93.アーデラス山脈-4
「承知しました。では10月29日の午前10:00にルクシアにお連れします。ムウ様がどのような状態であろうとお連れしますので、お気をつけください」
「わかった」
「それでは、私はこれで失礼します」
ウネがペコリと頭を下げるとその足元に魔法陣が展開し、そこから溢れ出した光がウネを包み込む。やがて光が消えたときにはウネはいなくなっていた。
「転移魔法…ゲームマスターなら当然か」
あれは俺の知っている知識ではかれるような存在ではないので特に気にしないことにする。
夕食は初めて薪ストーブを使って調理した。薪ストーブの上の面に取り外せる蓋をつけておいてそこで調理しようと思っていたのだが、そもそもストーブの天板が相当に熱くなっているのでその必要はなかった。
ストーブの上に鍋を載せておくと普通に水が温まっていたので、干し肉とオニオを入れて塩で味付けをして煮込む。
ストーブの後ろ側のヒートガードは料理するときに近づきやすいように作ったのだが、想像していたとおり後ろ側は側面ほど熱が伝わってこず料理が楽だった。
部屋の中がだいぶ温まってきたのでストーブの火は弱くしている。あしたの朝も飲むことを考えてスープは多めに作っておいた。
夕食を食べたあとは皿と匙を洗い場で洗って棚に戻しておく。
水は水道などはないが、外で汲んできた水を大きな桶に入れていくつか洗い場に置いている。水をためておけるほど大きな皮袋は持ってないので、その代わりに桶を使っているのだ。
本当は樽なんか良いと思うのだが、あまり作り方がよくわからないのだ。そのうち誰か、ユーリにでも尋ねて作れるようになっておこう。樽なら蓋をしたまま水を出せるし、大量に保存しておくには都合がいい。冬場に湖の水が凍ったりしたら困るので水は多く蓄えておきたいのだ。
あとは明日以降食料と薪を集める。イベントのために一度街に戻るので、こちらに戻ってくる頃にはもう11月下旬になっているだろう。その頃はもう確実に冬だ。
雪が降るのか降らないのか。降るならどれぐらい降るのか。わかってはいないので大雪や吹雪に見舞われることも考えて準備している。今の装備なら雪が積もっている中でも寒さに絶えて十分に探索ができるが、吹雪いているときはそうもいかない。ログハウスに引きこもる準備が必要だろう。
「あとは街で本でも仕入れてくるかな」
以前アキハたちに聞いた話だと、どちらの街か忘れたが魔法都市と呼ばれる街には図書館や本屋があって、本を借りたり、そこそこ高価ではあるが買ったりできるらしい。
街についてからはしばらく時間があるのだし、闘技大会の前にそちらの街に行って色々と道具の作り方がのっている本などを買っておこう。
とはいえ、冬で雪が積もっていたとしてもずっと拠点にこもっているつもりはない。
長ければ3ヶ月続く冬を拠点の中で過ごせるほどのんびりした性格でもないのだ。その間はしばらくダンジョンに出向いてレベル上げをしたり、雪の中を探索してマノピと戦ったりと、しっかりと自分を鍛えることは続けるつもりだ。
矢を作っているうちに眠くなってきたので、生産をやめて寝に入る。今日は寝袋ではなく、コフトの毛皮をかぶって寝るつもりだ。久しぶりに寝袋を使わないで寝る。ゆったりと眠れそうだ。
それにしても、暖かいので動いていないとつい眠くなってしまう。
(まあ、今は急ぐこともないし、別に良いかな)
せっかくしばらく感じていたあの気配も、ログハウスづくりの間に感じなくなった。あの龍がどこかへと立ち去ってしまったのだろう。だから今は、休息の時。イベントを終えて戻ってから、再び冒険開始だ。
******
翌日、昨日作っておいたスープを温め直して食べてから探索に出る。今日は山に行って食料採取を主にする。山羊のようなモンスターと、鳥型モンスターを仕留めて肉を手に入れたい。薪は帰ってから少しだけ作業をしよう。
以前と同じように山を登っていくと、早速木々の間に山羊に似たモンスターを見つけた。まだ距離があるのでこちらには気づいていない。
気配を隠して弓を構える。
(《パワーショット》)
矢の先端が光りを放ちながら飛んでいく。それに疑問を感じながらも、すぐに次の矢を番えて放つ。
一矢目の《パワーショット》はモンスターの頭部に命中。そのHPを2割ほど減らす。こちらに気づいたモンスターが慌てて逃げようとするが、その前に二矢目が左後ろ足に突き刺さり、走り出せずにびっこを引きながら逃げていく。
足を引きずっているモンスターよりも俺のほうが速いので、追いかけながらモンスターに矢を射ち込んで倒した。どうやら戦闘力はほとんど無いようだ。入手できたアイテムは『ゴウトの肉』が二つ。ゴウト、ゴート。そのまま山羊というわけだ。
ゴートは仕留めるのが楽だったので、積極的に狙っていきたいと思う。
その後山の中腹あたりの木が生えているあたりまでを行ったり来たりして探索しながら、鳥やゴウトを倒して肉を入手していく。他には蒼鉄は見つかる限り拾っておいた。街の方へ入手されているかはわからないが、もし未発見ならまた高く買ってもらえるだろう。
昼食を挟んで狩りを続け、日が沈む前にログハウスまで戻ってくる。暗くなる前に少しでも薪を作っておきたい。
ズタ袋をデッキの上に置いておいて、外に放置してある余った木材を鉈で小さく割っていく。大抵の薪は普通の大きさにするが、火を落としたあとつけるときには小さな薪がいるので、そのとき使うように小さな薪もある程度作っていく。
小さな薪を作るのは割るというよりは、鉈を差し込んでひねることで割くような感じだ。
出来た薪を木箱に詰めて家の中に入り、どんどん並べていく。
とりあえずログハウスづくりで余った分はすべて薪にし終わった。あとは明日食料確保のついでに取ってくればいい。ついでに野菜も取ってこよう。オニオやガーレは割とどこにでも生えているので、見つかったら取ってきておきたい。特にオニオは保存が楽なのだ。
薪を作り終えたあとはズタ袋を回収して中に入り、薪ストーブに火を入れて夕食を作る。
今日はストーブの中にクッキングスタンドを入れ、そこに鉄串に刺した肉を置いて串焼きを作る。食べるときには串が熱いので革手袋をして食べた。
夕食を終えたあとは、取ってきた肉を加工して干し肉にする。今回は火のついているストーブの正面に干す。十分に乾燥するはずだ。
生肉の加工が終わったら干し肉台を燃えない程度の位置に置き、薪を足しておいて毛皮に潜り込む。ゆったりと寝返りがうてるので昨夜は本当に楽だった。
今夜ものんびり眠れそうだ。
******
時刻は9:50。まもなくウネが俺をルクシアへと連れて行ってくれるはずだ。
今日は街に行くので防寒装備は外してインベントリにしまい、ズタ袋も以前のように手に持って肩から背中に垂らしている。街の中ではあそこまでものものしい装備はいらないだろう。寒いので変わりにマントを纏っておいた。
デッキの上でウネがやってくるのを待っていると、10:00ぴったりに魔法陣が隣に現れそこからウネが生えてきた。
「それでは、ムウ様を街にお連れします」
「ああ」
返事をすると、以前はウネの足元に広がっていた魔法陣が俺の足元まで拡大して出現し、そこから光があふれる。
やがて、視界が光に包まれた。
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