第18話 vsチート系転生者/358話 羽虫共
「あぶねぇ!」
黒い斬撃によって火球が消え去る。
将斗とグレンはファング王国上空にて、ユウヤと交戦していた。
二人とも
ユウヤが放つ火球を避け、避けられないモノは『黒剣ゼロ』で斬った。
黒剣ゼロ――細かい線の入ったこの黒い剣は、魔力を通しやすい素材を幾重にも重ねて作ることで、斬った魔法の魔力を吸収、排出できる。それにより、魔法はその構造を崩壊させられ、消滅を余儀なくされる。
そのため、ユウヤがいくら魔法を撃っても、黒剣で斬ることができればダメージを受けることはない。ただし、魔法の勢いを殺すことはできず、ユウヤの火球を斬った際は後方へ吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされる際、後ろから押し返すようなイメージで
そうすれば、ユウヤとの距離が離れすぎることを防げるのだが、その分魔力を消費することになる。
その上、ただ浮いているだけでも魔力が消費されるため、長期戦は困難を極める。
さらに、黒剣ゼロを入れ替える力は将斗にあり、将斗とグレンどちらが危ないかを常に考えて行動しなければならないことから、精神をすり減らされる一方だ。
空で戦うことに関しては、無限に飛べるユウヤが圧倒的に有利であった。
「――だけどここしかねぇんだよな……」
そう、ここしかない。
浮遊を使っているユウヤに迫ることで火球などの魔法を使わせる。
それにより、洗脳魔法と防御魔法の発動をする隙を与えない。
つまり、この状況は人質である国民の命を守りつつ、相手への物理干渉を可能にしている。
次々と迫りくる灼熱の大塊を、覚えたての浮遊で何とか避けつつ将斗は次の一手を考える。
――考えようとするが、剣を持つ手が震えることに気づく。
「あぁくっそ怖すぎる。気ぃ抜くな、俺。マジで落ち着いてくれ。頼むからっ」
震えた独り言で自分を鼓舞し、震える右手を左手で叩く。
将斗はこの剣と魔法が交差する異世界で、どうしようもなく一般人だった。
気を抜けば落下して死ぬ高度。当たれば即死、または重症が避けられない攻撃。そんな中で正気を保っていられない。
――いられるはずがない。
しかし彼は二~三度死にかけた経験がある。それと比べればなんてことはない――
「――訳ねぇだろ……クソッ! っ?! 危ねっ!」
将斗が通り抜けたすぐそばを炎塊がかすめる。一瞬だけ肌が焼ける感覚を覚えた。
もう少しスピードが遅かったら直撃していたところだった。
神経がピンと張り詰める。
何度経験していようと怖いものは怖い。
「頼むから、集中しろ俺。流石に第一段階はクリアしないと駄目だろうが」
将斗はユウヤをはさんだ反対側にいる、グレンを見た。
魔法の扱いに慣れているため、最小限の動きで火球を避けていく。
剣を持つ手に汗が滲む。
緊張が彼を襲う。将斗にはある役割があるためだ。
――その時、グレンが一瞬こちらを見て、目配せをしてきた。
合図だ。
「
将斗の持っていた黒い剣が消え、なんの変哲もない片手剣に変わった。
黒い剣は彼の視界内にいるグレンの手に握られていた。
黒い剣の同等サイズの剣を選んで持ってきたため、この距離が離れた空中でもスキルによって受け渡しが可能となり、緊急時に対応できる。
グレンは自身が黒い剣を握っていることを確認するやいなや、ユウヤを翻弄するために行っていた旋回を止め、ユウヤのもとへ直進した。
「っ?! 寄んじゃねぇ!」
ユウヤは不意を突かれ慌ててグレンに対し魔法を放つ体勢をとる。
同時に二発撃てないのか、さっきまで将斗とグレンに交互に魔法を放っていたユウヤだったが、急接近するグレン一人に対し、右手を突き出し火球を連発する。
グレンは火傷など恐れていないのか、その灼熱の狭間を縫ってユウヤに迫る。
そして――
「もらった!」
グレンが黒剣を振り上げ、ユウヤを縦に両断する。
ユウヤの顔には驚愕の表情が――ない。
待っていたと言わんばかりに彼は笑う。
「バカが! そう簡単にいかねぇよ!!」
