閑話 先代国王とレベッカ

 ハルルエスタート王国の王宮がある敷地の奥に建てられた離宮では、先代国王がのんびりとした余生を過ごしていた。

そこへ、息子である現国王が自身の側近である少年を連れて来て、告げた。


 「父上、ピートがいたぞ」

「何を言うか。ピートはきちんと埋葬したであろうが。……もしや、その少年が生まれ変わりとでも言うつもりか?」

「違う。リム」


 ウェルリアムは、「かしこまりました」と返事をすると、ディメンションルームを展開してレベッカを出したのだが、突然現れた彼女をいぶかしげに見る先代国王に、これといった説明もせずに息子現国王側近リムを連れて去っていってしまった。


 何か少しくらいは説明して行かんか!と思った先代国王であったが、とりあえず、ピートであるかを確認するために目の前の女性に、あることを言うことにしたのだった。


 「春のよは……」

「アキュアレジーナの咲く光の如し」

「……本当にピートなのだな。その返しはアイツしか使わん」


 アキュアレジーナという花は幻と言われており、この世に存在しないものだとされている。

古い文献には「花香る季節の夜に、聖なる光を零す。手にすることがあれば、無上の幸福に包まれるだろう」とあったこと、そして誰も見たことがないことから死者が通る花畑に咲いているのではないかと判断されたのだ。


 しかし、ピートはその花を見つけ、仕えていたあるじである当時の王太子、今の先代国王のもとへと持ち帰った。

そのとき、先代国王はピートが死んだのだと思った。死者が通る花畑に咲いている花を持ち帰ったのだから、そう思うのも無理はなかった。


 春の夜に光を零しながら咲くアキュアレジーナの花。


 春の世は、ハルルエスタート王国王家が治める世は、暗い時代が訪れようとも周囲を明るく照らすアキュアレジーナの花のように希望がある、と。


 春の余は、ハルルエスタート王国の国王となるものは、夜を照らす聖なる花アキュアレジーナのような存在である、と。


 ピートはアキュアレジーナの花を持ち帰ったときにそう告げたのだ。

あるじ様の治める世に栄光を」と。


 そんな幻の花にたとえるなど、「あんたの国は幻だ」と言っているようなものなのだが、その花が実在しているのだと知るピートはあるじと二人しかいないときに限り、それを返しに使っていたのだ。


 昔々の懐かしい記憶に思いを馳せ、あのときピートが花を持ち帰るために死んでアンデッドになったのだと本気で思ってしまった先代国王は、「今、楽してやるからな」とピートに向かって聖属性の浄化魔法をブッ放したのだ。

その結果、ちょっとしおれていたアキュアレジーナの花がシャキン!と元気になったことで、その花に定期的に浄化魔法を掛けて未だに保たせているのだ。


 浄化魔法をブッパされ、何が起きたのか分からず混乱していたが、花が元気になったと喜んでいたことも思い出した先代国王は、「相変わらず、お前には驚かされてばかりだ。生まれ変わってまた会えるとはな 」と、笑った。


 それに対してピートことレベッカは、「うふふ。またお目もじ叶いましたこと、恐悦至極に存じますわ」と、淑女のように礼をした。


 「やめんか。中身がピートだと分かってしまってはゾワゾワするわ」

「おや。お気に召しませんでしたか」

「フルフルの男爵夫人だった割にはサマになっておったがな」

「フルフル?でございますか?」

「フユルフルールのことよ。アリーが命名したのだぞ」

「フユル……フルール、フルフル……、くくっ、失礼いたしました」

「面白い子だろう?」

「ええ、大変、愉快なお嬢様でございますね。まさに笑いが止まらないとは、このことでございましょう」


 アリエスの行動が結果的に大きくなり過ぎたハルルエスタート王国をガッツリと強固に繋げることになったため、彼女の行動と結果を知るものは笑いが止まらないのだ。


 先代国王はグラスに入った酒をゆるりと回し香りを楽しむと一気にあおった。

「アキュアレジーナを手にすることがあれば無上の幸福に包まれる、か。なあ、レベッカよ。あの花を見つけたといっていた場所なのだが、マリーナ様に確認したところ、古代マリリアント聖国があったところで間違いなかったぞ」

