2 返り咲く
第一話 依頼主は?
藪の中ダンジョンへ潜っていたアリエスたちパーティー"ギベオン"は、カボチャ色のトムたちの帰宅日が迫ってきたのもあるが、ダンジョン内に溢れていたモンスターが落ち着いたこともあって、攻略を一旦やめた。アリーたんがちょっと飽きたというのもあるが。
とりあえず、トムを捜していた依頼主であるジェンマが、本当に財産分与が目的なのかを確かめるため、トムに扮したミロワールを連れて行くことにして、冒険者ギルドを通じて捜索人が見つかったことを依頼主へと知らせてもらった。
そして、冒険者ギルド経由で会うために指定された場所へと向かってみると、そこにジェンマはおらず、その代わりどこの誰とも知らぬ男性が待っていた。
「依頼主は?」
「彼女は都合がつかず、代わりに私が……」
「いや、何で兄貴を捜してた妹の代わりに来てんだよ。会いたがってんのは妹であって、あんたじゃないんだろ?」
「ええ、ですが、今朝になって急に具合が悪くなりまして……」
依頼主であるジェンマの代わりに来たという男性はそう言うと、鮮やかな手つきでトムに扮したミロワールを二本の短剣で攻撃した。
一本は頸動脈に、もう一本は心臓がある場所へと突き立てられたのだが、やられたミロワールはというと、キョトンとした顔をして「あ、そうだった」とつぶやき、「痛っ!」という声を上げた。
いや、痛いじゃ済まないから。
その場にいたミロワールを除く全員がそう思ったであろうが、そんなことをおくびにも出さずロッシュは、ミロワールの反応に呆けてしまった襲撃者をササっと捕縛し、無力化したのだった。
そこへ大きな音を立てて扉が開かれ、身なりの良い老人と、屈強な男が数人入って来た。
その老人はミロワールへ向かって、「若様っ!!ご無事ですか!?」と声を掛けてきたのだが、トムに扮したミロワールは未だに短剣を胸にくい込ませたままである。
それを見た老人は、へなへなと力が抜けたように座り込み、「間に合わなかった……。奥様……、申し訳ございません。わたくしめが不甲斐ないばかりに……」と、泣き崩れてしまった。
「どゆこと?」と首を傾げるアリエスであったが、困ったときのロッシュとばかりに視線を向けると、彼は「心得ました」と微笑んで頷き、事態の収拾にあたってくれた。
泣き崩れてしまった老人は、シルトクレーテ伯爵家に代々家令として仕えている家の者で、今では引退したが、彼はシルトクレーテ伯爵家の元家令だった。
「ロッシュ、カレイって何だっけ?」
「領地と王都を行き来するのは大変ですし、伯爵以上の規模になりますと、領内を当主一人で把握するのも無理がございます。そこで、領内に関することを代理人に一任することが多く、その代理人を家令と呼びます」
「執事と違うの?」
「執事は主人の身の回りのことや屋敷内の管理が主になり、立場は家令の下になります。領地を持たない貴族や爵位の低い家には執事しかいないことが多く、それでこと足りるのでございます」
「なるほど。てことは、このおじいさん偉い人なんだ」
アリエスのなになになぁに?タイムが終了し、話が再開されたことで、まさかのカボチャ色のトムが、シルトクレーテ伯爵家子息であったことが判明した。
そんな彼が何故に養子に出されたかといえば、それは彼の母親の実家が原因であった。
トムの母親である先代シルトクレーテ伯爵夫人は、とある侯爵家の長女だったのだが、彼女には父親の愛人が産んだ3つ歳下の妹クレーレがいた。
第二夫人は入籍済み、妾は公認であるが未入籍、愛人は未入籍の上に非公認といった意味があり、愛人との間に出来た婚外子は貴族の場合認められることはなく、その家へ養子として入ることも稀である。
しかし、トムの母方の祖父である、その当時の侯爵家当主は、子供が娘一人しかいないことを理由にして、正妻が亡くなったのを機に、愛人が産んだ子クレーレを養女として引き入れたのだが、そのときに愛人は貴族家へと入ることを嫌がり、「娘がほしいなら持っていきな。私は夫人も妾もゴメンだよ」と言って手放したのだった。
それを不憫に思った、トムの母方の祖父である当時の侯爵家当主は、養女であるクレーレを甘やかしたのだが、そんなことを止めてくれそうな夫人は他界しており、後添えもいなかったため、とどまるところを知らなかった。
そして、養女としてやってきたクレーレは、欲望魔人へと変貌した。
姉の持っているものを何でも欲しがり、渡さないと父親である侯爵家当主にある事ない事どころか嘘八百を並べて味方につけ、何でも奪っていった結果、なんと婚約者まで奪ったのだが、今まで奪ってきたものと同様に奪った時点で興味を無くし、その婚約は後に破談となっている。
婚約者を養女である妹クレーレに奪われたトムの母親は、傷もの扱いをされ、醜いと有名であったその当時のシルトクレーテ伯爵家当主の妻として嫁に出されたのだが、夫となった人物は太っているだけでとても優しい人であったため、クレーレに傷つけられた彼女の心は次第に癒されていった。
しかし、その幸せな日々も彼女が妊娠してから終わりを告げた。
クレーレが訪ねて来て、「お姉様、赤ちゃんがいるの?いいなぁ〜、いいなぁ〜!私も欲しいっ欲しいっ!ずるいわ!私もそれが欲しい!そうだ!お姉様が産んだらくれればいいのよ!お姉様は、優しいから私のお願い聞いてくれるでしょう?」と、歪んだ笑みを浮かべながら、「お父様にもお姉様が赤ちゃんくれるって言ってたと伝えておくね」と言い、帰って行った。
さすがに赤子まで奪っていこうとするクレーレに、尋常ではない恐怖を感じたトムの母親は、生まれた子を死産として届け、自身も出産に耐えられずに死んだことにしてほしいと、夫に頼んだのだ。
生きている限りクレーレは全てを欲しがり、そのうち命までをも欲しがるかもしれないと、それならば、先に死んだことにしておいた方が良いと判断したためだった。
そういうことがあって、生まれて間もないトムは信頼のおける部下の子として、更に裕福な農家へと養子に出されたのだが、その部下というのが、今回の依頼主であるジェンマの両親である。
行商人を始めたところなので育てる余裕がないと、そういった理由で養子に出したので、その設定を守るために本当に行商人になった、忠義の部下であった。
ちなみに、今のシルトクレーテ伯爵家当主の母親は、クレーレに見つからないように、屋敷の奥で息を潜めて生活していたトムの母親なので、トムと今のシルトクレーテ伯爵家当主は同母兄弟になる。
しかし、トムたちの母親は、クレーレに全てを奪われるのではないかという恐怖が常について回ったことで疲弊していき、既にこの世を去っている。
彼女は手放さなければならなくなった
成人前に母を失った今のシルトクレーテ伯爵家当主は、クレーレを憎んでいる。いつか報いを受けさせるべく憎悪を募らせ、その喉元に食らいつくときを今か今かと待ちわびているのだと、シルトクレーテ伯爵家の元家令である老人は語った。
そのクレーレが、何歳になっていようと関係ないと、例えクレーレの余命が一日しか残されていなくとも、この憎悪をその身に叩き込んでやるつもりでいるのだった。
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