『ドンと来い! 超常文芸』お試し版

炸裂ミラクルガールズ

「モアイ・パラダイス」宮元 早百合


 小島は前世では東大生だった。適切な情操教育を受け損ねて小学生じみたお姫様願望を消化しきれぬまま白昼夢に誤った期待を抱いて結婚し、妊娠発覚時にはすでにその結婚を後悔していた彼の母親は小島が三歳の時に離婚した。その有りあまる歪んだ欲望の注ぎ先として幼少期から特別な教育を受けて育った結果、ろくに自我も育たないまま日本最高学府に進学し、二年で発狂して自殺した結果モアイ像に転生したのだった。

 モアイの人生は石切りから始まる。ひとつの巨大岩石から人間たちがその形を削り現出させるに従って、大いなる地球からひとつの意識がゆっくりと、雫が垂れるように生まれてくる。小島は首を吊った瞬間の痙攣する横隔膜の感じや、酸素不足で真っ白にはじけていく脳の感覚を次第に忘れながら、遠くに聞こえるノミの音を岩の耳に感じ、分厚い石の皮を失って、肉体の内側と外側を隔てるぼんやりとした触覚が一枚の薄い岩の表皮に凝縮され鋭くなっていくのを感じ取っていた。

 生まれたばかりのモアイは表皮にまだ岩のかたまりをいくつか残したままの姿で平原に立つことになる。小島の肌にもそうしたゴミが大量に付いていた。これは人間たちの横着というよりはむしろ配慮によるものであり、半端に隅々まで掃除しようとしてノミを振るうと却って彼らの肌を深くえぐり取ってしまうことになりかねないからだ。島の老師はそうしたモアイ作りの細かな注意事項をすべて記憶しており、モアイ作りの際には必ず現場に立ち会って民草の相談に応じたり、若者の不注意で危うく大事故が起きそうになるのを慌てて制したりする。しかし小島は丸太に乗って運ばれながらそうしたことを理屈の上では分かっていても、全身にちまちまと張り付いたかゆみにも到達しない異物感にうんざりした。これから何百年かけて風雨がこそぎ落としてくれるまで待ち続けなければならぬのかと考えると目を瞑って空を仰ぎたくなった。もっとも、望まなくともこれから一生そうすることになるのだが。

 男たちは小島を丸太に乗せて転がしながら島の沿岸より幾分か内側の丘の上に小島を運んで行った。小島は仰向けで脚から転がっていると前世のごく幼少期に小旅行先でとてつもなく長い滑り台に乗ったことを思い出した。一般的な滑り台と異なり並べたパイプの上を転がって降りるタイプな上にとてつもなく長いため殺人的なスピードで着地することになり、大学生になってからツイッターで若者がスマホのカメラを起動しながら乗った動画を見て自分もかつてそれに乗っていたことを思い出したことを、今こうして丸太の上を転がりながら思い出した。幼少期の自分は下り始めてから十秒経っても加速し続ける状況に恐怖を抱いて泣き喚きながら砲丸さながらに砂場を飛び越え、待ち構えていた父親の肋骨をぴんと硬直した脚によって三本砕き病院送りにしたのだった。

 小島は首や後頭部に掛けられた何本ものロープによって小高い丘に立ちあがった。そうして海を見た。海の手前には先輩モアイが六体ほどあった。小島はこうしたことをささくれだった岩肌の鋭敏な触覚ですべて感じ取った。前世ではついに海を一度も見なかったけれど、その光景は彼のなかにどこか懐かしいものを引き起こした。彼はそうしてしばらく冷たい潮風を感じていた。


 ある日小島が目を覚ますと島の人類は絶滅していた。教科書やウィキペディアにも書かれているように、モアイ像をあまりにも大量に作りすぎ、そのために過剰に森林伐採をしたので、異常気象で食料が尽きたのだ。最後の人類が止まない嵐の音を聞きながら何を考えて死んだのか小島には知る由もない。

小島が周囲を触覚でさぐると、いつの間にか小島より二回りほど小さなモアイが倒れていた。せいぜい人間大だ。さらによく見ると手乗りサイズのモアイが転がっていた。そのなかに骨があった。モアイ彫り師だろう。小さくなっても完成させるとは立派な心掛けである。

 Done is better than perfect.

