閑話 ハルルエスタート王国

 ここは、ハルルエスタート王国王城にある国王の執務室。

そこには、部屋のあるじである国王がニンマリと凶悪な笑顔を浮かべて手紙を読んでいた。


 「クククっ」と笑いながらその手紙をそばにいた宰相に「読め」と言って渡した国王は、置かれていた酒をあおった。

真っ昼間から強い酒を飲んでいるが、彼は強い聖属性と闇属性によって全く酔わないので誰も咎めない。お茶代わりなのだ。強い酒が。


 若干嫌そうな顔をして手紙を恭しく受け取った宰相は、それを読むにつけて段々と顔が能面のようになっていった。


 手紙の送り主は、ロッシュという血筋でいえば今の国王の叔父にあたる人物である。


 「叔父貴も気に入るわけだ。ククッ、なんだよ、『ロスエテ除け』って。マルテリア王国じゃあ、あれは喜ぶことなんじゃなかったか?」

「どうやら請われて水を与えても水属性を得られなくなって久しく、ただの迷惑な行為となっていた模様です」

「勝手なもんだな。見返りがなきゃ何もしねぇのかよ。こっちじゃ諸外国の知識として未だに学ばされてるというのに。だが、あちらさんは喜んで受け取ったようだが、そんなもんがあればロスエテは逃げるんじゃないのか?」

「どうでしょうね。必要な時に見える場所に置いておく、ということも出来るかと存じますが、二度と来なくなる可能性もございますね」


 宰相さんが懸念した通り、一度あの・・コップを見かけた家にロスエテは二度と行かなくなる。

ただ、遭遇することがこれまであまり無かったことなので、二度と来なくなっていても気付くことはないだろう。


 フユルフルール王国の件でもご満悦な結果だった上に、ルナラリア王国からも感謝の手紙と品が届いている。

アリエスが、宝物庫にて持て余していた竜骨のモーニングスターしか望まなかったということもあって、ルナラリア王国国王は、他に何か欲しいものはないかと聞いたところ、救えたのは優秀な人材を確保出来たからであって、それは、その資金を持たせてくれた父のおかげなのだと、そう言って笑ってその話を辞退したため、ルナラリア王国は国と国とでやり取りをすることにしたのだ。


 結果、ハルルエスタート王国とルナラリア王国は両国間の関係を一段階上げることになった。

ルナラリア王国の第一王子とハルルエスタート王国王太子の娘との婚約が決まったのである。


 ロッシュからの手紙で、ルナラリア王国の第一王子が自身の瞳と同じ色のネックレスをアリエスに渡していたことを知ったハルルエスタート王国の国王は、その第一王子の婚約者にアリエスに似た感じの娘を用意した。

それが、たまたまハルルエスタート王国王太子と側室との間にできた娘であったというだけなのだが、この結果に宰相は胸を撫で下ろしたものだ。


 下手をすれば似ているというだけで、何の後ろ盾もない娘を送りかねなかったのだ、この国王は。

婚約者に選ばれた王太子の娘である王女は、髪や瞳の色はアリエスよりも濃いのだが、顔立ちや控えめな雰囲気は似ている。

 だが、知っている人からすればアリエスは控えめなのではなくて、ただのコミュ障であるが、それをルナラリア王国側は知らないので良いのだ。


 それに婚約者に選ばれた王女は、父親である王太子の子の中で一番彼の性格に似ている。

ハルルエスタート王国の王太子は、優しい笑顔で人を陥れることが大好きなサイコパスなのだ。精神的に相手を追い詰めたりするが、それによって自身に何かが降り掛かることなど起こさせない手腕の持ち主だ。ドヤ顔できる内容ではないが。


 つまり、その王太子に一番似ている王女は、婚約者であるルナラリア王国第一王子の好みによって表向きの性格を変えるだろう。

王妃向きの王女ともいえるし、彼女自身も王妃になりたいという野心はあったのだが、母親の身分が少々低く後ろ盾も弱いために、次期王妃としてどこかへ輿入れすることはないとされていた。

 しかし、ここで祖父である国王によって王命でルナラリア王国第一王子の王子妃として婚約が結ばれたため、その王女は、アリエスに感謝している。


 そして、この婚約話はフユルフルール王国に激震をもたらした。

フユルフルール王国の前国王によって無難だったルナラリア王国との関係が悪化してしまっただけでなく、それが首根っこを掴んできているハルルエスタート王国と手を繋いだのである。王位を継いだ王太子は真っ青である。可哀想に。


 そこへもってきて、更にマルテリア王国からも感謝の手紙と品が届くというのだ。

ハルルエスタート王国王太子の娘とルナラリア王国第一王子との婚約披露の式典には是非とも参加させて欲しいとのお言葉もあったと、ロッシュからの手紙には書いてあった。


 手紙を読み終えて寂しくなった頭を撫でる宰相は、マルテリア王国にロスエテが水をくれた人に水属性を与えることがあるということを伝えようかどうしようか悩んだ。

伝えれば、「何というものを寄越したのだ!!」と激高することが目に見えているため、やはり黙っておこうと決意した。どうせ、このことを知っているのはアリエスたちとここにいるハルルエスタート王国の政治の中枢を担う者たちだけなのだから。


 ハルルエスタート王国の国王は大きく伸びをすると、執務室を出て行こうとした。

それに気付いた宰相は、「まだ執務が残っておりますよ!?」と引き止めたが、そんなもので止まる国王ではない。


 ギラリとした視線を寄越した国王は、「あとのは王太子アイツにやらせろ」と言って去って行こうとしたので、宰相は、これだけでも通させてもらう!と叫んだ。


 「通りすがりの女性に手を出すのだけは、お止めくださいよ!!」

「問題ないのにしか出しとらんわ。ほっとけ」


 そういう話じゃない。


 お庭でティータイムをしようと、たまたま通りかかった王妃が国王の様子に気付き、さすがに自分にはもう手は出さないだろうと踏んで、「お庭でわたくしと御一緒したくないのならば、きちんと後宮まで行ってくださいましね?」と笑顔で国王を後宮へ行かせようとして被害にあった。

確かに問題ないのにしか手は出さなかったが、周囲から苦言を呈された国王は、「宰相は場所にまで言及しなかった」と宣ったとか、なんとか。


 お庭が完全封鎖された数時間後、肌を上気させならがらも気を失われた王妃を女性の近衛騎士がお部屋へと運びこんだのだが、辺りは暗くなっていたために気付いた者は誰もいなかった。


 

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