閑話 王子の結婚
日が昇る時間であれば、柔らかな日の光が溢れる季節。
春とはいえ、まだ肌寒いこの季節に夜が明けぬうちから起きて身を清められているのは、ハルルエスタート王国第一王子バニュエラスの婚約者であるベレニーチェであった。
今日は、第一王子バニュエラスとの婚姻の儀があり、城に併設されている神殿にて家族が見守る中、朝一番の光を浴びながら結婚の誓いをすることになっている。
その後は、僅かな時間で軽食をつまみ、成婚パレード用のオープン馬車に乗って、民衆へのお披露目のため王都の中心部のみにはなるが、昼まで方々へ連れ回される。その間は笑顔を絶やすことなく淑やかに手を振り、民衆に応えなければならない。
婚礼衣装は、昼間用のドレスということもあって反射が抑えられ、縫い付けられている宝石や刺繍もマットなものが使われている。
淡い金色の生地に濃いエメラルドグリーンの装飾が施された、見るからに豪華でお金がかかっているドレスを身にまとったべレニーチェは、感慨深げに自身が映る鏡を見ていた。
ドレス生地全てに金色を使えるのは、国王に認められた者のみなため、直系の王女であっても許可がなければ身にまとうことは出来ない。
今のハルルエスタート王国で金一色で作られたドレスを着られるのは王妃と王太子妃、ヴァレンティア・サラ・エストレーラ侯爵、そこに新たに第一王子妃のベレニーチェが加わることとなった。先代国王の妃である王太后は亡くなっているため、数には入っていない。
静謐な空気に満たされた神殿の中へ、父親にエスコートされて入ったベレニーチェを優しい笑顔で迎え入れる第一王子バニュエラス。
城には守護神がついているため、この神殿で誓いを交わすときに司祭や神官などは必要なく、夫婦となる二人が祭壇に立って宣言をするだけで済むのだ。
互いに尊重し支え合って国のために尽くしていくことを誓った二人は、パレードの時間まで家族に祝福されながら軽食を共につまんでいる。
そこで王太子アルフォンソは、「衣装に金以外の色を入れた控えめなところは好ましいね」と、にこやかに言い放った。
「お褒めに預かり恐悦至極に存じます、クルセーヌクルシュ王太子殿下」
「おや?父と呼んでくれて構わないのだよ?」
「アルフォンソ、祝いの場だ。その辺にしておけ」
「くくっ、陛下もお祖父様と呼ばせてあげては如何ですか?」
息子の嫁となったベレニーチェに父とは呼ばせずに代々襲名される「クルセーヌクルシュ」の名でしか呼ばせなかったアルフォンソ。
ここで、先程の発言を真に受けてベレニーチェが「お義父様」とでも呼ぼうものなら後になってから何を言われるか分かったものではない。
それを分かっていてなのか国王は、王太子アルフォンソの発言を無視して話を切り替えることにした。
今夜開かれる成婚を祝してのお披露目会にアリエスが出席しないこと、その代わり献上品が届いているので、夜会にはそれを身につけて出るように言った。
「かしこまりました」
「ベレニーチェ、お前に思うところがあってというわけではない。
「そうなのですか。少ない時間ではございましたが、お人柄を目にする機会を得られましたので、お優しい方だというのは存じ上げておりますわ。陛下のお心遣い痛み入ります」
「次の夜会でリゼが婚約したことと、リムの婚約者が第四王女に代わったことを公表する。詳しい話はバニュエラスに聞いておくが良い」
時間が差し迫っていたため、必要最低限の情報を与えて去っていった国王にベレニーチェは、「第一王女コンスタンサ様が駆け落ちなさったというのは、本当だったのですね……」と、噂を信じ込んでいた。
第一王子の婚約者という立場にあっても真相を知らないのだ。暗部の情報統制能力は凄まじいものがある。
後で第一王子バニュエラスから真相を語られたベレニーチェは、淑女らしさの欠片もなく白目をむいて倒れそうになるが、何とか踏みとどまったのであった。
眠っていても笑顔が戻らないまま一生を過ごすのではないかと思ってしまうほどに表情筋が笑顔に固まり、手を振り過ぎて動かしてもいないのに手が震えるベレニーチェは、夜会へ出るための準備に入った。
身体を解す効果のある薬草やリラックスするための香油が入れられたお湯につかり、その後は全身をマッサージされツヤツヤピカピカのぷるんぷるんに仕上げられ、髪を結っている間にまた少し軽食を口にして、見たこともない化粧品を使われた。