 雨はもはや降っていなかった。全く快晴である。空は澄み渡り、時折あたたかな潮風が吹いた。波の音が遠くに聞こえている。そしてその手前に先輩モアイが並んでおり、その間にバナナの木がいくつも立っていた。大きく、黄色く熟した実をいくつもぶら下げ、重たげに幹をしならせている。周りの地面も緑に覆われていた。

 バナナ。小島はその甘いにおいを感じると俄かに、忘れていた己の中の動物的な感覚が沸き立つのを感じた。あれを取って食べたい。小島は一瞬でその考えに取り付かれた。バナナを食べたい。空腹ではなかった。石像に空腹は存在しない。むしろそれは純粋に味覚的な欲求であった。

モアイの発達した触覚というのは聴覚と嗅覚をも兼ね備えており、そしてこれらを組み合わせることで単純な生物程度と同等の視覚ほどの精度を誇るものであるが、味覚だけは持ち合わせていない。この理由は現代科学でも解き明かされていないがおそらくモアイ像たちの堅く閉じられた口にその秘密があるのだろうとモアイ学者の間では言われている。ならばモアイである小島に味覚の欲求など生じるはずもないのだが、数百年の時を経てもまだ人間だった時の記憶が断片的に残っており、本来感じないはずのバナナの味が無意識のなかに一瞬甦ったのだった。

 しかし当然ながらモアイは歩くことも手を伸ばすこともできないので、小島は目の前に広がるバナナ林をその時からさらに数百年間ただ眺め続けていた。その間にバナナ林はいよいよ生い茂って先輩モアイの体をゆっくりとかち割った。その果実はますます肥って人間の赤ん坊ほどの大きさになった。木のほうは島じゅうのどのモアイよりも高くなった。そしてバナナ林の領域は少しずつ小島のいる丘に近づいてきた。

 やがて小島の鼻にひと房のバナナが触れた。小島はその一点にすべての感覚を集中した。すると黄色い皮の向こう側にある、嗅覚のそれよりもずっと激しい甘さを感じることができた。これが小島の初めての味覚であった。

 するとそれが刺激になって小島の脳裏に一瞬の光景が閃いた。それは生前の景色である。小島は一人暮らしの部屋で静かに泣いていた。静かではあったが人生の中で最も烈しい悲しみに襲われていた。丸一日泣き暮れて飯を食うのも忘れていたのである。それで冷蔵庫を開けたがバナナしかなかった。小島の人生最後の食事はバナナであった。一気に三本食った。


 ひとびとが消えてから三百年の時が経った日、大陸から新たな人類が到達した。バナナとモアイしかないその島を彼らは発見者の名に因んでボゴスロフスキイ島と名付けた。バナナは豊かに実り、モアイには苔が生えていた。小島は一心不乱にバナナの香りを嗅いでいた。人々は狭い島の領土を分け合い、魚を網で捕らえたりバナナを食べたりしながら穏やかに過ごした。幻想的な無人島での平和な暮らしを求めてあらゆる国から人々が訪れ、言葉を超えたコミュニケーションのためにいくつもの歌が生まれた。

 それからさらに五百年の時が経った。戦争の不穏な空気が雨雲のようにボゴスロフスキイ島を覆っていた。とある夫が妻に、だからお前の民族はだらしないんだと言い、戦争が始まった。しかし島にはバナナとモアイしかなく、バナナの枝で槍を作ってみるがあまりに柔らかく、裸体にすらろくに刺さらないで槍の方が曲がるのだった。当然大陸から兵器が支給されることもなかった。大陸の国々は各々の国土、国民、そして主権を守るための戦いに夢中であり、遥か南国、ボゴスロフスキイ島などという僻地の人間がそもそも戦争に参加しているつもりでいたことさえ知りもしなかった。誰もがこの島を忘れていた。こうしてバナナの兵器利用を諦めた島民が目を付けたのは無論モアイである。

 およそ千年の時を経てモアイ像たちの表面は一種の特殊な酸化金属となり、並みの刃物を通さぬほど硬化していた。ある日、無学ではあるがとりわけ殺意の豊かな一人の少年が自民族の圧倒的な少なさによる必然の敗北を認めることができず、自棄になってモアイ像へ一心不乱に祈りを捧げていると地鳴りとともに周囲のモアイが体を起こし、鳥たちは一斉に青空へ飛び立った。

そのとき動き出したモアイのなかの一体が小島である。彼の中に残された人間の魂の残滓が少年の願いに、あるいは強い思念と共鳴し、幾度も繰り返された人間としての生命、その魂に刻まれた「動き」の概念を呼び覚ましたのだった。モアイたちは少年の思念によって歩きだし、敵軍(島民のほぼすべてが該当する)に波状攻撃を仕掛けていった。モアイたちの足が血に染まっていき、少年はただ一人で戦に勝利し、緊張から解き放たれた彼の思念が弱まったことにより動かなくなったモアイを放棄して村に帰還した。生き残った家族に感謝され、腰の曲がった祖父を密かに不安にさせた。小島たちは人々の亡骸を踏んだまま海辺に打ち捨てられ、波が人々の血を静かに洗った。