ユウヤが下げていた左手を出し、両手を前に突き出したかと思うと、先程までとは比ではないサイズの火球を生成し、放った。
人一人など簡単に飲み込める大きさ。その、超質量の灼熱の塊がグレンに襲い掛かる。
しかしそれは、ほんの数秒後、消え去った。
将斗の目に、グレンが回転しながら後方へ吹き飛んでいくのが見える。
黒剣で火球を消したのだ。
しかし魔法は消せても、その魔法が持っていた慣性を黒剣は消すことができない。
接近を阻止したユウヤが笑う。
その目が捉えるグレンは歯を食いしばり、吹き飛んでいくが、ほんの少し口角を上げ、回転しつつも手を伸ばして持っている黒剣を、よく見えるように突き出した。
「
ユウヤの真後ろで声がした。
振り返った彼のすぐ目の前に、黒い剣を振りかぶった将斗がいた。
グレンの急接近に気を盗られ、ユウヤは将斗の接近に気づかなかったのだ。
「マズッ……!」
黒色の双眸が全く同じ色の双眸を持つ男を捉え、大きく開く。
「第一段階っ!クリアだっ!」
振り下ろされた黒い剣がユウヤに襲い掛かる。
――瞬間、ガラスが砕け散るような音が鳴り響いた。
そして同時に将斗がユウヤとは反対の方向へ吹き飛んだ。
「……んぐっ!」
将斗は咄嗟に
「ちっ、ふざけやがって! んだそのポンポン入れ替わる剣はよ! クソッ!!」
ユウヤは胸のあたりから何かを取り出すと引きちぎって、捨てた。
赤い輝きをしたそれは重力に引かれ落下していった。
「はぁ……ネックレスはぶっ壊した。これで防御魔法が消える」
ユウヤの問いかけには応えず、将斗は一人で状況を確認する。
グレンは反対方向にいるため、情報のやり取りができない。
だから一人で整理するしかなかった。
「第一段階『あいつに取り返されたネックレスの破壊』は完了した。第二段階は――」
『もしもーし』
突然、耳元でレヴィの声がした。
驚き、慌てて耳を抑える。
「はぁっ?! 何?!」
『将斗? なぜ君の声が』
「え? グレンの声? なんで?」
距離が離れたところにいるグレンの声が、隣に立っていると思えるくらい間近で聞こえる。
『さっき言ってたスピーカーってやつ、一個壊して調べてみたの。音を魔力に変換して、それを飛ばして、もう一回音に戻すなんて面白いことしてたわ。だけど理論さえわかれば再現できるわ。どう?うまくできてるでしょ』
「単純にすげぇ……」
レヴィは急遽立てた作戦によって現在は城の前。つまり民衆たちの前にいる。
上空数百メートルはある場所にいる将斗たちには当然だが、声が届くはずがない。
なのに、今レヴィの声だけでなくグレンの声も耳元で聴こえる。
機械のいらない通話じみた技術に将斗は感心した。
『将斗危ない!』
「うわっ?!」
グレンの呼びかけに顔を上げると、火球が迫ってきていた。
黒剣を突き出し、かき消すが、やはり後方へ吹き飛ばされる。
早速この魔法が役に立った。将斗の不注意が悪いのだが。
間髪入れずに次の火球が来るため、グレンと共にユウヤの周りをまた回る。
『大丈夫?!』
「なんとかな」
『ごめん。今この魔法の理論の説明とかされても邪魔よね?』
『ああ、後でしよう。今は作戦優先だ』
『はいはい。……でどう? 作戦の進捗は――』
――将斗たちが立てた作戦は三段階に分けられている。
一段階目は『ユウヤに取り返されたネックレスを破壊すること』だ。
壊すには黒剣を用いる。ネックレスは常に防御魔法を生成し続けようとするため、黒剣で防御魔法を攻撃すると、消滅と生成を超高速で繰り返すことになり、過剰に供給される魔力にネックレスが耐えきれなくなり壊れる。
先程将斗がそれを終わらせた。
『うまくいったってわけね。じゃあ第二段階の『民衆の洗脳魔法の解除』はこっちに任せて。って言ってもちょっと手こずりそうだわ……魔力持ちそう?』
『僕はまだ半分以上ある、将斗は?』
「ちょっと待って」
ユウヤの攻撃に気を配りつつ、空中で二回円を描くように指を振る。
現れたステータスウィンドウを見た。
青色のバーがぴったり半分まで減っていた。
「俺の半分しかねぇ……」
