閑話 不敬罪

 ここは、ハルルエスタート王国王都の城にある教育向上推進部門。


 そこの室長は、突然転移で室内に現れるため、最初の頃は驚いて書き損じを繰り返していた部下たち。

そんなことにも慣れた彼らは、今日も突然現れた室長に「おかえりなさいませ」と、普通に挨拶をした。


 「あ、室長からいい匂いがする!」

「休憩にしましょう!休憩!!」

「はいはい。今日もテレーゼさん特製のお菓子ですよ。僕は、あちらで頂いて来たので皆さんでどうぞ。その間に僕は陛下のところへ行って来ますから」

「何かあったんですか……?」

「あったといえば、ありましたね。……エストレーラ侯爵の挨拶を無視して立ち去るという暴挙に出た人がいたんですよ」


 室長ことウェルリアムの言葉に絶句する部下たち。

そんな恐ろしいことを一体どこの馬鹿がやらかしたのだろうと戦慄している部下たちを見て、「そうなるよね」と、遠い目をしたのだった。


 国王の執務室へと所々転移を使って時間短縮しながら向かったウェルリアムは、嫌なことはさっさと終わらせる派であった。


 扉前にいる近衛騎士に入室許可を取ってもらって執務室へと入ると、片眉を上げた国王から「急ぎか?」と、問われた。


 「急ぎ……の案件だと判断いたしました。エストレーラ侯爵の挨拶を無視して立ち去るという暴挙に出た平民がいたのですが、その人物というのが彼女の母親の幼馴染だそうで、あまり後味の悪いことにはしたくないとのことです」

「その愚か者の首をはねろ。それだけで許してやる」

「はい。いえ、そうではなくて、ですね。犯罪奴隷に落とすことで良いか、という問い合わせなのです」

「一族郎党か?」

「いえ、その夫婦のみです」

「…………。」


 納得がいかないという顔をして黙る国王にウェルリアムは、「アリエスさんが、そうお望みです」と告げた。


 かなり押し黙っていた国王だったが、溺愛している娘が望むことだからと最終的には折れた。

しかし、それではアリエスが舐められるので調査村と遺跡が出た森を彼女に領地として与えるのはどうかとウェルリアムに聞いたが、「めんどくせぇ、という返答しか浮かばないのですが……」と言われて諦めた。


 ウェルリアムは、アリエスが宿屋をミーテレーノ伯爵領にて始める予定で、そこをフリードリヒという人物に任せること、今回犯罪奴隷にした夫の方をその宿屋の従業員として使いたいと言っていたことも付け加えた。


 「愚か者はどちらだ?」

「妻の方です」

「歳は?」

「40を過ぎてます」

「犯罪奴隷とした後、首をはねろ。税の無駄だ」

「御意。……アリエスさんにバレませんか?」

「どの道、犯罪奴隷となれば面会することは不可能だ」


 犯罪奴隷になってしまえば、家族は二度と会うことは叶わない。

今回のように現行犯となると冤罪という可能性もないので、すぐさま処理される。


 アリエスが犯罪奴隷で、という判断を下したのは、母方の家族を思ってのことであり、彼女自身はチョンパすること自体に躊躇はなかった。

そのことを父である国王は分かっているのだが、ウェルリアムはアリエスが人の命を奪うことに抵抗があるのだと思ってしまったのだ。


 上っ面は平和で他国と比べれば安全な国で育った前世の記憶を持つアリエスではあるが、そんな彼女には王族の血が流れているため、非情な判断を下すことにそれほど戸惑いはないし、王宮の離れにて、そういった教育も軽くではあるが施されていた。


 しかし、アリエスに少しでも負担になるようなことはさせたくないと思っている、懐に入れた身内には甘い父ちゃん国王とロッシュは、彼女の視界から外れた時点で処理する気満々であった。


 ウェルリアムは、貴族として、序列一位の公爵家子息として生きると決め、そのための教育を受けてきた。

非情な判断を下すこと、自身の身を守るために敵の命を奪うことも教えられ、そのことで食事をとることが出来ず眠れない日々を過ごしたこともあった。


 贅沢で煌びやかなだけの生活ではなかったし、成人したことや王女と婚約したことで更に責任も増えた。

そのことに後悔はないし、今の生活に満足し、感謝もしている。


 しかし、冒険者として危険と隣り合わせの生活をしているとはいえ、自由に生きているアリエスに、その覚悟があるとは思ってもみなかったウェルリアムは、「そうですよねぇ。生まれながらにして王族だったのだから、そういう教育を施されてますよねぇ」と言い、あの暢気な表情を見ていると、とてもそんな風には見えないけど、つぶやいたのだった。


 そんなことを思いながら教育向上推進部門へと戻ってきたウェルリアムは、自身の首に下げている召喚獣のヤエちゃんからツンツンされた。


 国王に付き合ってダンジョンアタックという名の憂さ晴らしをしていたウェルリアム。

そんな彼と共にいた召喚獣のヤエは、ヤマタノオロチのような8本の首を分裂させられるまでに進化していた。


 8体に分裂したヤエは、どこにいてもそれぞれと意思疎通が可能なため、ウェルリアムが何人かに持っていてもらうことにしたのだ。

アリエス、国王、ロッシュ、ヤオツァーオ公爵家当主、母親であるララティーヌに渡しており、アリエスのディメンションルーム内にあるコテージにも滞在している。


 ウェルリアムは、ツンツンしてきたヤエに「誰が呼んでるの?」と聞くと、「アリーちゃん」という念話が返ってきたのだった。




 

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