百合王子、見舞いに行く

 オレは、ソフィたちの住む女子寮の前にいた。


 赤いレンガ作りの建物は、聖域を思わせる。


 痛みは消えたが、体力はまだ回復していない。しかし、これくらいで音を上げていては。


 何より、百合成分が足りなさすぎる! もう一日も、二人のイチャイチャを見ていない!

 このままでは、百合を追い求めるモンスターと化してしまう!


 しかし、ここの寮長は怖い。

 入り口はずっと向こうなのに、睨まれている気がしてならなかった。


 出直そうかと思っていると、寮の壁際にあるベンチが見えた。木陰に座る、二つの人影が。


「むう?」

 オレの百合センサーがビンビンに働く。

 これは上質な百合の気配だ!


 赤いジャージ姿のツンが、蒼いジャージを着たソフィにリンゴを切っている。


「はい、あーんですわ」

「あーん」


 ナイフに刺したリンゴを、皮ごとソフィの顔へ近づける。


「もう、動けるようだな?」


「うひゃあ!」

 後ろから声をかけられて、ツンがリンゴを落としそうになった。


 ソフィが顔をムリヤリ近づけてリンゴをダイレクトキャッチする。

 どうにか地面への落下を阻止した。


「何しに来たのよ、ヘンタイ」

 リンゴを咀嚼しながら、ソフィがオレを凝視する。


 ツンの方は、オレを流し目で見つめながらフリーズしていた。


「体調が悪いと聞いてな。様子を見に来た」


 たとえ王子といえど、女子の聖域には入れない。

 寮長に見舞いの品を預かってもらって、退散しようとしていたところである。


「ホントに? 王子特権で中に入ろうとでもしたんじゃないの? あんた、人を洗脳できるじゃん」

「有名鬼寮長を、洗脳なんてできるか。精神耐性が振り切れているそうじゃないか」


 以前、門限を破った生徒が記憶操作しようとしたが、跳ね返されてよい子にされた、と聞いたぞ。


「身体は、もういいのか?」


「一晩寝たら、食欲も回復したわ」

 ソフィが、手を天に伸ばす。


「わたくしも、熱は引きました」


 やはり、あのレア装備を解放した反動らしい。

 あの装備品は所持者をレベルアップさせるが、代償も大きいようだ。

 とはいえ、魔王に対抗できうる武装が整ったのはありがたい。

 連発できないのは、汎用性がなさ過ぎるが。

 といっても、「あれだけのパワーをポンポン出せ」とは言えないよな。


「魔王も本調子ではないようだ」


「みたいね。しばらく出没の話も聞かないし。ツン、リンゴもう一個ちょうだい」

 リンゴを飲み込んで、ソフィは再度ツンにねだる。


「あっ、はい」

 自分の役割を思い出したかのように、ツンが我に返った。かいがいしく、リンゴを切る。


 人払いの魔法を周囲に振りまき、尊い空間を維持した。


「慣れているな」

「ライバラさんの手つきをマネましたの」


 弁当だけでなく、リンゴも持ってきているそうな。


「いつも、こうして皮ごとリンゴを切って食べていますのよ」

「おそらく、手先の訓練だな」


 ライバラの実家は、小料理屋らしい。彼が跡を継ぐそうだから、修行が必要なのだろう。


「いつの日か、二人で暮らすようになったら、家事はわたくしがしようと思っていますのよ」

「ツンが、か」


 魔族のお姫様が、家事を。想像も付かない。


「いいって言ってるのに、聞かないの」

「あなたに火の番を任せたら、お鍋が爆発しそうですわ」

「調理実習の話でしょ? じっくり煮込んだ方が、シチューはおいしくなるわよ」

「水気が抜けそうだったじゃありませんか。ソフィの班だけ、ポトフになりかけていましたわよ?」


 珍しく、ソフィとツンが言い争っていた。

 普段から、いさかいが絶えない二人である。が、あれは仲違いしているフリだ。


 素の口論を見ていると、自然と顔がほころぶ。


 まさに女子そのものの会話に見えた。案外、こっちが普通なのかもしれない。


「なによ、ニヤニヤして?」

 ソフィが、頬を膨らませる。


「なに。仲がよくていいなって」


「ヘンタイ」

 語気を強めて、ソフィがオレに抗議した。


「忘れていた。これが見舞いの品だ。といっても、ツンとかぶってしまうとはなぁ」

 オレも、リンゴを持ってきてしまった。

 関係者から、見舞いとして送られてきたモノである。

 消化にいいものを、と考えたのだが。


「ありがと。リンゴは好物よ」

「王子、感謝致しますわ」


 嫌がることなく、二人は喜んでくれた。忖度抜きの笑顔で。


「食べますか、王子も」

 切ったリンゴを、ツンがオレに差し出してくれる。


「遠慮しよう。オレは丈夫だからな。二人が仲良くする場面の方が、オレの栄養になる」

「やっぱりヘンタイだわ、あんた」


 ソフィが、目を細めた。


「ではまた。欲しいものがあったら、ティファを通して伝えに来てくれ」


「ありがとう、王子。うれしいわ」

 ツンの肩をなでながら、ソフィが手を振る。


「お気を付けて」

 会釈をした後、ツンはソフィにリンゴを食べさせた。


 リハビリがてら、街まで散歩へ向かう。


 さて、見舞いも済んだら腹が減ってきた。

 リンゴを見過ぎたからアップルパイのうまい店でも探すか。

 百合テロ部をいつでも再開できるように。


「辻斬りだ!」


 遠くから、男性の悲鳴が上がる。


 オレは、通りの一角に人だかりができているのを目撃した。

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