鍛えてないからなのか。そもそも住む世界が違うからか。もしくは使い方が悪いのか。グレンと将斗の魔力の減りに差がある。
ある程度のところで離脱しないと先に将斗が落下して死ぬことは目に見えていた。
そのことを将斗以外の二人もわかっているようで――
『マズいわね……こっちがどれくらいかかるかわかんないし、倒せるならそっちでさっさと倒しちゃってもいいけど、どう?』
「さっきはたまたま上手く行ったけど、次はどうかな……」
『難しいかもしれない。一応何か方法は考えるが、相手が相手だ。レヴィはレヴィのやることに集中しててくれ』
『りょーかい……気を付けなさいよ。ネックレスがない以上、あいつはより一層警戒するから』
『わかった』
グレンの返事を最後に、レヴィの声が聞こえなくなった。
しかし、将斗にはグレンの息遣いがまだ聞こえる。
「グループ通話でレヴィだけ抜けた、みたいな感じか」
将斗は、ユウヤから放たれる火球を掻い潜りつつ、グループ通話などしたことがないのに、そのような例えをした。
『グル……なんだい?』
「その英語は通じねぇのかよ」
グレンの反応を見るに、魔法どころかスキルも、というかそもそも国名まで英語なのに日常会話での英語が通じないようだった。
将斗は、逆にどこまでなら通じるのか試してみたい気持ちが生まれるが、迫りくる火球や自分のいる高さを思い出し、やめた。
「なんでもない。それで、どうする? このままだとジリ貧だぞ」
開きっぱなしの将斗のステータスウィンドウの青いバーが、ほんの少しずつ減っていく。
魔力は火球に当たらないように減速、加速をするたびに、それに応じて減る量が変わる。
長期戦を想定するなら、速度を落とした方が賢明だった。
しかし、それでは魔法に当たってしまう危険性が上がる。
将斗はこれからどうするかの判断は素人の自分がするべきでないと、グレンに判断を委ねた。
『ならば攻めよう。二人ならさっきまでと同じ流れで彼を翻弄できる。レヴィがどれほど時間をかけるかわからない今はそれがいいだろう』
「確かに何もしないで、ただ飛んだままでいたら最終的に俺が魔力切れて離脱してグレン一人になるだけだもんな……」
『よし。だけど行動する前に一つ提案だ。黒剣を僕に渡してくれ』
「いいけど、なんか策があるのか?」
『簡単だ。君が危険になったら君が僕と入れ替わるんだ。幸い僕たちは身長が同じようだから、君のスキルの対象になるだろうし、君が回避するのに使う魔力を節約できる』
節約できるのはいいことだが、グレンの負担が大きすぎると、将斗は思った。
「防御替わりにグレンと交代って、大丈夫なのかそれ。入れ替わった後すぐ攻撃に対応できるのか?」
『できるさ。いや、やってみせる』
「……わかった、あとから入れ替えてほしくなかったとか言っても知らないからな?!」
『言わないさ。それじゃあ、行くぞ!』
************************************
声を届かせる魔法をグレンと将斗に掛けたまま、レヴィは自分だけ切った。
彼女は今城の前にいた。彼女の目の前には等間隔に整列した民衆がいる。
全員虚ろな目をして同じような無の表情で空を見上げていた。
レヴィは目を細め、魔力の流れを見た。
「やっぱり……軽く繋がってるのね……」
レヴィの目には、全ての人々から青い線が空に向かって伸びている光景が映し出されていた。
その線は、上空のユウヤへと集まっていた。
洗脳魔法で操られている人間からは、洗脳魔法を使っている人間に青い線が伸びて繋がる。
しかし、今の民衆から出る線はとても細く、風の影響でも受けているのか、揺らめいて見えた。
レヴィは顎に手をあてて考え始める。
――そして一つ思いつき、指を振った。
「どうかな……?」
レヴィの頭上に特大サイズの氷塊は現れた。
もっと近くで見れば、もうほぼ氷山であるそれを、レヴィは思いっきり背後の城に叩きつけた。
壁と超重量の物体がぶつかり合い、空気を震わせるような轟音が響いた。
しかしそんな地鳴りにも似たそれがすぐ近くで起きているにもかかわらず、民衆は皆上を見上げていた。
