しそれを確認する。
振り返る彼の胸中から、恐怖が一気に湧き出した。
「ああ……あああっ」驚きのあまり声を出した。言葉にもならない声が。
いるはずのないそれを捉えたその目は見開かれている。
そんな雄矢の胸に誰かが触れる。
「えっ?」
「借り物……なんでしょう?」
雄矢が咄嗟に顔を戻して見えた光景は、ルナが自分の胸を触っている光景。
そして彼女が一言。
「――
彼女の詠唱とともにその手が光り始める。
そのスキルは雄矢の最も大切なものを奪うことができる力がある。
「なぁっ?!」
何か大きなものが消えていく感覚が雄矢を襲う。
「何してんだぁぁぁぁ!!!」雄矢は血相を変え、叫び、懐に忍ばせていたナイフを引き抜いて彼女に突き刺す。
「
その声が雄矢の後方から聞こえた直後、ナイフが刺さる。
刺さった場所にあるのは左手。
男性の左手だ。
目の前にいたのはルナではなく――
「刺されたし、お前を殴っていい理由になるよな、正当防衛的な感じでさ」
――渡将斗がそこにいた。
目を疑う。雄矢の錯覚ではない。どこかで拾ってきたのか、違う服装になっているが、この忌々しい顔を忘れることはない。
間違うはずもない。
「ひっ……!」将斗に睨まれた雄矢が口の端で声を漏らす。
同時に恐怖する雄矢の視界の右端から光るものが飛んできた。
それに気づいた彼は咄嗟に身を引いてそれを避けようとするが、将斗が彼の手に刺さったナイフごとに彼の手を握りしめていているせいで離れられない。
「ぐあっ!」雄矢が転がる。
彼の腕は将斗に掴まれたままで、将斗を軸に地面に転がった。
飛んできたのは魔法の矢。だが魔力が切れたそれは、雄矢の眼前で消滅し大したダメージにはならなかった。
「将斗、そのまま離すなよ」
雄矢が振り返るとグレンが黒い剣を投げ捨て、拳を作っているのが見えた。
「あ、洗脳魔法が――」
「了解」雄矢が動く前に、将斗がナイフごと掴んだ手を自分の方へ引き込んで固定する。逃げられないように。
雄矢は必死に剥がそうとするが、将斗の力が常人離れしていて意味をなさない。
「はあはなはは離せっ! なんでこんなっ! つよっ!」
「なんだって?」
「おおおお前が『超強化』を?! なんでっ?! 交換し――」
「んなこと言ってる場合か」
将斗とグレン、二人が右拳を振り上げる。
それを見て、何をされるかは容易に想像がつく。
それを見て雄矢は「やめっ」と、小さい叫びを上げ身をよじる。
「やめねぇよ」
だけど将斗は決して雄矢を手放そうとしなかった。
ダッッ
――グレンが駆け出す。
将斗が息を吐きながら拳を振り上げる。
二人の拳が双方から迫る。
「やっ、いやだぁっ!」
その言葉は玉座の間に虚しく響く。
「歯ァ食いしばれ!!」
「雄矢ぁぁぁぁぁ!!!」
「いやだあああああぁぁあああぁあああぁあああああ!!!」
――将斗とグレン。2人の全力の拳が、雄矢の両頬に叩き込まれた。
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