第9話 覚悟
迎えに来た琴音さんの車の中で姉の復讐を阻止する方法をあれこれ考えた。
だがどれもカラスが襲ってくるという話を他人が信じる前提のものばかりで決定打に欠けるものばかりだった。
そこへ昼間食べた大手牛丼チェーンの新商品を面白おかしく評していた琴音さんが、薬局寄って酔い止めの薬を薬局で買わなくちゃ、と言った。
「何で?」
ぼんやりと尋ねる。
「今度の日曜日の集会、何人かお客さんが参加することになっちゃってさ、当日それ用のバスで行くことになったんだわ、でもさ、あたしバスだと酔っちゃうんだよね」
そんな琴音さんに慌てて顔を向け「カラスに襲われるから行くのは止めて!」と言おうとして止めた。
誰がその言葉を信じるだろうか?
言ったところで「何でそれがわかるの?」と聞き返されるのがオチ。
カラスと会話が出来る、など口が裂けても言えなかった。
どうせ怪我の後遺症で頭がおかしくなったと思われるだけだ。
お姉ちゃんなら、人間だった頃のお姉ちゃんならどうするだろう?
幼い頃読み聞かされた絵本に出てくる戦いを止めた巨人のようなお姉ちゃんなら……。
突如脳の奥で何かが閃いた。
「琴音さん、あの――」
言いながら思う。
これしか姉を止める方法はない、だがそれはとてつもなく危険な方法だ、と。
◆
まばらに雪がちらつく鉄塔の上、悠の姉である美理(みり)が濡れた高速道路を見下ろしていた。
もう間もなく目当てのバスが来るだろう、これで終わりだ。
いや、仮に失敗してもまたやればいい、そのチャンスは無限にあるのだから。
しかしこの状態に生まれ変わってからある言葉が寝ても覚めても流れ続け、頭がおかしくなりそうだ。
その言葉とは「殺せ! 殺せ殺せ!」。
これもそれもあの2人のせいだ。
今日こそ残りの1人を始末してこの状態から解放されたい。
そういえば昨日の腑抜けカラス、仲間が教えてくれた名前は何だっけ?
ルピタ、ルピカ? まあいいわ、そいつから悠の名前が出たのには驚いた。
今でも――そう死んでカラスになった今でも悠の顔を思い出すと頭の中が落ち着く、愛する悠の為だったら何でもやれる。
だから人間だった頃も性根の腐った2人の仕打ちに我慢できた。
今思えば我慢することはなかったわ。
あんな家を出て、悠とどこかで暮らすべきだった。
戦いを止める巨人なんて絵本だけのもの、復讐を終わらすには相手を残らず始末するしかない、それが現実なのよ。
美理が隣に並んでいる4羽のカラスを見た。
1羽はいじめを苦に自殺した男子高校生で、いじめた連中の1人は始末したがその仲間とそのいじめを黙認していた教師がバスに乗るというのでグループに参加した。
もう1羽は齢を重ねた夫婦で、飲酒運転の車にはねられた夫が寝たきりになり看護に疲れた妻と共に自殺、飲酒運転をしていた男は始末したが一緒に酔っ払って同乗していた2人の男女がバスに乗るというので参加した。
そして最後の1羽はこのグループのボス的存在で、薬害エイズに感染、知らずに妻を感染させ、生まれてきた子供も感染し、それがもとで2人を亡くした恨みを抱えたまま首を吊って死んだ中年男性だった。
この男性はカラスになった後、原因となった製薬会社の社長や重役は勿論、その一族全てを始末するため30年以上も復讐を続けているという。
美理もカラス同士のネットワークでこのカラスの元に入ったのだが、ときおり聞かされる数々の復讐方法には異常なものが多く、中には執拗に性器や肛門を攻撃して自殺に追い込んだというやり方もあった。
そのうち美理はこのカラスは復讐ではなく異常な殺し方を試みることが目的になっているのではないかと思い始めていた。
「来たぞ」
そのボス的なカラスの言葉で美理や他のカラスがいっせいに高速道路へ顔を向ける。
人間より格段に精度の高い目が遥か遠くのバスを捉えた。
そのバスが今朝あらかじめ確認していたバスと同じなのを確認できたメンバーたちの怒りのつぶやきが美理の頭に流れ込んできた。
聞くに堪えない悪態から同じ言葉を何度も繰り返すものまで、それらが四重奏で響いてくると美理もまた同じように憤怒の感情が昂ってきた。
「打ち合わせどおり、運転席を狙え」
ボス的なカラスがそう叫ぶと鉄塔から飛び立ち、他のカラスもそれに続いた。
最後に飛び立つ美理、その耳に悠の声が聞こえた気がした。
4羽の背中を見る美理の視界にバスの正面がぐんぐん近づいてくる。
あと数秒で衝突するだろう。
ヒビと血糊で視界を失ったバスが壁にぶつかるのはスピードと路面状況から可能性はかなり高い。
そこへトラックのような後続車が衝突すれば最高なんだけど。
そう考える美理の頭にまたも悠の声が断片的に流れてきた。
《…れる。お姉ちゃ…な…止め……だっ》
なぜ悠の声が聞こえるのか?
混乱する美理の目前にバスが迫る。
運転手が目を大きく開け、口元が大声を出す直前の形になっているのが見えた。
そして運転席の右側、一番前の座席に悠が座っているのを美理は見た。
目は運転手とは対照的に凛としており、真っ直ぐ自分を見詰めていた。
ボス的なカラスが運転席側のフロントガラスに激突し真っ赤な飛沫と大きなヒビを作った。
続いて夫婦だったカラスがぶつかりヒビは両手を広げた程の大きさになった。
そこで美理は悠が何を言っているのかわかった。
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