「ダメか……私は花瓶が割れて目が覚めたから、音がきっかけかと思ったけど……どうしよ」
レヴィは、どうすれば解除できるのかと思考をめぐらす。
頭上では相変わらず火の玉が生まれ何にも当たらずにどこかへ飛んでいくのが見える。
将斗が長期戦向きではないため、急いで答えを出そうとするが、一向に見つからない。
そんな時――
「レヴィ! あったぞ。言われたものが」
城とは反対方向から、クリスが走って木箱を二つ持ってきた。
クリスを見てレヴィは何かに気づいたが、まず先に木箱を受け取った。
「……ありがとうクリス、ちょっと見せて」
レヴィがそれをこじ開けると、中には、黄と緑と青がマーブル模様についた芋虫が山ほど入っていた。所狭しと敷き詰められた上、全員うごめいているため、将斗が見たら卒倒する光景だった。
「うわ……」レヴィはすぐに蓋をして次の箱を手に取る。
もう一つの箱には赤い鉱石が入っていた。祭りの飾りから放たれる光を反射して輝いていた。
「完璧。流石この国のお祭りね。まさか『魔晶蝶の幼虫』が手に入るなんて。しかも『赤結晶』まで」
「こんなもので何するつもりだ」
「あの時の薬を作るのよ。魔晶蝶の幼虫はすりつぶして鍋で煮る。後の行程は作りながら教えるわ」
「手順を教えるということは……私にそれを作れと言うのだな」
「そう。だってクリス震えてるし。戦えないでしょ?」
レヴィはクリスの右手を見た。
小刻みに震えているそれを気づかれ、クリスはもう片方の手で隠し目をそらした。
彼女はユウヤに恐怖している。
妹を殺した仇であることは確かだ。
しかし、いざ彼の前に立つと、あの夜が。妹が徐々に死んでいく姿が思い浮かぶ。忘れたくても忘れられない。
毎日、鏡や水面に映る自分に瓜二つのあの子を重ねてしまい、記憶から彼女のあの最期を消し去ってくれない。
「すまない……」
「いいよ。しょうがないじゃない、そんなの。逃げずにいてくれるだけで感謝できるわ。さ、喋ってないで急いで作りにいくわよ」
箱を持って城へ向かうレヴィ。
その背中をクリスは呼び止めた。
「待てレヴィ……これは洗脳魔法から守る薬だろう? 解除はどうするんだ?」
「作りながら考えるしかないわ。そりゃ、解くのも大事だけど、解いたあと掛け直されてもたまったもんじゃない。同時にやるしかないわ」
「――なら私も手伝います。レヴィは解除方法を考えるのに専念してください」
二人の隣から歩いてくる者がいた。
青髪の少女――ルナだった。
毅然とした態度で現れた彼女に、レヴィは微笑む。
「ふぅん。見た感じやっぱり洗脳魔法はかかってないし、なんならユウヤに心奪われたってわけでもなさそうね……よかった」
「当然です」
そう言うと、途端にルナは赤くなって、両頬を手で押さえた。
「なんたって私はグレン一筋ですから……」
「ははは……グレンにベタ惚れなところも変わってないのね。なんとまあ、おアツいこと……」
一体グレンのどこがいいのかと呆れるレヴィだが、呆れた時に見えた空に、二人が戦っている姿が見えたため気を取り直した。
「とりあえず話は後。って全部後回しね。まあ急いでるから仕方ないわよね。とりあえず行くわよ二人とも」
そう言ってレヴィ達は城の炊事場へ向かおうとした。
――その時、急に空が明るくなった。
まるで昼のように。
レヴィは驚き、見上げた。
空から大地に向かって、将斗が回転しながら落下していた。
************************************
――数分前。
「
「ハァッ!!」
将斗がグレンと入れ替わり、現れたグレンが目の前にある火球を切り裂く。
グレンの提案した方法で火球を退け、将斗は徐々にユウヤとの距離を詰めていた。
一方、魔法を消せる黒い剣を持っていない将斗を狙っているのに、着弾の直前に瞬時にグレンが現れ魔法を消してしまうため、ユウヤは苛立ち歯ぎしりをしていた。
「クソッ! めんどくせぇ能力使いやがって!」
何度も将斗を葬るチャンスがあった。
しかし、そのたびにグレンが現れる。
浮遊を使っているせいで本調子が出ないこともあって、ユウヤの怒りは限界に達し始めていた。
