王子、百合に挟まれて死す!?
ドアを出ると、小さな天使たちが廊下の上空で騒いでいた。
羽衣だけまとった全裸姿で、ラッパを吹いている。
ハンパなくかわいくない。
「これはなんだ?」
「私の使い魔よ」
「どこから現れた?」
「天井に描いた天使のイラストからよ。あれはね、警報装置なの」
生徒以外の気配を察知すると、イラストの天使がキャンバスから抜け出て偵察を開始するらしい。不審者を発見すると、通報する仕組みなのだという。
「私の絵はね、絵画コンクールじゃなくて、防犯大賞を受賞したのよ」
ただし、通報するだけで迎撃は不可能なんだとか。
「あそこですわ王子!」
長い廊下の突き当たりから、件の女生徒が姿を現す。
操られているのは、一目でわかった。
イラストの天使がまとわりついているから。
女子生徒は、生徒会室を目指している。
「なんと、ヤツの目的は生徒会ではないか!」
「あなた、恨まれるいわれなんてあった?」
ソフィが聞いても、生徒会長は首を振るばかり。
「お待ちください。あの女子生徒、わたくしのクラスメイトですわ!」
そういえば、よく見るとツンディーリアがいつも引き連れている取り巻きではないか。
「許さないわ王子。わたしのツンディーリア様を、ヤ○部屋なんかに押し込まれてたまるかぁ!」
ぐおおお、と負のオーラが視認できるほどに膨れあがっている。間違いない。魔族に操られている兆候だ。
天使は影響こそないものの、離れたがっていた。盛大に警告用のラッパを吹き鳴らす。
「どうして彼女は、オレが不動産屋を訪れたと知っているのだ?」
「あの子は、先日わたくしたちが相談に行った不動産屋の娘さんなのですわ」
父親から色々と吹き込まれて暗黒面に墜ちてしまったのでは、とのこと。
「なんであんなに、ジャラジャラとアクセが?」
女生徒がマントを広げると、先割れスプーンやフォーク、鉛筆や物差しなどがへばりついていた。
「あれは、わたくしの使った食器や文房具ですわ!」
ツンディーリアが、青ざめる。
「どういうつもりだ。盗癖でもあるのか、あいつには?」
「わたくしについてくる取り巻きの子たちは、どこかわたくしに憧れている節がありますの。あの子からは特に、歪な愛情を感じていましたのよ」
この間も『あの子を連れていると、決まってあんたの使ったフォークやスプーンがなくなるんだけど?』と、食堂のオバちゃんから告げられたとか。
使用済みカトラリーを盗むとは。たしかに歪んでいるな。
「アンタは、わたしのツンディーリア様を穢そうとしている! 許すまじ!」
女子生徒が、オレに照準を合わせる。
「喰らえ!」
炎の矢を、オレに向けて発射した。
「
雨粒を呼びだし、オレは迫り来る炎を消す。
「フン。こんな炎如きにオレの百合愛は燃やせぬ!」
「くうっ! 忌々しい王子!」
「こっちだ、ついてこい!」
オレは窓を開けて、身をのりだした。
「とーおっ!」
校庭に向かって、オレは飛び降りた。
「バカ、ここは三階よ!」
構うもんか。鍛え方が違う。少しくらい高いところから落ちたくらいで、オレはケガ一つしない。
前回り受け身で衝撃を吸収して、外に出る。
校庭の草がクッションにもなってくれた。
あのまま戦っては、建物に被害が及ぶ。開けた場所で仕切り直しだ。
「むう!」
見覚えのある女子生徒たちが、オレを取り囲んだ。
どの女子達も、ツンディーリアのクラスメイトである。
彼女たちも、目がうつろだ。操られているらしい。
「王子、貴様はハーレムに挟まれて死にたいんだろ? 望み通りにしてやるよ!」
オレの左右から、取り巻きが押し寄せてきた。押しくらまんじゅうよろしく、オレに密着する。
「男子なら、垂涎の状況だな!」
「さてね。どうかな?」
「まあ、あんたなら慣れているだろうが、本番はここからだ!
