第二章 新たな試み

1 これから

第一話 いってらっしゃい

 ハルルエスタート王国王城に「教育向上推進部門」というプレートが付けられた一室が出来た。

そこには、室長であるウェルリアムと裏方を担当しているアリエスの姿があった。


 アリエスは、アドリアに依頼して作ってもらったドリルを持ち込んで、ウェルリアムに見てもらっているのだが、かなりの冊数になっている。


 「思ったよりも多いですよね」

「な?よくこんなに覚えたもんだと思うわ。まあ義務教育で10年ほど学校に通えば、そんなもんかもしれないけどな。でも、マリーナ様が覚えさせられた文字には薔薇バラとか画数の多いやつとか、そこまで漢字で書くか?っていうのもあったからな」

「さすがに薔薇バラは……ねぇ。前の世界と花の名前が同じだったり似ていたりするんですよね?」

「おう。向日葵ヒマワリとか紫陽花アジサイもあるぞ。カタカナで良いと思うんだけど、クララが貴族文字漢字にした方が風情があっていいとか言うんだぞ?どうするよ?」

「…………。覚えたい人にだけ教えましょう。辞書も作りますからね。それで良いと思います」


 クララがパーティーメンバーに漢字、こちらの世界でいうところの貴族文字を教えるにあたって、内容を平仮名ひらがなで書いた貴族向けと片仮名カタカナで書いた初心者向けの辞書を2冊作ってくれていたので、それを元に活版印刷で辞書が刷られることになり、ただ今活版印刷用の文字を製作中である。


 そして、その辞書の売り上げからクララに印税が支払われることになったのだが、彼女はそれを辞退し、その代わり平民向けの学校の運営資金にあててほしいと願い、それが通ったため、その管理も「教育向上推進部門」に任されることになった。


 来年に学園卒業を控えたウェルリアムは、学園にて将来的に自身を補佐してくれるような人物がいないか探しているのだとアリエスに語り、それを聞いた彼女は、「そういえば、もうそんな歳か……」とポカンとした。


 「出会ったときは確か8歳だったよな?そうかぁー、あっという間だな」

「そうですね。あのときアリエスさんに出会っていなければどうなっていたか……。まあ、確実に母は……、おっと」

「ははっ、そういや、弟妹が産まれたんだったな。おめでとう」


 いくら室内とはいえ誰が聞いているかも分からないため、ウェルリアムは出会った頃の話は止めることにし、それを察したアリエスもそれ以上は言わなかったのだが、話の流れで弟妹の誕生を祝う言葉を贈った。

ディメンションルームにて祝いの言葉と品物は贈っているが、誤魔化すためなので仕方がない。


 ウェルリアムの母親は、表向きには優秀な男児を産んでいるのだから、妾ではなく第二夫人としてヤオツァーオ公爵家へ嫁がないというのは、不自然なのではないかということになり、結局嫁ぐことになった。


 貧民街で子供を二人産み育てていただけあって根性もあるし、結構しっかりした所もあるのだが、元来の穏やかな性格もあって夫となったヤオツァーオ公爵家嫡男とは良い関係を築けているし、正妻は公爵家の血を引いた弟妹の誕生に安堵の息をもらした。


 教育向上推進部門が設立され、それが未来の国を担う者たちを育てるということで、そこの室長に就任したヤオツァーオ公爵家嫡男の第二子ウェルリアムには政略結婚が言い渡された。


 辞書の売り上げから支払われる印税が平民向けの学園の運営資金に使われることから、ウェルリアムが引退した後を危惧して、王家が介入することになったのだ。


 今の段階でウェルリアムを超える能力を持つ者はおらず、彼に任せる以外はないとはいえ、その彼が引退した後から王家が管理するというのは、いらぬ不満を抱かせることになる。


 そのためウェルリアムと政略結婚することになったハルルエスタート王国王女が臣籍降下し新たな公爵家を興し、そこにウェルリアムが婿入りすることとなったのだ。


 「結婚はリムの卒業を待ってからだったか?」

「はい。王女様は既にご卒業されておられますからね。今から心臓がもつか心配ですよ……。ははは……」

「そんな言うほど美女だったか?父ちゃん国王の顔で慣れてんだろ?」

「アリエスさん……。何の関わり合いもない美女と妻になる美女とでは認識が違うんですよ!いくら陛下のご尊顔で慣れていたとしてもです!」

「そんなもんか?」

「そんなものです!でも、少し不安ではありますね……」

「嫁さんの性格がか?」

「違います……。権力の集中が少し心配なのですよ」


 王太子妃はヤオツァーオ公爵家令嬢であり、今回ウェルリアムが婿入りすることになった相手は王太子の娘である第一王女なのだ。

二世代に渡って王家とヤオツァーオ公爵家が縁を結ぶことに難色を示す者がおり、ましてや国王が王太子時代からヤオツァーオ公爵家のお家芸である薬草や調薬を推し進めてきたこともあって、贔屓ひいきなのではないかとの声も上がっているのだ。


 そのことをアリエスに説明すると彼女は呆れた顔で「悔しかったら功績あげろや」と、ため息をついた。


 「必死で駆け上がって行った連中に対して、自分は何もせずに嫉妬だけして文句言うって、邪魔でしかねぇな」

「そうは言いましても、売り込むものがない領地だってありますからね。隣の芝が青く見えることもあるでしょうし」

「隣は青くて良いなとか言っといて、自分家じぶんちに生えてるのが枯れ芝じゃなくて黄金の芝とかだったらウケるよな」

「ウケるどころの騒ぎじゃな……、ああ、アリエスさんなら枯れてるのか黄金なのか分かりますよね?」

「分かるな」

「行ってらっしゃい、アリエスさん」

「うげっ……。しゃあねぇか。もうダンジョン飽きたしな。しょーがねぇから叔母ちゃんが行ってきてあげよう」

「オバちゃんって……、あっ、叔母!?そうか……、王女様と結婚したらアリエスさんが叔母になるんですね」


 20代なのに自分をオバちゃん呼ばわりしたのかと驚いたウェルリアムであったが、普通ならダンジョンに飽きたというところに食いつきそうなものである。

この二人にとってダンジョンへ行くというのは、アクティビティ扱いなのかもしれない。


 こうして、国王から手形を持たされどこへでも行けるアリーたんは、黄金の芝を探す旅に出るのだった。

本当に芝を探すんじゃないぞ?価値あるものという意味だぞ?






 


 

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