「行けるな……」
ユウヤがそんな状態であることに将斗が気付いた。
ユウヤは追い詰められ焦っている。ここが勝機とばかりに、将斗は魔力を操り、一気に加速した。
ユウヤが目を見開く。
将斗は勝利を確信し始めていた。
魔力の扱いに慣れ始めているのか、将斗は急停止急加速が上手くなってきている。
彼は最初異世界に来たばかりなのに魔力を操れることに、自分ながら不思議に思っていた。
これについて将斗は『超強化』のスキルで平衡感覚が向上しているあたり、魔力を感じ取る何かも強化されたのだと考えている。
正直なところ『交換』と『超強化』この二つがなければここまで来ることはできなかった。と、自分の運の良さを誇りに思い、将斗は突き進む。
「おおおおおおおおおっ!!」
「っ! 食らえっ!」
雄叫びをあげる将斗に、ユウヤが両手を突き出す。
――瞬間、将斗とユウヤの間に今までにない大きさの火球が現れた。
その火球の出現に将斗は焦った。
この火球を避けるためには、グレンと入れ替わらなければならない。
そして入れ替わるためには彼を視界に入れなければならない。
しかし、今火球に隠れて彼が見えない。
視界に入るのは赤熱した炎塊だけだ。
「グレンっ!」
『将斗下だ!』
レヴィの魔法でグレンの声が聞こえた。
言われたとおり下を見ると、グレンが高度を下げ、目で見える範囲に来ていた。
「
考える暇もなく、将斗はスキルを発動した。
視界が瞬時に切り替わり、火球が見えなくなる。
見上げるとグレンが火球を斬っていた。
今までより大きく、さらにかなり近い場所で入れ替わったため、グレンは火球の勢いを殺し切れず吹き飛ぶ。
「グレ……?」
呼びかけようとした将斗の視界の端で、こちらを見ているものがいた。
ユウヤだ。
彼はただ将斗を見下ろしていたわけではない。
将斗は背筋が凍る感覚を覚えた。
彼は、おぞましい程に顔を歪めて笑っていた。
「な、なんだよ……」
彼はそのまま手を将斗に向けてきた。
魔法が来る。
そう思った将斗は、一つ策を思いついた。
「グレン、入れ替わっていいか?」
『大丈夫だ』
「入れ替わった瞬間に一気に加速して、無理やり飛びついてスキルを奪ってみる」
ユウヤは今のところ魔法を発動した後、一秒ほど間隔を置かなければ魔法を撃てない。
将斗は、持ちうる魔力を総動員すれば、今グレンがいる場所から一秒で距離を詰めることができると思った。
速攻で戦いを終わらせる方法だ。
『わかった、無理はしないでくれ』
「りょーかい」
手を差し向けてくるユウヤを凝視した。
彼は何も言わず笑っている。
将斗にはこの魔法が発動するのを待つ時間が酷く長く感じられた。
何秒経っただろうか――ユウヤが口を開き始めた。
「
――将斗は、魔力を爆発させる。
一気に体が押し飛ばされ、風となってユウヤに迫る。
手を伸ばし、スキルを奪うスキルの『
『な?! 違う将斗これは!』
「
「え――」
ファイアでない言葉が何か理解するよりも早く、将斗の視界が真っ白になる。
直後、真っ暗になった。
スタングレネードというものがある。
目を眩ませる閃光と、耳をつんざく爆発によって数秒のあいだ人間の全感覚を麻痺させることができ、主にテロリストや誘拐犯の対処に使用される代物だ。
このように直接的なダメージを与えるわけではないが、光というものは十分武器になる。
ユウヤが使った
しかし、彼の無限の魔力によってその光は極限まで高められ、『交換』を使用するために瞬きを我慢していた将斗の目に対してダイレクトに突き刺さり、一瞬にしてその思考を奪い去った。
「―――――?!」
風が吹き付ける感覚がする。
体のいたるところから感じる。
さらに、振り回されているような感覚もあり、さながらジェットコースターに乗っているような感覚もした。
事態はそんな楽観的なものではない。
「目が……開かねぇっ!」
将斗は何が起こっているのか理解できていなかった。
一つわかっているのは、落ちているということ。
「やばっ落ちてる……どっちが上……違うそうじゃなくて。浮け! 浮けっ!
