閑話 ぽっぽなウェルリアム

 ハルルエスタート王国王都にある学園に通っているウェルリアムは、いつものようにアリエスのディメンションルームへとやって来ていた。


 ロッシュは伝手を使って情報を集めることは続けているが、リアルタイムで入って来るわけではないので、こうしてウェルリアムに定期報告を頼んでいるのだ。


 いつもの親しみやすさを感じさせるロッシュの微笑に、少し陰りがあるように感じたウェルリアムは、素直に彼へと尋ねた。

そうすると彼は珍しく逡巡しゅんじゅんしたあと、アリエスとの出会いから今のパーティー内の状況を話し始めた。


 「そうですか。亡くなられたときの記憶が……。何かの拍子に思い出すとなると少し心配ではありますね」

「……もしや、何か心当たりがあるのですか?」

「はい。アリエスさんの前世のお姉さんが『ジャスミン会の茉莉花さん』であるならば、ニュース……、えっと、新聞ですね。そのことが載っていたのです」

「新聞に……ですか?それほどのことがアリエスアリー様の前世に起きていたと?」


 ウェルリアムは前世で養護施設にいた頃、茉莉花の著書「素敵な庭に見える畑」を参考に家庭菜園をしていたことがあり、彼女の無料会員サイト「ジャスミン会」にも入会していたファンだったのだ。


 そのことを簡単にロッシュに説明し、彼女の弟が滅多刺しにされ死亡していることを話した。

その事件があってから自身が事故で死ぬまでの間に犯人が逮捕されたという話は聞かなかったので、その後どうなったのかまでは分からないと付け加えて。


 「アリエスさんが買ってくれた中に、僕がよく食べていたソースチキンカツがあったんですよ。そこから色々と話をして、彼女の前世が仁さんといって茉莉花さんの弟だと知ったのです。仁さんが亡くなられたときのことを考えれば、思い出さない方が良いとは思いますが……」

「そのようなことが……。世間は狭いとは言いますが世界を越えてもとなると、いささか何かの力を感じますね」


 何の力も働いていない。

偶然であるが、そんなことを知りもしない二人の話は続いていく。


 「でも、マリーナ様は確か精神の癒しも施せると聞き及んでおりますが、試していただくのは如何いかがでしょうか?」

「それが切っ掛けとなることも恐れているのですよ。いらぬことをしなければ思い出さずに済んでいたのに、となれば……」


 「自分の存在そのものが許せなくなる」という言葉を飲み込んだロッシュだったが、それを察したウェルリアムはあえて明るい声で「ならば、マリーナ様にお伺いしてみませんか?アリエスさんのこととなれば国王陛下もお許しになられると思いますので」と言った。


 分からない事は聞く。前世でもそう言われて育ち、ロッシュたちから教育を施されたときもそう言われたウェルリアムは、どうなるか分からないのであれば、聞いてみれば良いとばかりに「行ってきます!」と去って行った。


 そんなウェルリアムが向かった先は、国王の執務室だった。

国王のガス抜きにウェルリアムが転移でダンジョンへ連れて行くこともあるため、彼の肩書きは学生であるにもかかわらず国王付きの側近なのだ。


 そして、ロッシュから預かっているアリエスの様子が書かれた報告書を手渡すのも彼の仕事になったのだが、今回はその報告書を手渡しつつ懸念事項を直接伝えることにした。


 国王は執務室のソファーであむあむとお菓子を頬張っているマリーナ・ブリリアント様をチロっと見やると「どうなんだ?」と尋ねた。

それに対して彼女は、「自覚があれば問題なく癒せるし、自覚がなくても癒すことは可能よ。でも、神様によって封じられたのだとすれば、お力にはなれないわ」と、しょんぼりと返した。


