怒った顔のお地蔵さん。

ねお

怒った顔のお地蔵さん。

僕はシン、中学1年生だ。


僕には悩みがある。それは・・・



「おい、シン。シャー芯くれよ。」



このタケシ君のことだ。


タケシ君は体の大きな男子で、クラスのいじめっ子だ。


クラス内のおとなしい男子から、毎日いろんなものを奪っている。


僕は彼から、毎日シャーペンの芯を1本奪い取られていた。


シャーペンの芯1本くらい、別にいいじゃん。


そう思うかもしれない。


僕も最初はそう思っていたんだけど、これが毎日となると嫌になってくる。


彼のせいで、僕は毎月シャーペンの芯のケースを必ず1回は買わないといけないからだ。



そもそもシャーペンの芯なんて、数日に1本交換するくらいのものだと思うんだけど、彼は違う。


何が面白いのか、彼はシャーペンで教科書やらノートやら、色々なものに毎日落書きしていた。


国語の教科書なんてひどい状態だ。


物語の文章に突っ込みを書き込んだり、自分でオリジナルストーリーを書き込んだりしていた。


著者の写真のところなんかは、もう大変な有様だ。


著者の顔には、額に「肉」だの、髭だの色々なものを書き入れ、髪型なんかは爆発していた。


さらに、写真の下の空白スペースには身体を勝手に書き足していた。


彼の国語の教科書内の著者の多くは、野糞中という設定になっている。



タケシ君から「これおもしれーだろ!?」と言われてそれらを見せられた僕は、作り笑いをして肯定していた。


心の中では「こいつバカじゃないのか」と思っていても、それを口にしたら殴られちゃうからだ。


そんな感じで、彼に逆らわないように過ごしていた、ある日のこと・・・。



「おい、シン。シャー芯くれよ。」



僕は驚いた。


何で驚いたのかと言うと、タケシ君が僕にシャーペンの芯を要求するのがこの日2回目だったからだ。


今までは1日1本だったのが今日は2本、思わず僕は口を開いてしまった。



「え、さっきあげたから嫌だよ」


「なんだと!?こいつ!」



僕はタケシ君から殴られ、シャーペンの芯を奪い取られた。




・・・




「はぁ、もう嫌だよ。タケシ君、なんとかならないかなぁ」



僕は下を向いて下校していた。


タケシ君から与えられるストレスも、限界に近い。


憂鬱な気持ちでとぼとぼ歩いてたんだ。


そうしたら急に、僕は誰かに見られた気がして振り返った。



振り返った先、道の端っこには・・・お地蔵さんがあった。


でも普通のお地蔵さんじゃない。


顔が怒っているんだ。


こんなお地蔵さんは見た事がなかった。


その表情はまるで、般若のお面みたいだ。


僕はなんとなく、そのお地蔵さんに向かってこうお願いしちゃったんだ。



「・・・タケシ君が、不幸になりますように」



(ま、こんなことをお地蔵さんにお願いしても意味ないよね)


そう思って、僕はお地蔵さんを後にした。




・・・




次の日登校したら、なんとタケシ君が学校を休んでいた。


今まで一度も学校を休んだことがなかった、あのタケシ君がだ。


僕は嬉しくなった。


クラスの中を見ても、僕以外にタケシ君から被害を受けている男子達は、みんな笑顔だ。


(今日はいい日だな)


そう思いながら、平和な1日を満喫した。


下校中に転んでしまったことを除けば、最高の1日だった。




・・・




その次の日、登校するとタケシ君が足を怪我していた。


なんでも、一昨日の夕方に階段から転んで足首をひねっちゃったらしい。


いつもよりちょっと元気がないタケシ君を見て、僕は「ざまぁみろ」と思った。


日頃の行いが悪いから、そういうことになるんだ。


そう思いながら、ふと脳裏に、あの怒った顔のお地蔵さんが浮かんだ。


(もしかして、お地蔵さんのご利益?)


一瞬そんなことを思ったけど、まさかね、とすぐに頭から消えた。




・・・




数日後、すっかり足が治ったタケシ君は、いつもの調子を取り戻していた。


いや、しばらくの間おとなしかった反動か、タケシ君は今まで以上に横暴に振舞っていた。


そして今日、信じられないことが起きたのだ。



「おい、シン。シャー芯くれよ。3本」



一気に3本もシャー芯を要求してきたのだ。


僕は耳を疑って、思わずこう言ってしまった。



「え、3本もなんて、嫌だよ」


「なんだと!?生意気だぞお前!」



僕はタケシ君に頭を殴られた上、シャーペンの芯を3本も奪われてしまった。




・・・




「いたた・・・タケシ君に殴られたところ、こぶになってるよ」



僕はタケシ君に殴られたところを手で摩りながら下校していた。


ひとときの平穏な日常が奪われてしまった。


もしかして、明日もシャーペンの芯を3本も奪われちゃうのかな・・・。


そう考えたら気が重くなってくる。


僕がそんな状態でとぼとぼ歩いていた、その時だった。


急に誰かに見られているような気がして、振り返ったんだ。



「あれ、またお地蔵さんがある」



怒った顔のお地蔵さんをまた見つけたんだ。


でも、以前見つけた場所じゃなかった。


なんでだろう・・・そう疑問に感じたんだけど、考えたってわからなかった。


そして僕は、再びお地蔵さんに向かってお願いした。



「タケシ君が、不幸になりますように」



お願いをしたら、ちょっと気持ちが楽になった気がした。


そして、僕はお地蔵さんを後にしたんだ。




・・・




次の日登校すると、タケシ君はまた休んでいた。


僕は嬉しくなった。


(タケシ君がいない日の学校は楽しいなぁ)