将斗の体が落ちていく。何度も浮遊を唱えるが発動することはない。
魔法は詠唱することで発動を可能にし、極めれば無詠唱で発動できる。
ただし、レヴィの作った魔法は、厳密に言えば魔力を操る技術だった。
魔法でないため、名前を言ったところで発動しない。
詠唱にその魔法のイメージがしっかり乗っていれば発動可能なのかもしれないが、パニックになっている今、イメージを固められるはずもない。
「助けっ……やばい、やばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」
視界を奪われたことで今自分がどの高さにいるのかわからない。
次の瞬間にだって地面にぶつかる可能性がある。
それを想像した将斗は今までで一番の恐怖を覚えた。
神様に消されるときは体が徐々に消えていくのが見えていた。
ユウヤに魔法を間近で撃たれたときも、クリスに刺されたときも、死の原因は見えていたし、どのタイミングで死ぬかもなんとなくわかった。
一番の恐怖とは、死が確定している状態で、その死がいつ訪れるのかがわからないことだ。
「うあああっ! ああああああっあああああああああああああああ!!」
恐怖は叫びとなって現れる。
思考などまとまらない。恐怖以外の感情は持てない。
将斗は吐き捨てられたゴミのように、宙を不規則に回転しながら落下していく。
「将斗おおおおおおおおおおっっっ!!!!」
「ああっ??」
将斗の手を誰かが掴んだ。
回転が無理矢理止まり、引っ張られた腕と肩が外れそうになって、それによって生まれた痛みで恐怖一つで埋め尽くされていた将斗の思考が働きだす。
「こっちが上だ!!」
――声、男の。グレン。うえ? うえ? 何が、上。上? 上!!
「そうかっ!」
将斗は引っ張られた腕がある方が、上であることを理解して、反対側から押すように魔力を働かせる。
落下時の感触が和らいでいく。
そして、無くなった。
無くなると同時に引っ張られていない方の腕が何かに当たった。
「将斗、目を開けられるか?」
「わかんねぇ……」
瞼を酷く痙攣させながら将斗は目を開ける。
痛みが残っていながらも、失明はしておらず、目の前の光景が映し出される。
「………!」
声が出なかった。
将斗の目の前には建物があった。
初日に駆け抜けたあの町の建物が。
左手は建物の屋根に触れていた。
体勢を直して将斗は建物の上に座った。
グレンは隣に膝をついて、将斗を支えた。
「たっ、助かった。ありがとう。ま、まじでありがとう。ありがとう、本当に」
将斗は泣きそうになりながらグレンの手を掴んで感謝した。
もう少し遅かったら将斗はここに血の海を作ることになっていたのだから。
「どういたしまして……はぁ、最悪の事態にならなくてよかった」
『もしもし?! 大丈夫二人とも?!』
レヴィの大きな声が耳元で生まれ、二人とも耳を塞ぐが、音はその耳と手の間から鳴っているのか抑えられない。
「大丈夫だ、将斗もね」
グレンが酷く安心した顔で将斗を見た。
『よかった……ってグレン! アンタあんな加速して魔力大丈夫なの?』
グレンがステータスウィンドウを開いて、目を細める。
「もう四分の一を過ぎてる。上まで行く魔力はもうない」
『嘘でしょ……』
将斗にレヴィの絶望感が、声を通じて伝わってくる。
「俺が、無茶なことしたからか……」
「謝らなくていい。すぐ次の行動に移そう、でないと――」
――その瞬間、何かが爆発する音がした。
音の方向に目をやると、王城の頂上が崩れ落ちていっていた。
大きな瓦礫が落ち、それに続いて細かな瓦礫も落ちていく。
将斗はそのまま視線を上にやって――
「バカかよあいつは……」
雑に、そう言った。
あまりの光景に取り繕った言葉など用意する暇もない。
目の前の夜空に広がっているそれは、今ある安堵感を掻き消した。
空から、数十、数百の燃え盛る火球が落ちてきていた。
流星群に似たそれは、全てファング王国内目掛けて落下してきていた。
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