百合王子、夜の街へ!?

 いかにも子どもうけしそうな家族向けレストランだったという。ただ、女の子にしか優しくないと低評価だそうな。


 その店のウワサは、オレもトーモスから聞いていた。


 トーモスによると、「子ども向けならぬ、子供だまし」とのことだ。「ちびっこ百合」をコンセプトにしているのが、大いに気持ち悪いという。


 聞いただけでも、寒気がする。


 誰にでも優しいシビルが、敬遠するほどの店だ。期待はできんだろう。


「チエリちゃんのお店は、大丈夫だとは思いますが」

「心配だな。では、兄が様子を見に行ってやろう」

「ホントですか? シビルが心配していたと告げてくださいませ」

「約束しよう」


「ありがとうございます。大好き兄さま」

 オレの腹に、シビルが抱きつく。


 街へ向かうと、別の喫茶店が客引きをしていた。

 しきりに『女性カップル限定のサービス』を謳っている。

 客は入っているようだが、女性しかいない。

 雰囲気も、落ち着かない様子だ。

『食べさせ合えばさらに半額』とか『写真を撮ればドリンク無料』とか、めんどくさいことこの上なかった。


「やけに露骨だな。シビルが嫌がるわけだ」


 百合とは強要する物ではない。自然発生するモノだ。

 あんなやり方は、オレの主義に反した。


 店を無視して、隠れられそうな路地裏へ。


 物陰に隠れ、メイドのメイを呼ぶ。


「メイ、いるか?」


「こちらに」

 オレの前に、メイが現れる。


 学校の教師をしながら、オレが呼べばメイド服姿で現れるのか。


「件の辻斬りを調査せよ。ただし、油断するな」

「心得ております。あの少年の足取りはいかがいたしましょう?」

「そっちはオレが追う。お前は、情報を集めてくれ」


 メイのことだ。

 ライバラがなにかしらおかしな行動を起こせば、問答無用で叩き潰すだろう。


 それは避けたい。

 彼とは、話し合いで解決できるならそうしたかった。

 友として。


「オレも帰りが遅くなる、と伝えておけ」


 そう告げると、メイが不審がってオレを見た。

「は? どちらへ?」


「行きたい場所がある」


 メイが、オレの視線の先を追う。


 路地裏に、煌々と照りつける艶っぽい光が灯り出す。


「さ、左様ですか。王子も隅に置けへんなぁ」

 真面目モードだったメイが、急にデヘヘとニヤけた表情に。


「ご、誤解だ! オレはただ」

「皆まで言わんでええって。黙っといたる。口では百合百合言うても、王子かてオトコや。発散したいわなぁ」

「違うっつーの! とにかく、お前は辻斬りを追え! いいな!」


「へいへい」

 最後までオレのことを誤解したまま、メイは調査へ消えた。


「まったく。そんなんじゃない」

 オレは、とある店へと急ぐ。


「たしか、こっちだったような」

 トーモスの情報を頼りに、足を進めた。


 辿り着いたのは、古びた小料理屋である。

 木造で、こぢんまりとした佇まい。

 隠れ家というのは、こういう形状を言うのだろう。


 オレだって歳を取れば、お忍びでこのような場所にくつろぎたい。そう思わせる。


「すまん。開いているか?」

 ノレンという布をくぐって、店の扉を開く。


 客たちは、年配が多いようである。

 一見さんはお断りなのか、オレの顔を見て怪訝そうな顔を浮かべた。


 手に取っている杯も、やけに小さい。


 家族連れで食べに来る店ではないらしく、子連れはいなかった。中年カップルか、一人酒が多い。


「いらっしゃ……」

 気弱に、店主がカウンターの奥からペコペコ頭を下げる。

 店主はオレを見ると、すぐに客じゃないと悟った。


「申し訳ありません。未成年の方は……」


 ここはオトナの世界だ。


「いいんだ。友人を見に来ただけである」

「友だちって。ひょっとして?」

「エミネ・ライバラだ」

「へ、へいっ。少々お待ちを。おいエミネ、こっち来い」


 主人がカウンターから厨房へ引っ込み、ライバラを連れてくる。


「まさか、息子に友人ができるとは。おあがりになって。大したモンは作れませんが」

「話を聞きたいだけだ。すぐに出る」


 親が同伴していない未成年が長居しては、この店にも迷惑が掛かる。


「話って、なんだ?」


 手持ち無沙汰そうに、ライバラは手ぬぐいを弄ぶ。

 時々チラチラと、店内の様子を伺っている。

 早く仕事に戻らないと、と考えている様子だった。


「付近に出没した、辻斬りの話だ」


 すぐにライバラは、「ああ」と短く返答をする。


「昨日も、店の経営者がやられた」


 聞いているのか、いないのか。

 オレが話している間、ライバラはずっとソワソワしていた。


「気をつけてな」


 なぜ逃げた、なんて聞けない。

 オレには、彼が辻斬りなどを行うなんて想像すらできないのだ。


「それだけ言いに来たのか?」

「ああ」


「変なヤツだな、あんた」

 卑屈そうに、ライバラは笑う。


「お前がというより、チエリ嬢が心配なのだ。オレの妹と同じ学友だからな」


 チエリ嬢が襲撃されたら、きっとシビルは悲しむ。

 オレだって、犯人を八つ裂きにするだろう。


 子どもたちが安心して出歩ける街を、取り戻す。


「とにかく、チエリ嬢は守れよ」

「おう。忠告ありがとうな」

「礼には及ばん」


 扉に手をかけた瞬間、ライバラが後ろから声をかけてきた。


「おれを疑っているんじゃ、ないのか?」

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