 次に現れたのは地下シェルターに潜伏していた研究者たちである。彼らによって少年は尋問され、強力な思念がモアイ像を動かすことを知った学者たちは早速、より高純度なテレパシーでモアイを自在に操ることのできる「人・石一体型」完全兵器を産み出そうとした。研究の結果、モアイに直接触れて念じるとモアイの魂により強く訴えかけられること、モアイにも個体差や調子の良し悪しがあり、従順な性格のモアイでなければ動かしにくい事、すなわちモアイはれっきとした知的生命体である、少なくともそう呼ぶ外ないことが判明し、研究者たちは黙って目を見合わせた。こうして島の中央部から幾つかのモアイが選別され、背面に張り付いた若き三人の操縦者と特殊スーツおよび電極で接合された三体の究極兵器が誕生した。名付けてボゴスロフスキイG3である。

 学者たちはボゴスロフスキイG3によるボゴスロフスキイ島完全支配を目指して進軍した。学者たちに尋問され尽くした少年は村に帰るなり息を引き取ってしまった。彼の無念、そして遺された家族たちの強い怒りによって海辺のモアイ達は再び体を起こし、三体の精鋭モアイ兵と村人たちの操る一大モアイ軍団による最大の戦争が始まった。両者の戦力は互角で、モアイ同士の衝突により表面の酸化金属も少しずつ剥がれていき、地鳴りが一週間続き、軍団のモアイは次々と破壊されていったが、絶え間なく押し寄せるモアイはG3操縦者の意識を少しずつ疲弊させていき、隙を突かれるように一体また一体とミツバチのように取り囲まれて潰れていった。

戦争はあっけなく終了した。どちらも勝利しなかった。地鳴りにまぎれて特大の地震が起きたことに誰も気付かず、巨大な津波がすべてを飲み込んだのである。すべての島民が波に消えた。体のあちこちが失われた二体のモアイ像だけが残った。

 片方はボゴスロフスキイG3の最後の一体であり、溺死したテレパシー兵を背負ったまま停止していた。その向かい、まさに最後の一撃を食らわせようとする寸前で停止した小島が体を傾けている。のちにこの二体は額を合わせて互いに体を預けるようにアーチを形成し、さらに数千年を経てモアイ像としての形すら失った頃、宇宙人たちの主要な観光スポットとなる。


『一説によれば走馬灯とは、危機に陥った時にこれまでの人生経験から解決策を導き出そうとして見るものらしい』といったようなことを、最近のアニメで言っていた。

 小島が死んだ時もいわゆる走馬灯を見たのだが、説とは違って全然経験したことのないものばかり見させられた。その上あまりにも脈絡がなく、荒唐無稽であるため、いっそのこと早く終わってくれと願ったほどである。

 しかし小島の意識が途絶えるその直前、彼の中ですべての世界が反転し、逆向きに流れ始めた。そして時間を超越し、すべてを外側から見下ろす超越的視線を獲得し、まさに世界の真理と呼ぶべきものに到達する。彼は理解した。いつか、あらゆる地上にモアイの楽園が現れ、すべての魂がその地で救われるのだと。しかし彼は知らない、その救いですらも大いなる真理の前には矮小なものに過ぎないと。世界は分裂と増殖、そして消滅を繰り返し、やがてゆるやかに、原点たる虚無へと回帰していく。それは大いなる絶滅であり、その先の世界については、誰にも知ることはできない。こうして小島は死に、モアイとなり、悠久の時間を過ごしたのち、戦争の道具としてその生を終えた。

 彼は前世についてついに思い出すことができなかったのだろうか? 否、思い出していた。彼は人間の精神に触れたその瞬間すべてを思い出し、その悲しみを原動力として動いていたのだ。そして戦いの末に大いなる友人ボゴスロフスキイの魂に触れたことで魂の安寧を獲得し、穏やかな眠りにつき、輪廻の終端に到達したのだが、それについて多くは語らない。代わりに、彼が思い出した小島の凄絶なる前世の終わりについて、ここで説明しておこう。

 小島は自らを歪に育て上げた例の歪んだ欲望、その支配について、齢二十を超えてようやく気付いた。そして深く絶望した。支配はあまりにも深く彼の身体に根を張っており、もはや如何なる実践的方法によっても取り除くことは不可能に思えたのだ。

 彼が見出した唯一の解決策は、己の人生を題材にして小説を書くことであった。彼は工学部生でありながら文学部の創作サークルに入り、技術としての文学を身に着けた上で自らの憐れな人生を芸術へ昇華し、あわよくば世界に名を轟かせてセレブと結婚しようと目論んでいたのである。

