閑話 頭を抱える親戚たち
アリエスたちが宿泊施設へと向かったあと、トビアスたちが住んでいる家ではクラウスがブチ切れていた。
特にテレーゼに求婚した二人には容赦などせず、何故それがいけなかったのかを説明したのだが、なかなか理解しない。
「身近にないものだから理解が及ばんのかもしれんが、だからといって相手がそれを考慮してくれたりはせんのだ」
「だーかーらー!何で、それでテレーゼさんに求婚しちゃダメだって話になんだよ!?恋人もいなけれりゃ未婚の平民だろ?だったら同じ平民の俺と結婚できるじゃん!むしろ、クラウスじいちゃんが男爵なだけ、俺たちの方が上じゃね?」
「そんなわけあるか!!馬鹿もんがぁっ!!」
ブチ切れるクラウスをよそにエドは、彼に落ち着くように言うと、説明を代わったのだった。
「よいか?王侯貴族に仕えておる使用人たちは、端的に言えば所有物と同じように扱われるのじゃ。お前さんらも剣の手入れはするし大事に扱うじゃろう?その大事な剣や鎧などの装備をお前さんらは寄越せと騒いでおるんじゃよ、王女様相手にのぅ」
「……は?所有物?いやいやいや、それって人としてどうなの!?それなら余計に俺と結婚して解放してあげた方がいいじゃん!!」
「それならば、お前さんは彼女に金貨30枚は軽くするような服を何枚も用意してやれるんかのぅ?彼女が何気なく着ておった服はそのくらいするんじゃが?」
「は?あの、何の変哲もない服が……?金貨30枚っ!!?」
金貨30枚もする服を買うのにどれだけ掛かるか分かったものではないのに、それが何枚もと聞かされて絶句する青年にヘルマンは「そういえば……」と、アリエスが未踏破だったダンジョンを踏破していることを告げ、彼女が持っていたド派手なモーニングスターがお礼の品として王国の宝物庫にあったのを貰ったという話もした。
「王国の……、宝物庫?」
「ここじゃねぇぞ?他国だって言ってたな」
「ヘルマンよ、ルミナージュ連合国のルナラリア王国だ。アリーの活躍によって、その国へと第三王女様がお輿入れすることになったと聞いたぞ」
「そうそう、その国。あのな、お前らが何をどう言おうが、通らねぇもんは通らねぇの。はっきり言ってアリーがここら一帯を焼け野原の更地にしたとしても、咎められることはねぇからな?そういう立場にいるんだよ、アリーは」
「はぁ?そんなわけねぇじゃん?税を取りに来るアイツらが黙ってるわけねぇじゃん!王家がどうのこうの言って偉そうにしててよ!!」
「だから、そんなアイツらがヘコヘコ頭を下げる相手がアリーなんだよ。何で、そこから先が分からねぇんだ?」
誰が何を言っても理解しない青年たちであったが、二人のうち片方は何となく理解したようで、「まあ、さっき二度と関わるなみたいなこと言われたしな。諦めるわ」と納得しようとしていた。
しかし、お前が諦めるなら俺が貰うなどと、ワケの分からない主張を始めたもう片方に頭を抱える親戚たちを見てエドは、「こりゃあ、いっぺん血を見んと理解せんじゃろうなぁ」と、遠い目をしたのだった。
そんな状況の中、この家を訪ねてきた人物がいた。
ロッシュである。
クリステールの陣痛が始まり、アリエスがそちらにかかりきりになったため、手の空いた彼は同じ祖父のよしみで手を差し伸べに来たのだ。
「おお、ロッシュ殿。如何なさいましたか?」
「手が空きましたので、同じ祖父のよしみで手を貸しにまいりました」
「同じ……祖父?」
「私は
クラウスは、彼の髪色や顔立ちから王家の血筋を持つ人物ではないかと思っていたが、まさか孫娘が祖父として慕っていたとは知らず、何とも言えない顔になった。
そんなクラウスをよそにロッシュは、不満そうな顔を向けてくる青年へと向き直ると、おもむろに鞭を取り出して放ち、青年の頬を皮一枚だけ切り裂いた。アリエスがいたら「お見事!」と拍手して喜んだだろうな。
突然のことに何が起きたのか分からず呆然とする周囲を見渡し、ロッシュは酷薄な笑みを浮かべながら口を開いた。
「現実を受け入れずに、いつまで喚いているつもりですか?言っておきますが、王族は血縁だからと情をかけたりはしませんよ。奴隷市で王子が売られていようとも放置する。それが王族です。
「な、なん……っ、で、でもっ!それは他人だからだろ!?」
「いいえ、そのとき放置したのは、
「あ、兄を見捨てたってのか!?」
「それが王族です。それが出来なければ平民か冒険者となるしかない。無能な頭は国を崩壊させるだけです。そんなものは、いない方が良い」
青年を冷めた目で見たロッシュはクラウスの方へ向くと、「
「そうだな。マルクスにも跡継ぎがおるから、後を任せても大丈夫だろう」
「貴方が引退すれば、このような愚かな思考を持つ者はいなくなるでしょう。親が貴族だからとて本人には何の意味もないというのに。そこの青年が祖父が男爵だと誇示するならば、私の父も祖父も、そのまた先祖も国王だと言ってあげるだけです。そんなくだらないことを誇示するような愚か者に、大事な姪っ子を渡すわけにはいきませんので」
「姪っ子?」
クラウスのつぶやきにロッシュは、「ええ、テレーゼは私の母方の姪っ子になります」と、ニッコリと笑ったのだが、目は一切笑っていなかった。
ちょっとほほ笑むだけで鼻血をブッ放して倒れる困った子ではあるが、大事な姪っ子だと思っているのだ。
顔でも、地位でも、財力でも、戦力でもロッシュに及ばない。
ダンジョンへアクティビティに行く
しかし、ロッシュは先々代国王の息子である。
ただ若いというだけの青年が彼の精力に叶うわけもない。そうなれば、ただの若さは幼稚さに様変わりする。
「テレーゼの初恋の人は私ですよ?あなたが私に勝るものを持っているとでも言うおつもりですか?ただ料理の腕目当てに求婚したあなたが、私に、勝てるとでも?」
「どうやら完全に折れたようじゃぞ。相変わらず敵に容赦はないのぅ、ロシナンテ殿?」
「その名は捨てましたよ、エドガール殿」
「ほっほっほっ、私もじゃよ」
「……エド、知り合いなのか?」
「私の伯母がロッシュ殿の父親の正妃であっただけのことじゃ。ロッシュ殿の言い分からすれば、私もアリエス嬢のおじいちゃんになれそうじゃのぅ」
「兄上に睨まれても構わないのであれば、立候補してみては如何ですか?」
「従兄弟殿に睨まれるのは勘弁してほしいのぅ。ただでさえ家督を継がずに悠々としておると恨み言を貰っておったのに」
エドことエドガールは、アリエスの祖父でありロッシュの異母兄である先代国王とは従兄弟になる。
そのため、研究資料も王家に送ったり、出土品の管理も任されていたのだ。
相変わらずアリエスの周囲は、じいさんやおっさんの出現率が高めである。
身内がガッチリ固める彼女に春の訪れがあるのかは、神にすら分からないのであった。
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