8 仲間の結婚

第一話 伝えに

 何かあっても大丈夫なようにと、徹夜で様子を見ていたアリエスだったが、授乳はどうすることも出来ないのでクリステールを起こしていた。

夜が明けて睡眠を十分にとったビーネとシャルドンは、「何かあれば真っ先に起こしに行くから」と、アリエスに寝るように言った。そうそう何か起こったりしないのは経験上分かっている彼女たちと違って、初めての人は不安になることも分かるのだが、アリエスが徹夜しているとクリステールが気を使うからだった。


 すぴょー、と眠ったアリエスが起きたのは昼過ぎで、何事もないかロッシュに確認を取った彼女は「何もございませんでしたよ。とても元気なご様子です」という言葉にホッとして食事を開始した。


 アリエスが起きたことを知ったクイユは、彼女が食後のティータイムを終えるのを待ってから話しかけた。

嬉し泣きし過ぎて目が腫れたクイユを見たアリエスは、「ははっ、イケメンがどっか行ってんぞー。無事に産まれて良かったな」と笑った。


 「アリエス様、本当に……、本当にありがとうございました」

「んふふ、どういたしまして。クイユ、親から愛情を貰えなかっただろうけど、お前はクリステールからたくさんの愛を貰った。だから、大丈夫だぞ?ちゃんと産まれてきた娘を愛してやれる。それに、お前がやらかしたらシバいてくれる人は周りにいくらでもいるからな!」

「はいっ……、はいっ!いっぱい可愛がって、たくさん愛してやりますっ……」

「でも、叱るのも愛情だからな?まあ、その辺はおいおい周りを頼ってやっていけば良いだろう」


 再び泣き出したクイユが落ち着いた後、改めてアリエスに名付けを依頼した。

夫婦揃ってアリエスから名付けてもらったのだから、生まれた愛しい娘にもつけてほしい、と。


 頼まれたアリエスは、またしても辞書と睨めっこして、候補を絞っていた。

それとなく頼まれていたので候補はあげていたのだが、赤子を見てからの方が良いと思って決めずにいたのだ。


 クリステールとクイユの間に生まれた女の子は、所持属性が火、風、闇で、鮮やかな赤い髪と深い緑色の瞳をしており、その鮮やかな赤が印象に残っていたアリエスは、彼女にジンユイと名付けることにした。中国語で金魚である。


 結局、色々とリストアップしていた名前ではピンと来ずに最初から選び直しとなったのだが、クララからは「とても良い名ですね。少し羨ましいです」と言われた。


 「羨ましいか?金魚だぞ?」

「アリエス様の前世は『ジン』というお名前だったと記憶しております。ユイは、結ぶや唯一の字もあてられますから。ジン様との結び、ジン様の唯一といった見方もできると思いますよ」

「いやいやいや!そんな意図ないから!!金魚だからっ、金魚!!」

「ふふっ、そういうことにしておきます。でも、可愛らしいですよね、金魚って」

「うぅ……、まあな」


 名前が決まったから伝えてくると、そそくさとリビングをあとにしたアリエスの耳がほんのり赤かったことにクララはクスクス笑うと、「私の子にも素敵な名を授けていただけるように今からお願いしておこうかな?」と、自身のお腹を撫でたのだが、彼女のお腹にはまだ何も宿っていないし、それを本人も分かっている。

クララが結婚の意志を固めた瞬間であった。


 クイユの娘が金魚ジンユイという形にはなったが、それをクリステールとクイユは喜んだ。艶やかな素敵な名前だと、鮮やかな赤い髪にぴったりだと、嬉しそうに見つめあって二人して娘のほわほわな柔らかい頬をつついて「ジンユイ」と呼びかけていた。

喜んでくれたならそれで良いかと開き直ったアリエスは、「ユイちゃん、よろしくなー」と恐る恐る頬に触れてから部屋をあとにしたのだった。


 徹夜明けでボヘっとしているところへウェルリアムが訪ねてきて、ミーテレーノ伯爵領にて建設していた宿屋が出来上がったと報告してきた。


 「お?もう出来たのか。早ぇな」

「大工のハンナさんが張り切っておられましたからね。子供そっちのけで仕事にかかりきりになっていたようで、夫のチェーロさんがボヤいていましたよ」

「は?子供?」

「養子をとられたそうなんですが、何でもハンナさんのお兄さんが無理矢理置いていったのだとか」


 ハンナが家を出るまでの間に散々、大工の仕事を手伝わせておいて、「女を大工にするわけないだろう」と女性蔑視な発言で彼女を見下していたハンナの父親と兄。

そんな二人は、ハンナが王家御用達の大工になれたことを知って、「さすがは、うちのハンナだ」などと持ち上げていたのだが、ハンナが家でどういう扱いを受けていたのか知っていた彼女の同僚からは失笑された。


 それに気付いた二人は顔を真っ赤にして去って行ったのだが、後日、兄が「その歳では望めんだろう」などと言って自身の子供を置いていった。

しかし、その子供は浮気相手から押し付けられて困っていたからで、これ幸いにとハンナへ押し付け、あわよくば技術を盗ませようと画策していたのだ。


 「でも、その子供、大工になる気など更々ないようで、冒険者になるみたいな話でしたよ?」

「そうなのか。ハンナは子を産むつもりはないのかな?」

「子を持つばかりが夫婦ではないと言っておられましたから、おそらく作るつもりはないのかもしれませんね。自然に任せているだけかもしれませんけど」

「まあ、念願の大工になれたんだもんな。チェーロもそれを分かった上で結婚しているだろうから何も問題はないか」

「そのようですね。でも、まあ、アドリアさんとバルトさんの子供が可愛くて、ちょっと羨ましそうではありましたけど」

「あー、あの、ちんまい赤ちゃんな。……ちゃんと育ってんのか?」

「ええ、同じ年頃の子供とそれほど変わらないそうですよ」


 鼠獣人の子供は生まれてからしばらくはとても小さいのだが、育つにつれて同じ年頃の子供と変わらなくなる。

そんな鼠獣人アドリアと熊獣人バルトとの間に生まれた子供は、母のアドリアに連れられてよく職場に顔を出し、皆に可愛がられている。


 そんな微笑ましい光景を見ていると少し羨ましくなるハンナであったが、仕事にかかりきりになっていて子育てなど満足に出来ないことは分かりきっているため、諦めているところもあるのだ。


 ウェルリアムからそんな話と共に報告を受けたアリエスは、「んじゃ、完成した宿屋を見に行きますか」と言って、彼の予定が空いている日に転移で連れて行ってもらうことにしたのだった。

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