第7話 結婚(3)
泰和3年(1203年)初春、テムジンはウルウト族長ジュルチデイ伯父に、コンギラト宗主デルケク・エメルへの使者になってほしいと頼んだ。ウルウト族とマングト族はモンゴルの中では珍しくテムジンと行動を共にしている。テムジンはウルウト族長を伯父、マングト族長クイルダルを盟友と呼んでおり、部下扱いしていない。そんなジュルチデイ伯父を使者にするほどの重要事とは、ジョチの結婚であった。ちなみに、ジュルチンとは女真、ジュルチデイとは女真人の子という意味であり、彼の母は女真の名家の出身だった。
コイテンの戦いに敗れ、ホロンバイルまでなんとか戻ったデルケク・エメルは、旧知のジュルチデイを出迎えた。
ジュルチデイは次のように諭した。
「もう事は決した。西遼のカンは暗愚で、属国は離反しつつある。オンカンは残忍だが、テムジンは勢力が小さいため酷いことはできないし、しない。テムジンと盟すべきだ」
デルケク・エメルは、娘をジョチにやることには同意した。
すでに、テムジンは婚姻が成ることを見越して、ジョチに多くの家畜を与えて旅立ちの準備をさせていた。ジョチの家人や家畜を管理するのはフウシン部族のケテだが、警備にゲニゲス部族のゲニゲダイとウリヤンハイ部族のブカも付けた。
この婚姻が成立すれば、ナイマン部族の下に逃げたコンギラトも戻ってくるかもしれない。また、コンギラトはまだ北方に巨大な勢力を保持している。
ゲニゲダイの父クナンは旅立つジョチに言葉をかけた。
「あなたを見ていると、イェスゲイ・バートルの雄姿を思い出す」
ジョチを実の孫のように思っているのだろう。ゲニゲス部族長クナンはいち早くタイチウト族から離れてテムジンの下にやってきた。彼は、テムジンの父イェスゲイと共に数々の戦いを乗り越えてきた歴戦の勇士である。クナンはテムジンの信頼する老臣だった。
泰和3年(1203年)春、ジョチはホロンバイル草原に着いた。デルケク・エメルは最初警戒したものの、ジョチが傑物であることを認め、また、一緒に暮らす中で、娘婿というのはかわいいものだと思うようになった。
後に、デルケク・エメルの娘はサルタク・ハトンと呼ばれる。西の王妃という意味である。翌泰和4年(1204年)、長男が生まれた。テムジンが首都ヘルレン大オルドを造った記念に、オルダと名付けられた。
この妻が妊娠中に、ジョチの下に凶報が届いた。テムジンの天幕がケレイト軍の奇襲を受け、テムジンの消息が分からなくなったというのである。
ジョチが口を開く前に、デルケク・エメルは言った。
「父を助けに行くなとは言わない。ただし、準備を整え、テムジンの居場所を探させよ。動くのはそれからだ。もしテムジンが死んでいれば、君が軍を継承しなければならない。イェスゲイ・バートルが暗殺された時のことを思い出されよ」
テムジンの父イェスゲイがタタル部族に毒殺された時、テムジンは若すぎて多くの部民が去っていった。一方、ジョチはすでに成人している。またコンギラト宗家の全面援助が得られるのであるから、回復はテムジンの時よりも容易であろう。
ジョチはおとなしく舅の言に従った。
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