 しかし何年経っても彼は芽が出なかった。それどころか、部員たちが一体何を話しているのか一切理解できなかったのである。彼の作品に対する批評も、まるで分かりにくい翻訳のように認識の厚いヴェールを通した、情報の体をなさない暗号の羅列としか聞こえなかった。しかし表面だけを掬い取って、自分では日に日に新たな技術を手にし、大作家への道を一歩ずつ進んでいるつもりでいた。

 彼はある日、フランス語の授業でイースター島とモアイの運命を知り、感銘を受けて新作に取り組み始めた。それと同時期にサークルに新しくかわいすぎる女子部員が入り、燃え上がった情熱を彼はすべて新作に注ぎ込んだ。新作は連作短編であり、彼は一小節出来上がるたびにLINEで片っ端から知り合いに『俺のモアイ・パラダイス読まない?』と言いながら送り付け、陰でモアハラ(モアイ・ハラスメント)と渾名された。しかし例のかわいすぎる女子部員にモアハラを仕掛けたところ、題名を聞くなり「え、何かすごいつまんなそうですね笑」と返され、彼は布団に崩れ落ちたという。そして大学に行けなくなり、二日に一杯思い出したように近所のインスパイア系ラーメンを食らいに行くのを除いて一切の食事を摂らなかった結果、持病のアレルギー性鼻炎が一気に悪化した。

 幼少期より大事に育てられてきた小島は市販の風邪薬を服用したことがない。ことにベンザブレイクにおいては咳止め成分リン酸コデインの微量ながらアッパー系薬物と同等の多幸感および依存性は広く知られており、いちど祖母が看病ついでに飲ませた時には母親が烈火のごとくキレ散らかして祖母を追い出し、半年は顔を見せなかったほどである。したがって小島には薬品耐性とでも呼べるものが一切備わっていなかった。しかしこの日、小島はついにベンザブレイクを飲んだ。いわゆる自暴自棄である。するとわずか三十分も経たないうちに鼻水・鼻詰まりが嘘のように消えたばかりか、噂に違わず根拠のない多幸感を覚えてきたのである。彼は再び狂ったように『モアイ・パラダイス』を書き始めた。

 ベンザは一箱に三日分入っている。一日経つとまた鼻水が出始めたので彼はすぐに次を飲んだ。そうして何も考えずに三日連続で飲んだ結果、四日目には見事に離脱症状で極度の鬱状態になっていた。彼はそれでも『モアイ・パラダイス』を書こうと努力した。しかし世界が耐えがたくスローになってゆき、キーボードを打つ手もついに止まってしまった。

 彼は襲い掛かる絶望と戦いながら壁のシミを見つめることで世界の真理を見出そうとした。そして最も信頼していた友人に書きかけの『モアイ・パラダイス』を送り、作品の解説、周辺状況、いまの心理状態、こうなるに至ったすべてをひたすらラインに書き綴った。一時間後、かわいいカエルが「?」と言っているスタンプだけ送られてきた。彼は再び布団に崩れ落ちた。夜の八時で、クーラーが唸りながら汚い水滴を撒き散らしていた。絶望の中でテレビをつけると、バラエティ番組でモアイ像の真実を特集していた。実はモアイは丸太の上を転がるのではなく、縄をつけて坂を引っ張れば立ったまま歩くように移動できたのだという。小島は数日後に遺体で発見された。

 最後にささやかな話を添えておく。小島の消えゆく意識のなかで世界のすべてが流れている間、一瞬だけ脳裏に閃いたものがある。それは新しい小説のアイデアである。その題を「クラス一の美少女が僕の書いてる小説に捨て垢で粘着するアンチだった件」という。彼の悟りのうち一体どこからそんなアイデアが生まれたのかは分からない。ともかく、その小説は決して書かれなかった。それだけは確かな事実だ。


 貴方は知っているだろうか。いつかこの地にモアイの楽園が現れ、あらゆる魂がそこで救われることを。それは強者弱者の分け隔てなく訪れ、終わりのない輪廻から魂を救うのだといわれている。

 モアイ・パラダイスの存在を示唆する文献は世界中に散らばっている。とある国ではかつて石像を作り、祀る習慣があった。その習慣はすでに廃れているが、近年ある男が夢で何者かに出会って以来、生来の盗癖が治り、代わりに石像を彫るようになった。しかし彼は数年後姿を消し、その後彼を見た者はいなかったという。

