閑話 ロシナンテの現状

 ザザとハインリッヒが冒険者ギルドからクランハウスへと戻って来た。


 だが、嬉しそうにしながらも苦笑気味のハインリッヒとは裏腹に、ザザの表情は暗いものだった。


 というのも、クランメンバーであるハインリッヒと彼の弟は、女体化アイテムが手に入るまでの期間限定メンバーだったのだ。


 ハインリッヒは元々ソロで活動する冒険者で、女体化アイテムを欲していた弟に関しては、それが手に入れば冒険者を辞めるつもりでいたため、今回それが手に入ったことで約束通りロシナンテを抜けることになったのだ。


 クランの脱退にはリーダーと幹部2人の承認が必要なのだが、ハインリッヒ兄弟に関しては、クランに入る際に「女体化アイテムを入手したら抜ける」という取り決めがなされていたため、誰の承認もいらない。


 だからといって何も言わずに去るというわけにもいかないので、ザザはハインリッヒと共にクランリーダーの部屋へとやって来たのだった。


 暗い表情のザザと、苦笑気味のハインリッヒを見て首を傾げるクラン"ロシナンテ"のリーダーであるマテウスは、何かあったのかと問い掛けた。


 それに答えたのはハインリッヒで、「女体化アイテムが手に入ったんだよ」と言った。

それに対してマテウスは目を見開くと、「本当なのか……?」とつぶやき、ザザに視線を向けて確認した。


 「取り外しが可能なことから劣化版なのだろうけど、確かに女体化アイテムだった。……なあ、ハインリッヒ。そうは言っても劣化版だ。完全版が手に入るまで居たって良いだろう?」

「約束は、約束だ。クランとして、それは守らなねぇと。なあ、リーダーよ」

「ああ、約束は守る。だが、改めて、再加入することも考えてくれないか?」

「俺の答えは、もう分かってんだろ?」

「そうだな……」


 マテウスの寂しげな態度に、ため息をついて天井を見上げたハインリッヒは視線を彼へと戻すと、「今のロシナンテに、その名を名乗る資格のあるヤツがどれだけいる?」と、少し残念そうな顔をして問い掛けた。


 その問い掛けに答えたのはマテウスではなくザザだった。

彼は渋い顔をすると、「その責任は俺にある」と言った。


 後進の育成には古参メンバーがあたっていたのだが、ザザは結婚して子供も生まれたため、そちらに比重が偏っていた。

それがいけないとは言わないが、比重を家族に置くならば抱えている後輩を他のメンバーに割り振るべきだったのだ。それなのに、ザザは出来ていると判断し、その結果、「ロシナンテ」の理念に反するような人員が育ってしまったのだ。


 ちなみに、ハインリッヒ兄弟は、正式なメンバーというより限定的なメンバーのため、後進の育成には携われなかったが、それでもロシナンテの古参メンバーである。

その古参メンバーのほとんどは、ロシナンテロッシュのもとへ集ったメンツなので、それは彼も同じなのだ。


 今のロシナンテに、ロシナンテロッシュはおらず、ましてやそのロッシュの孫娘に対してあの態度だった。ロッシュ自身も帰ってきたのに、ここで暮らさずアリエスのもとにいる。


 ここが、彼の家であるにもかかわらず、だ。


 最近のクラン"ロシナンテ"では、「第一区に拠点を構えるクラン」に集まってきたメンバーが多いのだ。

第2世代と呼ばれるロッシュを知らないメンバーが増えたことで、古参メンバーの中には不満を持つ者もいる。


 ロッシュは、新参者たちが孫娘アリエスに対してあの態度だったため、クランハウスに掛かる維持管理費や税金をクランで支払うように通達したのだ。

追い出しまではしないが、クランに掛かる費用なのだから自分たちで払え、と。


 設立者の意に沿わないクランメンバーなど本来ならば追放されてもおかしくないのだが、長年留守にしていたことをかんがみてのロッシュなりの優しさだった。


 ハインリッヒは、ここにきて女体化アイテムが手に入ったことで、潮時だと思った。

ロッシュのいない、ロシナンテに残る意味などない、と。


 それよりも、ロッシュがいて、アリエスがいる、あの空間へ戻ろう・・・と思った。


 「苦楽を共にしてきたし、お前らに情もあるよ。あるが、『ロシナンテ』の理念を守れないようなヤツがいる場所に、俺はいるつもりはない」

「そう……だな」

「俺は出来る限りのことはしてきたつもりだ。無事なことばっかりじゃねぇ、危険と隣り合わせで助けて貰ったことも、ちゃんと覚えてるよ。でも、それはお互い様だろ?」


 結局、ハインリッヒの決意は変わらなかったため、マテウスとザザはクランハウスに残っているメンバーを食堂へ集め、ハインリッヒ兄弟が約束通りクラン"ロシナンテ"を脱退することを説明した。


 中には、そうなると思ったという声もあったが、勝手過ぎる、ミスリルランクがいない状態でどうやっていくんだ、などと自分たちのことしか考えていないような発言が多かった。


 この反応を見てザザは愕然とした。

ロシナンテの理念は「誰かのために」が基本なのだ。ロッシュのその思いに助けられたからこそ、クラン"ロシナンテ"に集う者たちは、それを実践してきた。

自分たちがロッシュにしてもらったことを周りにもしていこう、と。


 ロッシュはクランの設立者なのに、クランから収益を受け取っておらず、しかも維持管理費や税金まで支払ってくれていたのだ。

その分、クランの者たちに配られる金銭は多かったため、古参や理念を理解している新参者は、その収入を後進の育成に使ったり、孤児院への寄付に使ったりもしていたのだ。


 それが、今ではこんな状態になっている。

周りを見渡してハインリッヒが抜けることに否定的な態度を取っている連中が、まだ若い者たちだということに気付いたザザは、後進の育て方を間違えたことに頭を抱えた。


 しかし、ハインリッヒ兄弟の脱退は決定事項であり、それを反故にすることは契約違反になることをクランメンバーたちに説明した。


 そして、クランの設立者であるロッシュとその孫娘に対する態度の悪さから、クランハウスに掛かる維持管理費や税金をクランの収入から支払うことになったことを通達し、不満があるものは脱退しても構わないと付け加えた。


 クランリーダーのマテウスは、「ロシナンテ」の理念にのっとった活動が出来ないものを追放することも視野に入れていると話した。


 それには古参メンバーやまともに育った後輩たちが賛同し、不満をこぼす者たちへ「守れないなら辞めればいい」と冷たく突き放した。

 

 そんな中、「こうなったのは、アリエスとかいうのが原因なんじゃないか」と言うものがいたため、ザザは、アリエスに関わらないようにと釘を刺した。

彼女の自由を奪うものがあれば、大国ハルルエスタート王国の国王が遊びに来る挙兵すると伝えれば騒いで文句を言っていた連中は黙った。

 

 アリエスが誰の子であるのか、忘れているものが多かったらしい。


 こうしてクラン"ロシナンテ"は、設立当初の理念である「誰かのために」を新たに掲げ、再出発することになったのだった。

 


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