一人はオレの髪を掴み、もう一人はオレの顔を巨乳に押しつけた。背中や腰にも、体重が乗る。
「どうだ。複数の女子に挟まれた気分は? そのままつぶれてしまえ!」
「ぐっ!」
段々と、顔や胸が締め付けられていく。圧殺する気か。
「攻撃できまい。あんたの弱点は女子! 何の罪もない乙女を、強く押しのけられるはずがない!」
彼女たちは、操られているだけだ。
そんなタダの人間である生徒に、オレは危害を加えることなどできない。
もし何の罪もない生徒を傷つけたら、オレの生き様を否定することになる。
「もうおやめになって! わたくしは王子をお慕いはしています。けれど、こんなことなど望んでいません!」
「だからこうして、ツンディーリア様を困らせている元を絶っているのです!」
愛するツンディーリアの言葉も、女生徒には届かない。
「ツンディーリア様に近づく、あんたが悪いんだ! あんたさえいなければ、ツンディーリア様の愛情はわたしたちだけに注がれていたのに!」
「かもしれないな。だが、実際はどうかな?」
「なにい!?」
「お前たちは子分ではあっても、対等じゃない」
彼女たちは、自分で子分になることを選んだ。
対等になるのはリスクが伴うから。
「食器を盗んだ程度で愛情を語っている。そんな程度の愛で満足していては、ずっと格下止まりだ!」
「黙れ!」
「対等になることは、相手と死ぬ気でぶつかることだ。ソフィのようにな! 彼女たちはお互いに衝突し合ってこそ、よりわかり合えた。新たな友情が芽生えたのだ」
本当に芽生えたのは、愛情なんだが。
「聖ソフィがいながらツンディーリア様の尻を追う貴様に説教される筋合いはない! トドメを刺してやる!」
この女子、今までの相手の中でブッチギリに殺意が高い。
「どうしてですの? なぜそこまで王子を?」
「なにか、別の魔力を感じる!」
さっきから、彼女以上に強大な魔力がビンビンと伝わってくる。
女生徒たちからあのような力が溢れているなら、もっと天使共が騒いでいるはずだ。
しかし、あの女生徒だけにまとわりつき、天使たちは警告音を発し続ける。
「なにか、変わったことはないか? 服とかアクセサリで、違っている点は?」
生徒たちにつぶされそうになりながら、突破口を探す。
「そういえば、あんなマントはしていませんでしたわ! 普段の彼女は、マントではなくポンチョですわ!」
「ナイスだ、ツンディーリア。本体は、あのマントだ!」
オレは、女子生徒のマントを指さした。
「任せて! たあ!」
ソフィが女生徒と接敵する。懐からステッキを抜き、マントのヒモを狙って振り下ろす。
ヒモがほどけると、女生徒はヒザを崩した。
「おっと」と、ソフィが抱き留める。
「何者です。正体を見せなさい!」
ツンディーリアが、マントに向けて特大の火球を放った。
「よくぞ見破ったな!」
だが、マントは涼しげな声を上げながら、火球を受け流す。
校庭に、校舎すら超える火柱が立った。
「わたくしのブレスを直撃して、なおもすり抜けるとは!」
「オレサマは【邪龍 ファフニート】の翼こと、ファフナーッ! 魔族の王女ブルルンヒルデが配下のひとり!」
マントの裏面にあるドラゴンの紋章が、パクパクと口を開けている。
こいつが、魔族か。ブルルンヒルデというのが、オレを狙っている魔族の親玉らしいな。
「だが、もう遅い。お前たちの王子様は、今頃ペシャンコに……なにい!?」
「なぜ、オレが死んでいる前提で話しているのか?」
制服を脱いだ状態で、オレは魔族の前に立つ。全身びしょ濡れだ。
「いやあ! なんでアンタ半裸なの!? 信じられない! 服着なさいよ!」
「殿方の裸なんて、父上のも見たことありませんのに!」
ソフィとツンディーリアが、両手で顔を覆う。
今のオレは、インナーだけの状態である。
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