百合の魔物伝説

「しかし、これだけの荷物を運べって、よく……引き受けたな」

 両手一杯に段ボールを抱えたトーモスが、オレの後ろから声をかけてくる。

 中身は体育祭に使う三角コーナーなど。

 隣にいるイモーティファが、ホコリまみれの魔導書を運んでいた。


 貸し出されたのは、一階の倉庫である。

 本来の倉庫が手狭となったため、空き教室を倉庫として代用するのだ。


 本来は生徒会の仕事なのだが、

「百合部の部屋として開けてやるから掃除をしてくれ」

 と頼まれている。

 教員たちも、一学期中間試験の準備で忙しい。


 オレたちは体よく、母を介して生徒会から雑用を押しつけられた。


「百合部開設のためだ。これくらい、どうってことないさ」

 両肩に段ボールを二つ抱えながら、オレは返答する。


 これで部室がいただけるなら、安い。やってみせようじゃないか。


 部室作りは、全部一人でやろうと思っていた。オレが言い出したのだから。

 しかし、オレは荷物運びだけでいいという。他のメンバーは、掃除をしてくれた。


「ふう、これでよし」

 オレは旧倉庫にあった備品を、空き教室へと運ぶ。


 教室はすっかり、机や椅子は撤去されていた。


「道を開けてください。王子」

 片手ずつにメタルラックを担ぐツンディーリアが、教室に入ろうとする。


「そんな重いのを持って、大丈夫なのか?」


 ツンディーリアが運搬役を買って出たとき、オレは気が引けた。

 いくらドラゴン族とはいえ、見栄え的に困る。


「大丈夫です。早く終わらせたいので」


 ツンディーリアは、メタルラックを教室の端に設置する。少しも、疲れている様子ではない。


「助かる。キミにそんな一面があったとは」

「器用なことでは、わたくしは役に立てませんから」


 彼女は率先して、重い物を運んでくれた。


「それに、見ておきたくて。この場所を」

 うっとりした様子で、ツンディーリアは教室を端から端まで視線を移す。


「何もないぞ。空き教室に用事でもあるのか?」


「あなた知らないの? ここの百合伝説」

 しばらくして、ソフィも部屋にやってきた。両手に大量の紙束を持って。



「ここはね、かつて『百合の聖地』と呼ばれていたのよ。もう何百年も前の話だけど」



 その昔、お嬢様二人が放課後に密会していたという。この教室で。


「二人はそれはそれは、仲の良さそうなカップルだったらしいわ。不幸な事故が起きるまでは」


 卒業間近になり、いよいよ結婚しなければならなくなった。

 二人には許嫁がいる。

「駆け落ちしましょう」、両者のどちらかが言い出した。

 手を取り合い、百合カップルはここで愛を誓い合う。

 しかし、情報は親たちに筒抜けになっていて、大勢の人がココに押し寄せた。


「すると一人が、この地に魔物を召喚したの。自分の命と引き換えに」


 ちょうどこの位置だと、ソフィは教室の中央に立つ。


「魔方陣のような、薄いシミがあるでしょ? きっとこのポイントが、召還場所だとみて間違いないわ」



 よく見ると、教室の床にうっすらと青いシミがあるではないか。



「随分と古い魔方陣だな。規模も大きい」

「二人がかりで作ったような形跡も、あるわね」


 どうせ結ばれないならという、決死の覚悟だったのだろう。


 生徒たちに被害こそ及ぼさなかった。

 とはいえ、外に出せば死亡事故は免れないだろうと、当時最も魔力の高い魔術師が呼ばれたらしい。


「駆けつけた校内最強の魔術師によって、魔物は退治されたわ。けど、二人は魂を抜き取られていた。どうせ、敵わない恋ならと思ったのでしょうね」

「なんという悲しい話なんだ!」


 百合好きとして、百合を理解されない苦しみはわかる。

 さぞ辛かったに違いない。

 もしオレが同じ立場だったらと思うと、涙を抑えきれなかった。


「なんで、あんたが泣いてるのよ」


「これが、泣かずにいられるか! 百合を成就させられないために、人が死ぬとは!」


 自由恋愛が一般化しつつある今の時代なら、あまり縁のない話である。


「そんな尊……曰く付きの場所を、倉庫などにしていいのやら」


 思わず、本音が漏れた。


「いなくなったか封印されたんだから、いいんじゃない? 危険はないはずよ」


 だといいが。


「聞いたことがあります。この教室って、通り過ぎるとうめき声が聞こえるそうですね」

「学園につきものの、七不思議ってヤツだな?」


 ティファに続き、トーモスが語る。


「一度入ったらひとりでに扉が閉まって、出られなくなった生徒もいたって」

「へん。だとしたら、そんなウワサは広まらないはずだぜ。出られなくなったんじゃ、話を広められないからな」


 名探偵よろしく、トーモスが反論した。


「でも、本気にした学校側が、この場所に封印を施したらしいです。どこにあるかはわかりませんけれど」

「どこだ。見当たらないぞ」


 魔方陣を消したくらいで、魔物が消えるとは思えないし。


「とにかく、今は普通の倉庫として活用しましょ。学校側も、いつまでも曰く付き教室だと思われたくないでしょうし」

「それもそうか。よし、運搬作業を再開しよう」


 部屋を出ようとした瞬間、魔導書を詰めたラックがわずかに動いた気がした。


「何かしら? あそこがかすかに揺れたような気が」


「ひいい。冗談は止めてくださいまし!」

 ツンディーリアが、ソフィの手を掴む。


 ああ、尊い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る