閑話 トマ

 ソレルエスターテ帝国某所。そこのとある民家には、先見さきみスキルを持つジークフリートと名乗るトマがいた。

彼は度重なる先見さきみの失敗によって、そのスキルはLv6からLv1にまで下がり、レベル低下に伴って更に精度が落ちたために最近では、なかなか成功する機会を得られなかった。


 帝国側は、既にトマのことを見限っているのだが、少なくない内情を知られてしまっているため、これ以上成果がなければ処分する方向で話がまとまっていた。

そんなことも知らずにトマは頭を掻きむしって、「なんでや。なんでレベル下がんねん。失敗したからか?せやかて、上手く行ったから言うて全然上がれへんかったやんか。もぅ、どないせぇちゅうねん……」と、項垂れていた。


 先見さきみスキルで見た未来を変えようと動いて、変えられれば経験値が得られてレベルが上がるのだが、彼が成功させたのは割と小さいことなので、経験値が低かったのだ。

しかし、それとは逆に失敗したものはかなり経験値が高かったため、失敗すればその分の経験値が減らされるので、結果的に大幅なレベルダウンに繋がった。


 そんな項垂れる彼のもとへ、忍び寄る影が……。


 影が差したことで異変に気付いたトマに、侵入者は「こんにちは」と、明るく声をかけた。

それに驚いたトマは肩を跳ねさせ振り向いたのだが、そこに佇んでいたのは声の通り女性であった。


 ノックもなしに勝手に入ってきた女性に対して思うことはあったが、どうせ先見さきみスキルの依頼だろうと、「あ、ああ、こんにちは。今度は何を見るんだ?」と尋ねた。


 しかし、目の前の女性は唇に人差し指をあて、「んふふ、これをね……見て欲しいの」と言って、内ポケットから小さな飾りを取り出した。

それは、小さな男の子にも見えるような人形で、とんがった頭に吊り上がった糸目、愛らしい足の裏がこちらを向いた……。


 「ビリケンさんや……。なんでや?なんで、ビリケンさんが、ここにおんねん!?」

「しぃー。静かにしてね?監視員に気付かれてしまうわ」

「監視……員?何のこっちゃ」

「あなた、やっぱり気付いていなかったのね。この家は中にいる人物を監視するためのものよ?周りの民家には監視員しか住んでいないの」

「何のためそんなことを……」

「あなたが何を依頼されていたのか考えれば分かることよ?そして、成果を出せなかった以上、どうなるか……、分かるでしょう?」


 ザッと顔を青ざめさせたトマは、今更ながらに自身が置かれた状況のマズさに気が付いた。

先見さきみスキルのレベルにばかり囚われ、失敗が続いたことに苛立って、その他のことを考えていなかった、いや、考えないようにしていたのだろう。


 侵入してきた女性ことレベッカは、フユルフルール王国で登録した平民籍を利用して帝国へと入ると、一軒の家を借り、そこへウェルリアムを招き入れて転移できるようにした。

そして、しばらくトマがいる家の様子を窺い、中にいる人物の特徴的な独り言を定期的に転移して訪れるウェルリアムに伝えた。


 すると彼は、アリエスからとある一つの人形と伝言を預かってきて、「対象に会ったら『華月かげつ横のたこ焼き食べられるよ?』と言ってみてください。それで釣れる可能性があるそうです」と言って戻って行った。


 ということで、レベッカは今の状況に絶望している目の前の男に、「華月かげつ横のたこ焼き食べられるよ?」と言ってみた。

それを聞いたトマは涙を滲ませて問うた。「本当に食わせてくれるのか?」と。


 レベッカが持っていたビリケンさんの人形はプラスチックで出来ており、この世界には存在しないものだった。

それならば、あの愛してやまない、あの店のたこ焼きがまた食べられるのではないかと、期待したのだ。


 「ええ、本当よ。私と一緒に来れば食べられるわ」

「何で……、そこまでしてくれるんだ?」

「あなたが収納スキルを黙ったままでいれば、役立たずとして処分されるし、かといって言ってしまえば奴隷待ったナシよ?そうなったときに面倒だから確保に動いたというだけ。ちなみに同じスキルを持った人が二人いるけれど、好きに生きてるから安心してちょうだい」

