10.白昼夢

 夜の帰り道、ふとわれに帰る。良い夢だったと思うが、どうも思い出せない。ただ、夢からは生きる気力をもらったような感じがした。


 次の瞬間、車がガードレールにぶつかり、横転した。あと少し私が歩くのが早ければ、巻き込まれていたかもしれない。白昼夢を見ていたおかげだ。

 私は119番と110番に連絡をし、救急車が来るのを待った。車には運転手が1人。意識を失っているようだった。


 翌日、会社に辞表を出した。これ以上自分のメンタルをズタズタにしたくないからだ。


 辞表が受理されると、私は今まで出来なかった事をしようと思った。


 それは、オートバイで1人旅をする事だった。今は冬。冬は、路面が凍結したり雪が降るとオートバイでは走行が困難になるため、峠は走れない。

 そこで、海岸線を走ることにした。


 バイク用のプロテクターが入った防風・防寒ジャケットを羽織り、海岸線をクラシックバイクで走った。宿はビジネスホテルやゲストハウスに泊まり、費用を抑えて人との交流を楽しんだ。


 旅をしながら、ある考えが沸々と湧いて出た。

 手に職をつけたいと私は思った。

 社会人になってからお金を使う暇もなかったため、貯金はそこそこある。アルバイトをすればなんとかなる、そう思った。


 私は旅から帰ると、看護大学へ編入した。

 編入組の友人とすぐに親しくなった。


 大学2~3年目は、塾の講師のアルバイトをした。


 大学4年目になると、実習が多くなった。 

 そして、3番目の実習は呼吸器内科だった。この病院は看護師はごく普通の大学だが、医学部はT大が多いらしい。


 ナースステーションで患者さんの情報収集をしていると、女医さんが電子カルテのキーボードを打っていた。

 たまたま、私と女医さんの目があった。その女医さんは小柄で細身だったが、眼光は鋭かった。


 私は会釈したが、女医さんは目をそらして電子カルテのキーボードを打っていた。しかし、鏡越しにじとっと私を見ていた。


 臨床教員から、あの先生は上村先生といって、優秀で偉い先生なのよ、というフォローが入った。



 呼吸器内科での実習は全部で14日間。


 ナースステーションで情報収集をして、実習をした二日目。


 やはり上村先生は私の事をじとっと見ている。勘違いなら良いのだが、私が何かしたのだろうか?


 私は上村先生にこう言った。


「あの...、私が何か...」


 上村先生は、私の肩にそっと手を置いた。


 「今晩、いつものバーで。あなたは20歳越えてるわよね?」


「私は成人してますが、いつものバーってよくわからないんですが…」


上村先生はぽりぽりと頭をかきながらこう言った。


「覚えていないのね。この子にどこまで覚え出させることが出来るかしら」


私は首をかしげた。


「私の奢りだから大丈夫よ。実習が終わったら病院の出入り口で待っていて。」


今は秋。

寒くないかなと思っていると、上村先生は私の首回りにストールを巻いた。

そして、ナースステーションをあとにした。


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