「左様でございましたか。私が見つけたのは、あの一輪のみでしたが、その当時では珍しい花でもなかったのでしょうか」

「ああ。あの花はマリーナ様が聖なる遺物となるために眠った、その地に植えられたらしい」

「まさか……」

「『アキュアレジーナを手にすることがあれば』とは、恐らくマリーナ様のことだったのではないかと思うのだが、お前はどう思う?」

「アキュアレジーナの下に聖霊マリーナ・ブリリアント様がおられたのであれば、その花が目印だった可能性はございますね」


 レベッカは眉を下げて「そうしますと、私が献上した花は無意味であったことになりますね。無上の幸福はその花の下にあったのですから」と言い、静かに頭を下げた。


 しかし、それに対して先代国王は、「余は、あの花のおかげで無上の幸せを手にしたと思うておるよ。愚息が阿呆みたいに国を広げたときはどうなるかと思うたがな」と、苦笑した。


 先代国王は今でも鮮明に覚えている。

ちょっかいを掛けてきていた帝国を抑え込み、遠く離れたヤオツァーオ王国まで吸収した愚息が、とある棺の前で忌々しげに舌打ちし、「間に合わんだか……」とつぶやいていたのを。


 その棺の中に永遠とわの眠りについたピートがいたのだ。


 病に侵されながらも帝国を迎え撃ち、抑え込むため徹底的に情報を集め、彼がいなければ危うかったと思うほどの働きだった。

彼を知るものは「柱の影にピート、屋根の裏にピート、ピートがいないところは無いと思え」と言うほどであった。


 当時王太子であった現国王が国土をヤオツァーオ王国まで広げたのは、婚約者であった王妃のためだったのだが、病に侵されたピートのためでもあったのだ。

結果的にヤオツァーオを手に入れたことで救えた命はたくさんあったが、凄腕諜報員ピートを救うことは叶わなかった。


 「レベッカ、いや、ピートよ。アキュアレジーナの花があったあの場所はお前の死後、戦で地面がえぐれてな。その後、大崩落を起こしたのだ。つまり、お前が持ち帰らなければ、あの花は絶えていたのだ。よくぞ、持ち帰ってくれた。今、改めて再び感謝する」

「もったいなきお言葉でございます」

「それでな、あの花をマリーナ様にお返ししようかと思うのだが、良いか?」

「ふふ、あるじ様に献上した品にございます。私に否やなど、あろうはずがございませんわ」

「そう言ってくれると思うておったので、一応だが墓前にて報告はしたのだが、まさか、ある意味でカラであったとはな。本人が目の前にいるのだから、きちんと聞いておこうと思うたのだよ」

「お心遣い、痛み入ります」


 アキュアレジーナの花を聖霊マリーナ・ブリリアント様に渡したところ、大層喜んだ。

「アキュアレジーナの花を手にしたものは、無上の幸福を得られる・・・・のだろう」という話を真に受けた者たちが次々に花を摘んでいったのだが、アキュアレジーナは聖属性の魔力を込めないと増えないし育たないのだ。


 その結果、最後の一本まで摘まれてしまい、しかも眠りについた地が戦で崩落し、そこを整備した者によって出土した聖なる遺物は、ただのミイラとして扱われ、持ち主を転々としたのだ。


 アキュアレジーナがたくさん咲いていれば聖霊としての力が大幅に増し、以前に王妃へと施した癒しで言えば一日に一回が限度だったのが、五回は可能になるほどである。


 そのことを知ったレベッカは、涙した。

欲にかられていなかったと言えば嘘になる。しかし、結果的に自分が持ち帰ったことでしゅを保存することが出来たのだ。


 聖霊マリーナ・ブリリアント様は覚えていた。

アキュアレジーナを目にした男性が愛おしそうに花をそっと撫でると、優しい手つきで摘んでいったその彼が病に侵されていたことを。


 病に侵されていた人が、誰かを想い摘んでいったのが分かったから、聖霊マリーナ・ブリリアント様はピートに対して思うことは何もなかった。それが、最後の一本であったとしても。


 ただ、手渡されたアキュアレジーナがあの時の最後の一本だったことを知ると、困ったように「渡した相手は恋人か何かだと思ってたんだけど……」と、チラチラと先代国王を見て、「内緒にしておくね!」と笑ったのだった。


 その後、先代国王が「ピートとは、そういう関係ではない!」と、聖霊マリーナ・ブリリアント様に何度も説明したのだが、「もう〜、隠さなくっても大丈夫だって!誰にも言わないから。それに、今なら堂々とイチャつけるわよ!何せ、女性として転生したのだから!時を超えての愛……っ!素晴らしいわ!!」と、うっとりしていて全く聞く耳を持ってくれなかったのだった。


 

 




 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る