「二人……?二人もいるのか?いやでも、そんなスキル持ってたら利用されるだろう?」

「ないわよ。だって、これ以上戦争して国土を広げる必要もないし、軍事力だって高いもの。言ったでしょう?好きに生きてるって」


 その言葉を聞いてトマは気付いた。

目の前の女性がどこの国から遣わされのか、何故こうも先見さきみスキルがことごとく潰さたのか。


 転生者特典を得た者が二人もいたのだから、何かしらのスキルで妨害されていたに違いない、それなら太刀打ちできないのも納得だと思ったトマは、このまま帝国に残るよりも彼女について行った方がマシなのではないかと判断した。

たこ焼きに釣られたのではない。決して、そんなことはない!と内心で言い訳をして。


 「でも、どうやってここから出るんだ?あんたは入って来られたんだから出られるだろうが、俺は無理じゃねぇ?」

「んふふ。大丈夫よ、追ってなんて来られないから。ただし、これから先、帝国に狙われずに生きていくには覚悟が必要よ?死んだ方がマシかどうかは、あなたが決めれば良いわ」


 死んだ方がマシかもしれないと言われ、ゴクリと喉を鳴らしたトマは、翌日に普通に玄関から訪ねて来た妙齢の美女と美少女に再び喉を鳴らした。


 妙齢の美女はレベッカの前世ピートが晩年に仕上げた暗部の一人で、もう一人はウェルリアムである。

二人ともミストとブラッディ・ライアンが作った女体化(劣化版)を身につけ、先日、藪の中ダンジョンでアリエスたちが入手した「まじかる☆めいくあっぷ♡」を使ってメイクを施した男だったりする。


 帝国の監視員には犬獣人もいたため匂いを誤魔化すために女体化し、顔もメイクで変えてしまったので、どこかでばったり会ってしまっても気付かれることはない。


 そして、トマは選択を迫られていた。

美少女リムたんの手には女体化(完全版)が乗せられており、帝国を出た時点で女体化してもらい、用意されている女性の戸籍を使って生きていってもらうと言われたのだ。


 確かに性別まで変えてしまえば体臭も変わるだろうから、帝国は追って来られない。

その手にあるものを掴めば生きられるかもしれないが、男としては死ぬ。


 迷った挙げ句にトマが取った選択肢は、女体化だった。

何故ならば、その手を取らなければ食べられないからだ。言わずと知れたアレである。


 匂いが残るためここでは出せないと言われたトマが取れる選択肢など、初めから一つしかなかったのだ。


 さらば、ぞうさん。恋人には使えんかったが、キレイなお姉さんには使えたんや。それで納得してくれ。俺は、たこ焼きが食いたいねん。

そんな黙祷を捧げたトマは、「頼む。連れて行ってくれ」と、涙を滲ませ神妙な顔をして頭を下げた。


 ウェルリアムの転移で一瞬にしてハルルエスタート王国の宿屋へと入り、そこでトマに女体化(完全版)を渡した。


 女体化したトマは手続きのために宿屋を出て、そこでとんでもない美形と軽くぶつかったのだが、それは男としての未練なんぞ微塵も残さずに済むようにというアリエスの心遣いによって、「まじかる☆めいくあっぷ♡」を使用したロッシュとの邂逅かいこうであった。


 色気だだ漏れのロッシュから、「すみません、お嬢さん。お怪我はございませんか?」と尋ねられ、腰が砕けた。

男だった過去なんぞ最初から無かったほどのトキメキを感じて、ぽーっとしてしまったトマをウェルリアムが「あ、大丈夫みたいなので、これで失礼しますね」と、回収していった。


 こうして、トマはきれいさっぱり男であったことに未練なんぞ無くなってしまったのだが、今度は、そんじょそこらの男ではときめかなくなってしまったのだった。

女体化、こわい。


 手続きを終えたトマの名前はマディアとなり、ウェルリアムから仕事も一応用意してあるがどうするか尋ねられて、それを受けることにした。


 というのも、その仕事を引き受けると住むところと護衛がつくと聞いたからである。

さすがにここまで来れば護衛という名の監視なのは分かっていたが、ハルルエスタート王国の意思に反するようなことをしなければ、本当にただの護衛として仕事をしてくれるだろうと判断したのだ。


 こうして、ハルルエスタート王国王城の「お庭で求婚」の応募窓口の横にひっそりと占い師マディアのお店がオープンしたのだった。


 占いというか、お客さんの未来に起こることを先見さきみスキルで見るだけの簡単なお仕事である。



 



 

 




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