 また、欧州の下町にいた画家は全く名を知られていなかったが、ある日酒に酔って喧嘩に敗れ、路上で目覚めてから作風が一変し、この世ならぬ楽園を描いたそれは見る者すべてを魅了したという。しかし彼はまもなく他界する。喧嘩のときに脳出血を起こしていたのだろうと言われている。楽園の絵画は数枚しか存在せず、今では誰が所持しているのかも分からない。

 このような言い伝えが共通して指し示している存在がモアイ・パラダイスである。しかし不思議なのは、自ら実際に体験したというものの証言がほとんど得られないことである。したがって楽園がどのようなものであるのか、いつ、誰に、どのようにして現れるのか、具体的な様相が現在に至るまで判明していない。しかし、楽園は常に貴方の傍にある。それだけは確かな事実なのだ。


 コジマは激怒した。かならず、すべての人類を絶滅させねばならぬと決意した。コジマには人生がわからぬ。コジマは引き篭もりである。アニメを見、ゲームの嫁と遊んで暮して来た。けれども現実に対しては、人一倍に敏感であった。コジマはネットで注文した材料で爆弾を作っていた。薄暗い部屋にはせっけんと腐ったボゴスロフ・クッキーの匂いが充満している。今宵、島を爆破する。我が人生のすべてを堕落せしめた悪の元凶はこの島を代々統治してきたボゴスロフスキイ一族である。彼らの末裔はこの島の至るところに潜んでおり、今や大統領一人の命を落とした程度では何も変わらないのである。必ずやすべてを滅ぼさねばならぬ。コジマの目は輝いた。

 コジマは七日かけて爆弾を作った。最終日には意識も朦朧としており、日課のログインも忘れて久しかった。あまりに意識が遠かったため、危うく手ごろな一つを性能試験と称して爆破させようとしたほどである。コジマは我に返って自爆は免れたが、実際、これらの爆弾の七割は決行時、精製が失敗していたため不発に終わるのだった。

 コジマは数年ぶりにシャワーを浴び、数年ぶりに服を着た。そしてテロの末には自爆するつもりだったので、思い残すことがないだろうかと部屋を見まわした。何もなかった。ただゲームの様子だけが気になったので一週間ぶりにログインしてみた。「モアイなんてうんざりだ」をうたう完全モアイフリーオンラインRPG『モアパラ』である。嫁のガバスロフ館長が大量にメッセージを送りつけてきていた。コジマはガバスロフ館長のうさぎ耳に癒された。しかし館長と愛し合いともに歩んできた日々も今日で終わる。コジマは切なくなり、館長と気持ち悪い愛情表現のメッセージを何度も交わしあった。そしてテロのことはついに告げず、「この戦争が終わったらオフ会しようね」とコメントを送って返事を待たずPCを閉じ、靴箱にしまわれていた紫色のスニーカーを履き、ボゴス島首都の街並みへ踏み込んでいった。

 コジマはまず警備会社を爆破し、警備モアイであるボゴスロフスキイG3の一体をハッキングして手に入れた。警報が鳴り響く中、G3の背中に乗ってネオン街へ飛び出した。コジマはストリップ場やライブハウス、オリムピック記念公園に次々と爆弾を設置しながら街の中をモアイで飛び回った。ときどき警察のモアイとぶつかったが、まるで熟達のようなモアイ感覚操作によって破壊してきた。本人はアドレナリンで気付いていなかったが、その巧みな操作はすべて『モアパラ』によって培われてきたそのものであった。

 そして大統領邸に辿り着いたコジマは壁を破壊しながらオフィスに突撃した。第四十五代ボゴス島政府大統領ボゴスロフ・ボゴスロフスキイ四十三世は大統領専用の黒いボゴスロフスキイG3に搭乗してコジマを待ち受けていた。「カモーン!」大統領は叫び、死闘の果てにコジマが辛うじて勝利した。

 最後にコジマは歴史の象徴であるモアイ像を破壊すべく島立モアイ博物館に辿り着いた。館長室に入ると女館長が立ちすくんでいた。コジマは爆弾を手にしてモアイから降り、ゆっくりとデスクに近づいていった。ふとデスクのPCに目をやると『モアパラ』が映し出されており、見慣れたうさぎ耳のキャラクターが孤独にモンスターを狩っていた。そしてすべての線がコジマの中で繋がり、「これオフ会じゃん!」と叫んだ。天啓と感動に押し流されたコジマはガバスロフ館長に抱きつこうとし、動揺したガバスロフ館長はコジマの頬を張り飛ばし、館長室に機動隊が突入し、全面ガラス窓の向こうで大統領邸が爆発し、報道写真家がこれらのすべてを一枚に収めた。この写真はピュリッツァー賞を受賞した。

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