昼休み、クラスメイト達と楽しくおしゃべりをしながら僕はそう思った。


僕がおしゃべりしている男子達も日頃タケシ君からひどい目にあわされているので、一様に明るい顔だ。


そうしておしゃべりしていたら、他の男子グループの、こんな会話が聞こえてきた。



「タケシの話、知ってるか?あいつ、万引きがバレて警察に補導されたんだってよ」


「え!マジ?」


「マジマジ。しかも、今までに何度も万引きしてたらしいぜ」


「うわー引くわぁ。でもあいつならやってても不思議じゃないわ」



それを聞いた僕は、最高にハッピーな気分になった。


そして、これは間違いなく、あの怒った顔のお地蔵さんのご利益だと確信した。


本当、最高の1日だったよ。


家に帰った後に、ささいなことでお母さんに怒られたこと以外はね。




・・・




タケシ君が登校したのはそれから2日後だった。


タケシ君がいない2日間はまるでパラダイスだったのに、それももう終わりだ。


そんなことを思っていた僕にタケシ君が近づいてきた。



「おい、シン。シャー芯くれよ。」


「・・・はい」



タケシ君にそう言われて、僕はシャーペンの芯を1本持って、タケシ君に向けた。


だけど、タケシ君はそれを受け取らなかった。


どうしたのかな、と思っていたら、タケシ君の口から驚愕の一言が出た。



「ケースごとだよ!」


「ええええええ!?」



僕はびっくりして大声を出した。


クラスの皆がこちらに顔を向けた。


それが癪にさわったのだろう。



「うるせぇ!いいから渡せってんだよ!!!」



タケシ君は僕に乱暴してきた。


殴る・蹴るに加えて、僕のノートを破ったり、シャーペンを破壊したり。


あまりの事に僕は泣いてしまった。



「先生に言うなよ。言ったら殺すからな」



そう言って、シャーペンの芯をケースごと奪っていった。


クラスの皆は、あまりのことに驚いていたけど、誰も止める人はいなかった。


自分も同じ目にあうことを恐れたのかもしれない・・・。


そして、このことは先生達に知られることなく下校時間になった。




・・・




「・・・・・・」


僕は下を向いて、とぼとぼと力なく歩いていた。


本当に最悪だ。


今まで生きてきて、間違いなく一番最悪だ。


僕が何をしたっていうんだ。


そんなことを考えていたら、沸々と怒りが込み上げてきた。



タケシ君・・・いや、タケシなんか・・・タケシの野郎なんか・・・



そう思っていたら、急に誰かに見られている気がして振り返ったんだ。


そして、またあったんだ。



怒った顔のお地蔵さんが。




・・・




次の日、僕は憂鬱な気持ちで登校した。


僕は自分の席に座って、またタケシからひどい目にあわされるんじゃないかとビクビクしていた。


でも、タケシは登校してこないまま、朝のホームルームを迎えた。


神妙な顔をした先生がホームルームの最初にこう言った。



「・・・昨日、タケシ君が下校中に車に轢かれて亡くなりました」




・・・




夕方、僕は下校していた。


先生のあの言葉を聞いてから、僕は頭が真っ白になった。


タケシ君がいなくなったけど、僕は嬉しいとは思わなかった。


もしかして、タケシ君は僕のせいで死んだんじゃないのか・・・


そう思わずにはいられなかったからだ。


そしてそんな状態で学校で過ごして今に至る。


僕は歩きながら、どんどん罪悪感に押しつぶされそうになっていった。


それを頭から振り払うため、僕はぶつぶつと声を出してた。



「僕のせいじゃない、僕のせいじゃない、僕のせいじゃ」



僕はそこで、突然意識が途切れた。











僕は目を開けた。


僕の目には見知らぬ天井が映っていた。


そこは病室のベッドの上だった。




・・・




僕は目を覚ましてから、自分の身に何が起こったのかをお母さんに聞いた。


どうやら、下校していたあの時、僕に向かって後ろから車が突っ込んできたみたいだ。


運転手は高齢のおじいさんで、よそ見運転だったみたい。


車に撥ね飛ばされた僕は、意識不明の重体で病院に運ばれ、そこから5日間生死の境をさまよってたらしい。


お父さんもお母さんは、もうダメかと思ってたから、僕が目を覚ました時には涙を流して喜んでた。


幸い、骨折はしたけど車に撥ねられたことによる後遺症はなく、3か月後には退院することができた。




今僕は、学校で毎日穏やかに過ごしている。


タケシ君がいなくなって、僕をいじめる奴はいなくなった。


だけど、僕は心にいつも重りが乗っかっている気分だ。


たぶん、これからずっと心の重りが無くなることはないだろう。



あれから、あのお地蔵さんを見ることはなくなった。


だけど、道にあるお地蔵さんを見ると、いつも思い出してしまう。



あの般若のような怒った顔を。

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怒った顔のお地蔵さん。 ねお @neo1108

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