耶摩山駅ノ、オトシモノ

藤 夏燦

耶摩山駅ノ、オトシモノ

 昭和の終わりから平成のはじめにかけて、名古屋に耶摩山やまやまという地名が存在した。高度経済成長期には歓楽街として栄えたが、バブル崩壊後、耶摩山はシャッター街となっていた。


 私が地下鉄耶摩山駅の駅員になったのは、高校を卒業してすぐのことだ。郊外にあるので乗客は少なかったが、この当時は終着駅だったため落とし物の数が尋常ではなかった。よくある傘にはじまり、なぜか大量の昆虫標本の入ったカバン、遠く北海道の切符の入ったジャケットまで、その種類は千差万別であった。


 新人だったこともあり、落とし物管理担当を押し付けられた私だが、密かにその業務に楽しみを覚えていた。回送前の車内をチェックして落とし物を探している時などは宝探しのようにわくわくしたものだし、持ち主が見つかって嬉しそうに帰っていくと駅員としても達成感を覚えた。いつも薄暗くて空気がくぐもっていた駅内だったが、私は耶摩山駅の閑散とした雰囲気が大好きだった。




 夏だったか冬だったかすらよく覚えていないが、ある時白い不思議なキーホルダーを拾った。表面がつるつるとしていて丸い石のようなのだが、石よりは重みがない。真ん中に穴があけられ、ボールチェーンで留められている。変わったキーホルダーだな、と私は思いながら、車内の座席の上からそのキーホルダーを拾い上げ、駅員室の小物用の落とし物ボックスにいれた。小さいものだけど特徴的だから持ち主はすぐに見つかりそうだ。そう思ったが、しばらくしても持ち主が名乗り出ることはなかった。


 それどころか、不思議なことは続いた。ある日の終電後、また同じようなキーホルダーを拾ったのだ。白くてつるつるしていて、今度は少し大きい。




「ああ、無くしたと思ったお客さんが同じようなキーホルダーを買ったんだな」




 私はそう思って、やれやれとキーホルダーを拾い上げ、落とし物ボックスへと仕舞った。ここにあるんだけどな……。私は何となくお客さんが気の毒に思えた。だがまたしばらくして、似たようなキーホルダーが駅のトイレで見つかった。


 3つを並べてみると、呪術でつかう骨の装飾のように見えた。宗教関係の方か、あるいはその類のファッションが好きな方だろうか。私は改札でお客さんを注意深く観察することにした。このキーホルダーを落としそうな人を探してみる。




 しかし、どれだけ探しても目ぼしい人は見当たらない。それなのにキーホルダーの落とし物だけは毎週のように増えていった。小物用の落とし物ボックスはいっぱいになり、いつからかキーホルダー専用の落とし物ボックスを作らなければならなくなった。




「ここまで多いとなると、もしかしたらわざと落としているのではないか……」




 さすがに業を煮やした私は、終電間際の見回りを強化して落とし主を探そうと考えた。するとある晩、50前後の黒い服を着た女性が、電車の座席に白いキーホルダーを忘れていくのを見た。




「すみません、お客様」




 私はすぐに女性に話しかけた。




「はあ?」




 女性は怪訝そうな顔をした。髪はぼさぼさで、ほうれい線が目立つ。




「キーホルダー。落としていますよ」


「あら、やだ。ありがとうね」




 すぐに笑顔になった女性は、キーホルダーを手にとると小さなバッグへとしまった。




「おかあさん、もしかしたら他にもキーホルダーを落とされてませんか?」


「え? 私が持っとるのはこれ一個だけやけど」


「そうですか。実は似たようなキーホルダーがうちの駅でたくさん見つかっていまして」


「そりゃあれやわ。耶摩山の婦人会でな、この石が流行っとるのよ。今度、婦人会のみんなに誰か無くしとらんか聞いといたるわ」




 女性のその言葉を聞いて、私は納得するとともに安心した。これでこのキーホルダーの持ち主たちも見つかるだろう。しかし一向に持ち主が現れることはなく、しかもその女性のお客さんを二度と駅で見かけることはなかった。




 都市計画の見直しで耶摩山駅の移転が決まったころ、私は家でぼんやりとテレビを観ていた。するとワイドショーのトップに見慣れた耶摩山の景色が移された。なんとこの街で殺人事件がおこったらしい。


 しかもその犯人の顔を見た途端、私は凍り付いた。ぼさぼさ頭に目立ったほうれい線、あの時の女性の顔である。


 女性は夫を殺害し、遺体を耶摩山近郊の山中に遺棄したのだという。だが夫の頭部は未だに見つかっていないようだ。女性は夫を焼き、自宅で解体したという。


 私は何かが腑に落ちたような気がした。そして次の業務時に落とし物ボックスへと向かうと、白いキーホルダーたちを机の上にひろげた。それらは確かにパズルのように組みあがり、頭蓋骨の一片のようになった。




「私は遺体の一部を、おもしろがって拾っていたのか……」




 おそれ慄いたあと、私は警察に証拠としてキーホルダーをすべて提出した。当時はDNA鑑定がまだ実用化されたばかりだったため、その骨が被害者のものかは分からなかったが、女性にはのちに無期懲役の判決がくだった。


 私はあの事件のあと、忙しい駅に移り、ほどなくして耶摩山の駅は廃止された。そして、いわゆる「平成の大合併」で耶摩山という地名も無くなってしまった。


 私は35年近く経った今でも、あの駅の構内にはまだ拾ってはいない落とし物が残っていると思っている。

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耶摩山駅ノ、オトシモノ 藤 夏燦 @FujiKazan

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