「あの……、この化粧品はもしかして?」
「はい、第一王子妃様。エストレーラ侯爵様よりの祝いの品にございます」
「まあ……、これが噂の。なんて素敵な色なのかしら。御礼を申し上げなければなりませんわね」
夜明け前から準備に奔走し、成婚パレードを終えてぐったりしているベレニーチェは、しばしの間うっとりと化粧品を眺めていたのだが、化粧をし終えて夜会用のドレスに着替え、並べられた宝飾品とそれに添えられたメッセージカードを目にして顔を引きつらせた。
見るからに最高品質であることが分かる品に、そこに添えられたメッセージカードによって誰から贈られた品なのかを知って、妃教育で培ったものなど光の速さで飛んでいった。
淑女らしさもなくギギギ……と、準備をしてくれていた女官へと目を向けると彼女も「そのお気持ちお察しいたします」と、若干痛そうな顔をした。
並べられた宝飾品というのは、アリエスが見つけた宝石の原石を超特急で仕上げた逸品で、深い色なのに透明度が高い大粒のエメラルドをペンダントトップにして、その周りを最高品質の小ぶりなダイヤモンドが囲んだ豪華なネックレス、春の芽吹きを連想させるようなデザインをしたエメラルドとダイヤモンドのイヤリング、翼を広げたように見えるティアラであった。
ベレニーチェは、先程の国王が言っていた献上品というのは、化粧品のことだと思っていた。
しかし、化粧品はついでであって本当の献上品は、目の前にある宝飾品なのだと思い至り、頭が痛くなった。
義理の叔母にあたるとはいえ、血縁もなければ交流もないエストレーラ侯爵から過剰な品を受け取って、いや、押し付けられてしまったのだ。
本来ならば身につけるものは家族か婚約者、または伴侶が用意するものである。それをすっ飛ばして叔母が用意してしまった。
国王がウェルリアムから報告を受け、水路の方を優先するように言い、その後にアリエスから水路から出たものはあげると言われたと伝えに来たときに、国王はアリエスを成婚のお披露目会には呼ばないことを決めた。
エントーマ王国とのやり取りが終わっていないのにアリエスとジョルジュの婚約を公表してしまえば、エントーマ王国を支配下に置くつもりなのかと邪推されることもあるため、そちらが片付くまで社交界に出さないことにしたのだ。本人がめんどくさがっているのを察したのもあるが。
その欠席の詫びとして、献上された原石を使って今回の品を超特急で仕上げたのだが、デザインは第一王子バニュエラスがしている。
本来用意していた品はドレスと合わせてあったため、そのドレスと共に身につけても違和感がないように宝石は同じものを使わせてもらったのだが、グレードが段違いであった。
叔母が用意したとはいえ、デザインを夫となった第一王子バニュエラスがしてくれたため、ドレスとの違和感はないが、存在感が半端ない。
主役が霞みそうなほどなので、喜んで良いのか恨めしく思えば良いのか複雑な気持ちに蓋をしたベレニーチェは、淑女の仮面をかぶると妃らしく振る舞ったのだった。
お祝いの言葉と共に感嘆の溜め息を頂戴することとなった夜会では、笑顔を貼り付けた第一王子バニュエラスがウェルリアムに愚痴っていたが、彼は笑うしかない。
アリエスは、「水路から出てきたものは好きに使って」とあげただけなので、そこから先それがどうなったかまでは知らないのだ。
そんなウェルリアムは第一王子バニュエラスを宥めて、「改めてよろしくお願いしますね、義兄上?」と笑い、ご機嫌伺いにアリエスからお菓子を貰って来るので勘弁してほしいと逃げた。
そして、後日。
新婚さんならば精力剤と回復薬が良いだろうと、アリエスがアホなお土産をお菓子と一緒に渡したことで、ウェルリアムが第一王子バニュエラスに真っ赤な顔で怒られるという、とばっちりを受けるはめになってしまったのだった。
そのおかげなのか、第一王子バニュエラスは、側室を持つこともなく、幼少時より愛を育んできた妃ベレニーチェとの間に男子3人女子2人の子宝に恵まれることになるのは、もっと先のお話。
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