閑話 ハルルエスタート王国城下町

 今、ハルルエスタート王国の城下町では、王家から振る舞い酒が配られている。

振る舞い酒は王家が用意した物の他に、産まれた王族の母親の実家からも提供されるのだが、その量は実家の経済力に左右される。


 今回、出産したのは王妃なので、彼女の実家である侯爵家が提供したのだが、当主は代替わりをしており、振る舞い酒を用意したのは王妃の甥っ子である。振る舞い酒を用意するという栄誉なことを体験できるとは、叔母上様には感謝しかないと嬉々として取り組んでいたのだが、彼の父親、つまり王妃の兄は複雑だった。


 酒がタダで飲めるとなると、問題を起こすアホ共が通常よりも増えるため、城下の安全を保つために兵士たちは駆けずり回っていた。

そんな兵士たちにはタダ酒ではなく給料に特別手当が上乗せされているのだが、今回は何故か兵士たちにも家で飲めるようにお持ち帰り用の酒が振る舞われた。


 しかも、普段よりも振る舞われる酒の量が多いような気がしているのだが、それは、気のせいではなく本当に多いのだ。

というのも、アリエスが振る舞い酒のことを知って、「んじゃ、私も父ちゃん名義で振る舞う!!」とのたまって、お買い物アプリから業務用ツノシリーズを大量に買い込み、こちらの世界のたるにあけ換えて父ちゃんに渡しちゃったのだ。


 配られる酒よりもかなり酒精が強いため薄めて使うことになったので、更に振る舞われる量が増えてしまったのだが、アリーたんは、「たくさん飲めてよかったな!」で、終わっている。

どこで手に入れたのか国王ならば詮索しそうなものだが、国王父ちゃんは気にしない。娘の好きなようにさせるのだ。無頓着ともいうが。


 駆けずり回ってクタクタになっている兵士たちが詰所へ戻ると、門番を担当している部署から陣中見舞いが届いており、中には様々な菓子が入っていた。

何故か国をひとつまたいだ先のそれほど日持ちがしない名物が入っていたり、とっくに過ぎた季節の限定商品があったり、そのどれもが買ってきたところの新鮮な状態だったりと、目を疑う品々もあったが、疲れた身体に甘いものはありがたかったため、色々と目を逸らして美味しく頂いた。


 中には甘いものが苦手な人もいるだろうと、それを門兵の詰所へと届けたアリエスがしょっぱい系のおやつも入れておいてくれたので、兵士の詰所へもその塩っぱい系のおやつは届いていた。


 しかし、甘い塩っぱいを交互に食べる気の利かないヤツのせいで、食いっぱぐれた人もいたりした。

甘いものが苦手な人で家族や恋人がいる者は貰って帰ったりもしたのだが、そういう相手がいない者は不憫に思った上司が差し入れをしてくれたので、問題は起きなかった。

 甘い塩っぱいを繰り返して食べた空気の読めないやつは白い目で見られることになり、しばらく同僚から仕事を押し付けられるはめになったのだが、何故そうなったのか本人は気付いていない。空気読めないからな、仕方がない。


 賑やかでいて、たまに怒声が飛び交う城下町では、振る舞われる酒の量が多かったため、それが貧民街にまで及んだ。

久々に口にする者や初めて口にする者やらで、普段は薄暗くよどんだ雰囲気が漂う貧民街に笑い声が響いていた。


 アリエスがイタズラをした門兵は、その貧民街へと足を踏み入れていたのだが、彼を襲って身ぐるみを剥ごうなどと考える者はいない。

何故ならば、彼に腕っぷしで適わないことを貧民街の者たちは知っているからだ。


 彼が何をしに貧民街へとやって来たかといえば、そこにある孤児院への差し入れである。

その差し入れは、彼が成人する前から行っていることで、何も慈善行為でやっているわけではなく、目当ての女性がいるからなのだ。


 目当ての女性といっても恋しているわけではなく、母親に会いに行っているようなものなので、甘酸っぱい雰囲気はない。

足取り軽く向かった古びた孤児院からは、子供たちの元気な声が響いており、その様子に彼は笑みを深めた。


 古びた孤児院の、力加減を間違えたら木っ端になりそうな扉を慎重にノックすると、返事を待たずに扉を開けた。

それに気付いた中にいた年配の女性は呆れた声で、「せっかちだねぇ。返事くらい待てないのかい?」と彼に笑いかけた。


 そう言われて彼は照れくさそうに頭をかくと、「ここに来ると返事を待たずに開けてしまうんだ。職場では、そんなことはないんだよ?」と笑いながら言い訳をした。

彼は手に持っていた差し入れを子供たちに、「お手伝い、よろしく」と言って渡し、先程の年配の女性から子供たちを引き離し、彼女に振る舞い酒を手渡した。


 それを受け取った彼女は嬉しそうに笑うと、「今回の振る舞い酒は凄いもんだね。ここらまで配られたけど、私は子供たちのことがあるからさ。貰いに行けなかったんだよ」と言って、酒瓶に視線が釘付けになっていた。


 これは何を言っても頭に入りそうもないと思った彼は、「また来るよ」と言ってきびすを返した。

そんな彼の背に彼女は、「いつでもおいで、王子様」と声をかけたのだった。


 王子様と声をかけられた門兵の彼の腰にはくるりと巻かれた鞭が下げられている。

そう、彼は準王族だった元王子様なのだ。成人後は兵士となり、国のために働くと決め、今では立派な門兵である。


 彼が先程の年配の女性に手渡した酒瓶は、門兵がいる詰所へ彼宛てに届いたもので、差出人には「アニキ」と書かれていたのだが、彼の事情を知る者は届いた物にうやうやしい態度になってしまい、知らない者たちから怪訝な顔をされた。


 門兵の彼は、ハルルエスタート王国国王陛下の異母弟にあたり、家系図にもその名は残っている。


 マクスウェルことマックスは腰に下げた鞭をひと撫ですると、闇が濃くなり月が輝き出した空を見つめた。

「誰しも必ず門をくぐる。だから、俺は門兵になった。ふふ、アニキは相変わらず懐に入れた身内には甘いけど、それは皆に言えることだもんな」


 マックスは、仕事中に気付いたことを国王アニキへ知らせている。

その知らせの中には、「西側から犬が来た」という他愛のない内容に見えるが、その実は「帝国から密偵が入り込んだ」というものであった。

 

 

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