 ひとつ頷くと国王は、仕事を放り出して隣の部屋と向かい、ウェルリアムとマリーナ・ブリリアント様に「ついて来い」とだけ言い、中へと入って行った。


 その部屋は仮眠室で、隠し通路への扉があり、それを使って国王の私室へと行くことが出来るのだ。

国王の私室から更にまた違う隠し通路を使って行った先にあったのは、緑が生い茂る庭にドンっ!と構えられた金色の大きな鳥居だった。


 その手前で立ち止まると国王は、「何か分かるか?」と問うた。


 「鳥居……ですか?」

「トリーって、なぁに?これ、門じゃないの?」

「鳥居だ。門でもあるがな」


 そう言って国王は鳥居の前で手を合わせると、パァーーーンっ!と手を打ち鳴らし、それに驚いたマリーナ・ブリリアント様が「うわっ、ビックリした」と肩を震わせた。


 この鳥居は神域と繋がる門の役目を果たしており、この場へ立ち入ることが出来るのは国王と国王が同伴を許した者のみである。


 国王が手を打ち鳴らした直後、強烈な白い光が溢れ出し辺りを包み込み、光が落ち着いた頃には鳥居の向こう側に何者かが立っていた。

その姿は、アリエスたちが大爺様と呼ぶ国王の大叔父に似た佇まいをしており、国王を視界に収めると愛しい我が子を見るような優しい顔で口を開いた。


 「やあ、愛しき子らよ。質問に答えよう」

「リゼの記憶について教えてほしい」

「死したときの記憶は消した。ゆえに憂うことはない」

「そうか。感謝いたす」

「リムは良いのかな?」

「では、あの……、僕たちにガチャがあるのは何故ですか?」

「あちらの世界から魂を譲り受けたことへの補填。ゆえに戻ることは叶わぬ」


 ウェルリアムは転移スキルの説明に「一度行ったことがある場所へ転移できる」とあったので、前世でいた世界にも行けるのだろうかと思っていたが、行ったは良いけれど戻れないとなったら目も当てられないと、試したことはなかった。

今の返答から転移スキルでも行けないし、次に生まれ変わったとしてもこの世界へ再び生まれることになるのだと知った。


 鳥居の向こう側にいる者は、にこりと微笑みを深くすると、その場に「よいしょ」と胡座あぐらをかいて座った。


 「神様らしいのは、ここまでだよ。いやー、ふふっ、アリーたんには感謝してるよ。あの子ね、必ずお供え物してくれるの。そのおかげで私は母と妻に褒められっぱなしだよ!散々、『あんな、くだらないスキル作って何を考えているんだ!!』って、すっごい剣幕でなじってきてたのにね。確かにね、あのスキルを作るのに、この国の建国以来の信仰で貯められた神力の半分ちょっと使ったけどさー」

「あんなスキル?」

「そう、あんなスキル扱いだったんだよ、リム君。お買い物アプリというスキルが、あんなもの扱い」

「確か、行ったことがあるお店のものを買えるのでしたね。となれば村や町から出ないような人にあたれば……」

「ははは。うん、1回あたっちゃったんだよね。あのときの周りの視線……、痛かったなぁ……。でもさ、でも、今はアリーたんが色々なものを片っ端からお供えしてくれるからさ。ふふ、今では妬ましい視線を独り占めさ!」

「はーい!質問です!アリーちゃんのお供え物って、そんなにですか?」

「いい質問ですね、マリーナ様。あ、私があなたに敬称をつけるのは過酷な修行を超えた先に到達した敬意を表してだから。アリーたんがお供えしてくれるのは、この世界にはない、しかも食道楽、食狂いと呼ばれる国の食べ物を供えてくれるのだよ。バウティスタ国王も口にしたことがあるだろう?」

「あるな。安酒だといっていたものですら美味かった。俺用に置いていったものは極上だったぞ」

「あれは私も飲んだ。50年物の限定酒で山咲と軽伊沢。おつまみも美味しかった」

「頼んでおくか?」

「いやいや、一度供えてもらったものは自分で出せるようになるから構わないよ」

「ならば、違うものを頼んでおくか」

「……あの子、何を供えたか覚えてるかな?すごい量だよ?」

「叔父貴が把握してるだろ」

「あ、そうだね。バウティスタ国王よ、良い家族を持ったね。おかげで使った神力を上回って戻ってきたよ。ここで、こうやってお喋りしていても神力が減っていかないほどだ。いくら仮の姿だとしても、あまり下界に留まるのは良くないから戻るとするよ」

「お呼び立てして申し訳なかった。リゼのこと、感謝する」

「構わないさ。アリーたんには、これからも好きにさせるといい。引っ掻き回して楽しいことになるよ、きっと。それでは、さらばだ!」


 いとも簡単に解決したアリエスのことを早くロッシュへ伝えてあげたいと思ったウェルリアムは、鳥居がある場所から国王の執務室へと戻ると、国王に挨拶をして公爵家邸へと急いで帰った。


 公爵家邸の自室にてディメンションルームを展開してリビングへと行くと、アリエスはムーちゃんを首に巻いてベアトリクスに寄りかかりながらお買い物アプリをポチポチしていた。

それを優しい顔で見つめながら控えているロッシュがいたので、さっそく報告することにしたウェルリアム。


 「ロッシュさん、消してあるので憂うことはないそうです」

「そうでしたか。もしかして、庭へ行ったのですか?」

「あ、はい。マリーナ様もご一緒に」

「あの庭にある門は建国の際に建立されるもので、国の形をとっている所には必ずあるものなのです。門は国王のみが開くことができ、王家に子が生まれると、あの庭の木で神像を作るのです。成人してもなお、その神像が朽ちなければそれを与えられ、家系図にその名が残されます」

「では、ロッシュさんも?」

「ええ、私も持っておりますよ。アリエスアリー様は、その神像にお供えするものを今お選びになられています」

「そのお供え物なのですが、以前とかぶらない方が喜ばれるようです」

「ならば、それとなくアリエスアリー様に進言しておきましょう」


 憂いのなくなったロッシュはウェルリアムに礼を言ってアリエスのもとへと近付き、それとなく誘導するのだった。







 

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